平野の主
前回は暑さのあまり、途中で堀作りを中断してしまったが、今回は1日中ぶっ通しで、作り続けるつもりだ。
前回掘っていたところを更に深くする。
今のところまだ土は柔らかく、すいすい堀り進められた。
しかし、さすがに8メートルに差し掛かった辺りで、岩の層にぶつかった。
これ以上深く掘れたとしたらさすがにヤバイ。
そこいらで深くするのは止め、まんべんなく堀を深くしていく。
テンポよく掘っていたところに邪魔が入った。
ミミズだ。小さいミミズなら何も気にせず掘るところだが、こいつはでかい。直径20センチ全長3メートルぐらいある。
そのせいで、せっかく掘った堀の壁に綺麗な穴を開けてくれやがった。
こいつはレイミナミールというミミズ型の魔物で、糞が良い養分になるため、結構便利で農家に重宝される。
穴を開けられイラつく気持ちをおさえ、穴から引きずり出す。
――気持ち悪い。
畑とかでウニョウニョしている奴の巨大版なので、より一層気持ち悪い。触り心地もブニブニしており、できるなら触りたくなかった。
殺さないようにしながら、平野の中央まで運び捨ててくる。
「ふぅー。」
邪魔者がいなくなったところで、続きをはじめる。
開けられた穴を綺麗に埋め、堀りなおす。
しばらく掘り進めたところで、日が登りだし、気温も上がりだす。
しかし、都合よく濃霧が発生し、気温が再び低下する。
「お、ラッキー。これなら、続きをできる。」
午後からも再び掘りにいそしんだ。
掘だけに…。うん、つまらないね。うん。
つまらないギャグのお陰で更に涼しくなってくれた。
その勢いで1日掘り続けた。
最近は濃霧の発生率が高かったお陰で、ほぼ毎日一日中作業することができ、4日程度で掘は完成した。
細かいところはまた後日やるとしよう。
ここまで掘る間に結構な数の魔物に出会った。
レイミナミールやアルセルバック、スライム、等々だ。
こいつらは平野を見渡せば、ちょくちょく目に入るやつらだ。
特にスライムはこの平野には多い。
平野のどこにいってもスライムがいる。
魂を持たない唯一の生物で、体内の核をゼリー状の物体が包んでいるだけの変わった生物だ。
もしかすると生物でもないのかもしれない。
ゼリー状でおとなしそうな見た目のわりに、気性は荒く、動くものには何でも襲いかかる。
獲物にぴったりとはりつき、体内に入った部位から少しずつ溶かされていく。
肉でも草でも鉄でも石でも何でも溶かしてしまう。
何回も見ていると、肉を好んで食べているということがわかった。
スライムに溶かされて死ぬだけは勘弁だ。
蒸発させる以外に討伐がほとんどないため、相手をするのは少々めんどくさい。
凍らせて動きを止めるはできるが、死んではくれない。
私の得意魔法があまり効かないため、相手にするのは得意ではない。
それなのに数が多いため至るところで出会い、しょっちゅう襲ってくる。
しかし、ありがたいことに毎度毎度襲ってくる度に凍結させ、溶かしてを繰り返していくうちに襲われる回数はどんどん減っていった。
少なくとも同じ個体にはほぼ襲われていないし、神獣の森付近のスライムで襲ってくる奴はいない。
意外と学習能力はあるのかもしれない。
魂も脳も、知性もないくせに──ますます謎の生物だ。
しかも、一部のやつらは、ずっと私についてくる。
主人の後をおう子犬のようで、可愛らしくも感じる。
襲うタイミングを探してるだけかもしれないが、ついてこられると懐かれているように感じて、ついあやそうとしてしまう。
やっぱりかわいいな~。
何より、抱き心地がとてもいい。
ひんやりとしており、ぴとっと寄り添ってくるので余計に愛着がわく。
溶かされていないので、襲う気はないはず……。
腕の中のスライムを堪能しているさなか、魔力探知が猛スピードで迫り来る何かを捉えた。
スライムをそっと逃がしてやり、指笛でユキを呼ぶ。
数分後には来てくれるだろう。
