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前日準備

 『自由にして良し』


 塞いでいた耳にユーリンの声が響く。ガッツリ耳を塞いでいてもこの距離なら流石にはっきりと聞こえる。

 力が一気に抜け、体の自由が返ってくる。ずっと力んでいたせいで固まってしまった腕をほぐす。


 「何話してたの?」


 聞いても、予想通りというべきか、内緒♪とあっさり流された。

 試しにガマニに聞きに行ってみたが、青い顔をしてぶんぶんと首を横に振られた。

 本当に何を話していたのやら。脳天気なユエにも聞いてみたが結果は同じだった。もう、考えても無駄だな。変なことでなければいいのだけど。

 まあ、その願いはかなわないだろうけどね。あそこまで真剣に首を振られれば普通なことを話してないのはまるわかりだ。

 気になるところだが、無駄なことは頑張っても仕方がない。次の話を進めることにした。


 しかし、ヒナが話し始める前にユーリンがしゃしゃり出てきた。


 「私から言いたいのは、ヒナが街に行くのは良しとして、街に着いた一週間後私が会いに行くからその日は街にいといてね!あと、オンボロな服がほしいんでしょ?なら、これあげるし、はい。」


 ユーリンの手先が異空間に消え、中から前触れもなく大量の服が出てくる。ドレスから下着まで、一体何着出てくるのか。

 これだけ持っていたのなら以前からヒナにくれてほしかったものだ。


 「じゃあ、私が言いたいことは以上なので……バイバイ!」


 挨拶もそのまま、転移陣が出現し、ユーリンの姿が忽然と消える。呑気に手を振っていたが、手を振る余裕があるならもう少し説明を足して欲しかったところだ。一歩遅れてテナスの叫びが響く。


 「あの!じ、じか………ん…。」


 時間と場所はどうするのでしょう?というテナスの疑問はユーリンに届くことなく、虚しく空中に吸い込まれた。


 「どんまい。」

 「どんまいじゃないですよ。」


 取り敢えずどんまいとだけ言っておいたが、即座に疲れた顔をしたテナスに否定されてしまった。少しは気を使ったつもりなだけにムムッときてしまう。

 ユーリンの突拍子もないことは気にしていても仕方がないのだ。存在自体が変態なのだから。

 それを言ってはあとが怖いので、脳内にとどめておく。

 どうせユーリンのことだから私達がどこにいようとすぐにわかるのだろう。時間も場所もユーリンの自由というわけだ。


 「服、どうするよ?」


 私とテナスのコントをスルーして、ガマニが建設的な話を進める。

 確かに服をどれにするかは大切だ。


 「任せる!私にあんた達の基準わかんないし。」


 わからないものはわからない。自分にできないことは誰かにやってもらうが吉。というわけで服選びは全部丸投げした。

 決して服探しがめんどくさいという理由ではない。

 ないったらない。


 服の山を置き去りにし、焚き火まで戻る。何故か、隣にユエが一緒にいるがそれには突っ込まないでおこう。眼前ではテナスとガマニの男二人衆が服の山をあさり、真剣に吟味している。

 こういうのは普通女子の方が盛り上がるものではないのだろうか。

 あいにくここにいる女性といえばユエだけだ。自爆した魔法使いは中でまだ寝ている。ぱっと見た感じ、あの魔法使いが一番おしゃれには詳しそうだったが、使い物にならないのだからねだっても仕方がない。


 意外と楽しそうに服を漁る男共を尻目に焚き火に追加の薪をくべる。

 あまり火力は上がらない。まずまず、上げたくない。消したくないだけで、これ以上暑くなるのはごめんだ。


 横のユエなら面白がって突っ込みかねないと今更ながら心配になったが、気にする必要はなかった。

 必死にスライムをつついている。つつかれるスライムもなされるがままになっている。特に気にした様子もない。まずまずスライムに「気にする」ということができるのかは謎だけど。

 私の周りに群がってくるスライムは攻撃をしてこない。まあ、そう調教したような折はあるけどね。学習能力があるのかも不明だけど。そこは気にしないでおこう。

 本来危険なスライムを抱きしめられるということは結構珍しいことだろう。

 スライムを無心でいじっているユエを見ると、なんとも微笑ましい。

 中身はただの馬鹿だけど。


 なんの前触れもなく、ヒナの足元に転移陣が出現した。

 警戒を一気に高めたが、あっさりと杞憂に終わった。転移陣から上半身だけが現れ、呑気な声が響く。


 「ヤッホー。びっくりした?びっくりした?まあ、それはおいといて。さっき渡そうと思ってた物を忘れてたのに気づいちゃってねー。」

 

 流石に怒ってもいいような気がしてきた。

 横のユエは私の怒気にスライムを抱えたままユキの後ろに隠れてしまった。しかし、怒りの矛先の相手は意にも介していないという風に続きを話そうとしてくる。


 ――――トゥ!

 

 渾身の一撃を無防備な頭に叩きこむ。

 しかし、それも空振りに終わり、拳の真横から頭が生えてくる。


 「でね、ヒナ。さっきの続き何だけど、…。」

 

 再び現れた脳天にチョップをぶち込む。

 また横に、頭が現れる。それをまた叩く。


 ――モグラ叩きか!


 一体何回やったのか…。ヒナの息が上がり、当初の勢いがでない。完全に出てくる頭に追いつけなくなった。やはり、体力不足は問題だとヒナは再認識する。出てくる頭をたたこうとするのはやめた。


 「お?もう終わり?ヒナもまだまだだねー。」


 やっぱりもう一発だけ再挑戦しよう。

 難なく避けられた。本当に!なんとも!鬱陶しい!