迫り来る対象を真正面から見据える。
人?っぽいけど、何か違う。
人にしては、おそらくだが、魔力量が多すぎる。
人だとしたら相当な強者だろう。
強化した知覚の中、私の目の前で砂ぼこりを舞わせながら急停止する。
砂埃が落ち、男の姿がはっきり見えたところで、声をかける。
「一体なんのご用件?」
180ぐらいの長身で、性別はおそらく男だろう。白と黒の仮面をつけており、表情はわからない。
返事の代わりとでもいうように鑑定されたが、妨害してやった。
お返しにと鑑定してやる。
こいつの種族名はエスタルセスネイク。
やっぱり、魔物だった。
地域守護者の称号を持っている。この平野にいるのだから、アルセイト平野の地域守護者なのだろう。
しかし、名無しのため厄介な固有能力っていなかった。
それでも種族能力は厄介なものだった。
『速再生』『擬態』『石化』『毒』
今の人型の姿も擬態によるものだろう。魔力探知や鑑定をできなかったら、魔物ということには気づかないだろう。
そんな擬態なんかよりも、石化と速再生は面倒極まりない。
メシスシャークの高速再生に比べればましかもしれないが、生半可な攻撃では意味をなさないし、石化により、常に状態異常にたいして抵抗し続けなければならない。
知恵もあるようで、ステータスが高いだけのメシスシャークなどより断然厄介だ。
「私の鑑定に妨害をかけ、私を鑑定しますか。これは、少々不愉快ですね!」
初めて口を開いたと思ったが同時に妨害が突破され、無理やり鑑定される。
「妨害を妨害できるのね。君でちょうど3人目。知恵を持った魔物に限っては君が初めて。」
「お褒め預かり光栄ですが、私を低俗な魔物と一緒にしないでいただきたい。私は魔獣です。それにしてもあなたも変な能力を持っていらっしゃる。」
「魔獣に誉められても嬉しくない。それに君が魔物でも魔獣でもどうでもいいし。」
「私的にはどうでもよくないですが、まあいいでしょう。私はこの建造物の建築を止めてほしいのです。」
「やだ。」
即答で返す。作りはじめてもう1ヶ月近くなる。
教会本体も作れずに、こんなところでやめるなんて冗談じゃない。
何か言われるかと思ったが、男はあっさりと引き下がった。
「そうですか。では不本意ながら!」
ヒナが反応するまもなく、大規模な魔法陣が出現し、背後の教会で爆発音が響く。
まばゆい光と共に、とてつもない衝撃と爆音が辺りに響き渡り、周囲の地面が完全に抉りとられる。
「あ、私の……。」
「クヒヒヒヒ。この建造物は私の平野には不似合いなのですよ。」
仮面の男は最初から破壊するつもりで、爆破系統の魔法の構築をここに来る前に事前に済ませていたのだ。
魔法のせいで、城壁回りの土がほぼ全て吹き飛び、堀も崩壊している。
「おや…、おかしいですね。爆発──はしてますしね…。」
仮面の男が破壊したはずの建造物は土砂で汚れてはいるが、ほぼ無傷のまま健在しているのだ。
さっきの魔法は爆破系統の魔法の中で、最上位クラスのものだ。
威力も強力で破壊活動には最も適している魔法だ。
しかし、それを受けてなお無傷なのだ。
魔王城だとしても、穴を開けるぐらいの威力があるはずなのだ。
それを考えるとこの建造物が異常なのは明らかだ。
仮面の男は少々焦っていた。
さっきの爆発に効果がなかったこと、そしてもうひとつ、隣の少女、つまりヒナだ。
ヒナから震えるような怒気が溢れており、様子が全く異なっていた。
ヒナの背中からは真っ黒な蝶のような羽が生え、周囲の魔素が結構なスピードで減少していく。それに合わせ、ヒナの魔力量が大幅に増加し続けている。
小さな体には入りきらないであろう量の魔素が吸収されているが、ヒナの体から漏れだすことはない。
数分もしないうちにヒナを中心とする約50メートル周囲の魔素が消滅する。
なくなった分の魔素を補うように周囲の魔素が空間に流れ込む。
ヒナの目はより深い深紅の瞳をしており、異様なほどに引き付けられる。
そこでようやく仮面の男は自分への状態異常に気づいた。
体の自由が奪われかけていたのだ。
すぐに距離を取る。
呼吸法により自分を落ち着かせ、精神を統一させる。
「ちっ、やっぱりだめだった。」
これで操れるようならただの雑魚だったのだが、やはり無理だった。
ヒナは固有能力の『誘惑眼』を威力を最大にしてぶつけていた。
誘惑眼はその名の通り、相手を誘惑するスキルだ。
「なら、正攻法でいこうか!」
ヒナも仮面の男から距離を取り、魔法を構築する。
「第14階位 氷凍飛槍!」
無数の氷の槍が男を襲うが、全て器用に避けられる。
避けた先に構築していた魔法を叩き込む。
「第31階位 超重力」
男を中心に重力が増大し、地面と共に男を押し潰す。
仮面の男が倒れることはないが、膝をつきまともに動くことはできない状態だ。
攻撃は止めず、新たに魔法を放つ。
「第21階位 熱光線! 」
超重力の中、ギリギリのところで避けられる。
熱光線は止まることなく突き進み、直撃した大木を炭化させる。
超重力が霧散したところで、仮面の男が一気に接近を試みる。
高速で移動した速度を利用した音速の拳が振るわれる。
しかし、ヒナもそれは予想していたことだ。
直撃を避けるよう、拳をほんの少し横にずらす。
頬をかすったが気にしない。
最小の動きで避けたのには理由がある。
相手の逃亡を阻止することだ。
「第16階位 聖壁!」
男の両側を聖壁で塞ぎ逃亡を阻止する。
罠と気づき男がヒナと距離を取り、唯一の逃げ道である上空に勢いよくジャンプする。
ヒナは男が聖壁から抜ける前に、魔法をぶちこむ。
「第32階位 聖光線!」
聖なる霊子の光線が男を貫き通す。
魔物や魔獣相手には聖攻撃が最適だ。
霧散したあとには、真っ黒になった男だけが残った。
勝ったと安心したヒナだったがもう一度すぐに、戦闘体制に入る。
男を中心に淡い光が灯り、瞬く間に黒かった男の体は回復していく。数秒後にはそこに元の姿の男が何事もなく立っていた。
服がいくらボロボロでも体が元通りでは意味がない。
「ゲホッ、えほっ。」
砂ぼこりで咳き込んでいるのがわざとらしい。
「──治療魔術。」
「ご名答。」
治療魔術は魔法とは全く異なるものだ。膨大な精神力を必要とし、行使できる者は少ない。
できたとしても、これ程瞬時に使えるものはいないだろう。
私でも無理だ。
「それにしても、あそこまで連続で超位魔法を叩き込まれるとは思っていませんでしたよ。あなたの魔法技術は相当なものだ。」
「誉めてくださり光栄だけど、皮肉にしか聞こえない。」
「クヒヒ。お気になさらず。魔法は苦手でして。」
仮面の男が、腰に据えられていた剣を抜き、再び一気に距離をつめる。
氷壁を作り動きを妨害しようとしたが簡単に避けられた。
横なぎに切りつけられるのをギリギリのところで弾く。
再度距離を取ろうとするが、そうはさせてはくれなかった。
突っ込んできた時の勢いのまま追撃され、切りつけられる。
寸のところで避け、魔法による目眩ましを作り、逆方向に飛ぶ。空中で体制を整え、男の背後に回る。
距離は取れたが、奴はすでにこちらを見ていた。
想定内ということなのだろう。
魔獣のくせに、やけに剣技が上手い。擬態にも対人戦にもなれていそうだ。
技術なら私より上だろう。
魔法による牽制は効果的ではないと判断し、今使っているなまくら刀を捨て、背中の愛刀を抜く。
愛刀を正面にしっかりと構える。
今度はこちらから距離をつめる。
突きを連続で繰り出すが、全ていなされる。
男の背後に飛び、着地の勢いのまま剣を振るう。
それにも反応され、すぐに剣で阻止される。
しかし、ヒナにとってそれは想定内だった。
勢いを殺さず更に力を込めて剣ごと叩き切る。
バシッという軽い音と共に男の剣が砕け、腕ごと切り落とす。
一瞬焦った顔をしていたが、瞬時に治療魔術で回復ようとする。
素早く距離をつめニ撃目を打ち込む。
男の手から2本目の剣が出現し、ヒナの剣先がずらされる。
相手の逆の肩をかするだけに終わってしまった。
上段から振り下ろしたせいで、隙ができ、男が距離を取ることを許してしまった。
「クヒヒ。とてつもないですね。私が、腕を切り落とされるとは夢にも思っていませんでしたよ。――その剣はなんなのですか。」
「あんたも魔物のくせにとんでもない。地べたをにょろにょろしてるだけのやつと思っていた。」
「私は魔獣です。先程も言いましたがあのような低俗と一緒にしないでいただきたい。それで、その剣はなんなのですか?」
「答えるわけないでしょ。馬鹿なの?」
一気に距離を詰め、切りつけるふりをして、氷魔法を叩き込む。
ギリギリで反応されたが、大量のかすり傷をつけることに成功する。
その隙に足を凍結させてやり、動けない足を狙い切り込む。
切断はできなかったが、行動不能にすることは成功した。
相手は片腕がなく全身も傷だらけだ。
片足がまともな状態ではないのに普通に立っている。
しかし、仮面が笑みを浮かべているかのように歪む。
「まだ、余裕だっていうの?」
「いえいえ。そんなことはございません。さすがに私でもここまでされると危ないですよ。私はね、楽しいんですよ。糞みたいなものを作っている雑魚かと思ったら、ここまでの強敵。私はとても興奮しているのです。」
「変態。」
「そうかもしれませんね。しかし勝つのは私なので別によいのです。」
「どこからそんな自信が来るのやら。」
「クヒヒヒヒ。」
不気味に笑うやつだ。
男の体が変形し、上半身は人間のまま、下半身だけが本来の蛇の姿に戻った。
これでは足を切った意味が全くない。
腕は依然生えていないが、傷は塞がっており、少しずつ再生が始まっている。治療魔術を使われようものなら、即座に再生するだろう。
「チッ。厄介なやつ。」
相手の直接攻撃が届かない上空に避難する。
蛇型では空中戦には不利だろう。飛べたとしても、絶対に安定しない。
「第31階位 超重力!」
「超重力!超重力!超重力!超重力!」
逃げ場のないよう、広範囲に超重力をかける。
無事捕らえることはできたが、力で無理やり超重力空間を移動している。このままでは、すぐに逃げられてしまう。
「第27階位 氷壁!」
氷の壁で周囲を完全に封鎖する。
「第32階位 聖光線!」
極太の光線が直撃する直前に爆破魔法が炸裂し氷共々吹き飛ばす。
氷の残骸を溶かし、聖光線は地面に大穴を開けただけだった。
爆発の勢いをを利用し、超重力空間から逃れた男はボロボロでも聖光線を避けていたため、致命傷にはなっていなかった。
「チッ。」
これでも倒せないことにイラつきを覚えつつ、焦りも少し感じていた。
「私も出し惜しみはできないようですね。」
男がヒナを睨み付けると同時に、上半身も完全に蛇に戻り、完全に巨大な大蛇の姿に戻る。
黒光りする体がどんな攻撃も受け付けない固さを強調している。
この巨体に強靭な鱗相手では、広範囲の攻撃、または一撃必殺のもの以外は効きそうにもない。
「私も同じみたい。」
ヒナもあとのことを考えるのを止めた。
『神能力解放』を発動し、生命力を消費する代償として己の持つ全ての能力の上限を解放する。
漆黒だった髪が瞬く間に純白に近い銀髪に変化し、羽も黒から白に変化する。額から細長くしなやかな一本角が、存在を現す。それに合わせ、ヒナのステータスも急上昇する。
「あなたもまだ裏を隠していましたか。」
「あんたの本体も想像以上。それに、これをまた使うことになるとは思っても見なかったし。」
両者共にもっと早くに決着がついている予定だった。
しばらくの間、辺りは静寂に包まれる。にらみ合いが続いたが、両者、一気に距離を詰める。
これで殺すと一撃必殺の威力を持つ攻撃を叩き込む。
そう、ちょうどその瞬間だった。
『止まれ!』
凛とした声が響き、2人の体が空中で固定された。