 自然ヒナの怒りはぶつけられる相手に向かい、ユエが犠牲となった。

 何で!?何で?何で私なの!?とユエは不満タラタラだが、当てられたヒナとしては満足だ。

 フー。スッキリした!


 「で、何を持ってきたの?」

 「私にぶつけられないからって、ユエちゃんにぶつけちゃだめだよ~。」


 ユーリンが叱るようにではなく、馬鹿にしたように煽ってくる。

 もう一発ユエが犠牲になったことは仕方のないことだ。倒れたユエを放置し、ユーリンを催促する。


 「これこれ。これをヒナに渡しておこうと思ってね。」


 ユーリンの手から出てきたのは、布だ。うん。真っ黒な布。

 ぱっと見は、はちまきみたいだ。

 色の黒さがおかしい。黒は黒でもすべてを飲み込むような黒だ。まるでそこになにもない空間があるようにさえ見える。色が吸い込まれているというのが良い表現かもしれない。

 普通に怖いんですけど…!


 「何、…これ?」

 「目隠しだよ。」


 さらりと渡されるのが目隠しとはどういうことだろうか?視界を隠して気配だけで生きろと?


 「いらない。」


 こんなものは返却だ、返却!ろくなことにならない予感しかない。


 「ムムッ。私の言葉が足りなかったね。これはあんたの誘惑者(マドワスモノ)を抑える効果のある布なのだよ!テナス君たちなら大した影響はないけど、ヒナの垂れ流してるスキルの効果を完全になくせるのだ!」

 「わー、すご~い。」


 随分と棒読みだね、というユーリンの突っ込みは無視しておこう。棒読みになるのも仕方がないのだ。

 布の効果がすごいのはわかった。しかし、目隠しは目隠しなのだよ。


 「続きを聞きなさい!」


 心を読めるのか?!


 「そんなわけないじゃん。」

 「いや、バリバリ読んでんじゃん。」

 「ハッ!」


 ハッじゃねぇよ。こういうところはなんとも抜けている。今まで9年間ずっと心読まれてたのか…。そう思うと羞恥で死にたくなるのは私だけだろうか。


 「大丈夫。大丈夫。みんな黒歴史の十個や二十個と持ってるものだから。安心するが良いぞヒナよ。」


 そういう問題じゃない!と叫びたいのをなんとかこらえる。


 「叫んでいいよ。」


 もう泣く。泣いてやる。ユエに一発食らわせてやった。また、ユエが寝そべる結果となってしまった。


 「ごめんね。ユエちゃん。ユエちゃんの心の声をを代弁すると、何なんだよ、何で私なのフザケンナ、このちび!だよ。」

 

 倒れていたユエが飛び起き、大慌てし始めた。


 「ちょっ、ユーリンさん。勝手なこと言わないでくださいよ!ヒナちゃん、そんなことお姉ちゃんは全く思ってないからね、だからその拳をしまわないかな。仕舞おう。うん。ね、しまうのがいいよ?」


 またユエが吹っ飛んだ。


 「で、この特製の布についてだけど、」


 まるで何事もなかったかのように話し始めるユーリンが恐ろしい。殴った私でも少し気にしているのに。

まあ、少し、なところはユーリンに毒されていると実感してしまう。


 「この布が遮断するのはヒナが垂れ流してる魔素だけを遮断するから、視界はないときと全く変わらないよ。つけ心地もつけてないときと変わらないから。でも、見た目だけは目隠ししている人になっちゃうけどね。」

 「それが嫌なんだけど…。」

 「しか~し、これをつけないなら行くのは許可しない。」


 ムムム。私に選択権はないではないか。

 だが、見た目と街に行けるを天秤にかければ、結果は決まっている。


 「わかった。」


 ユーリンの手に乗るただただ黒い布を手にとる。


 「今からつけなきゃだめ?」

 「んー。慣れとして今からつけといたら?そのうち見た目もそれが普通になって気にならんくなるだろうし。」

 

 仕方ない。

 円上になっている布を頭の上から被るようにして、目の位置に合わせる。

 巻き込んだ髪の毛を引っ張り出し、軽く整える。


 確かに視界は以前と全く変わらない。垂れ流していたものがなくなったかどうかはわからないが、つけといたところで本当になにも変わらなかった、というのが実際のところだった。


 「似合う?」

 「変ではないぞ。似合ってるか似合ってないかなら、似合ってる。」


 ユーリンでも、ユエでもなく、ガマニに聞きに行く。どうせあの二人に聞いてもまともな答えはかえってこない。なんかテナスはとっつきにくいのでガマニにした。


 「微妙ってことね。」

 「いや、そういうわけではない。断じてないぞ。似合ってるといえば似合ってる。」


 口下手か。まあ、どちらにせよさっきよりは良くないと。まあいいや。気にするだけ無駄な気がしてきた。

 どうせつけなければ街には行けないのだ。外してもすぐにユーリンにバレる。

 

 「じゃ、そういうわけで今度こそばいばーい。」


 ユーリンがこちらに元気に手を振っている。

 いつか絶対に頭に一発くらわせてやる!


 「ユーリンさん…来てたんだな。」

 「気づいてなかったの?」


 一体テナスはどれだけ服選びに熱中していたのか。周りの変化に気づかなくて大丈夫か、冒険者。


 「それよりもだ。この服、どうだ?結構いい線いってると思うけど?」

 「へー、いいじゃん。ボロすぎず、綺麗すぎず。」


 テナスが掘り出したのはいかにも平民のですというようなシンプルなワンピースだった。結構よれており、テナス達の服探しで少し汚れてもいる。

 完璧と言ってもいいんじゃないだろうか。


 「じゃ、それにするし。明日の朝着て、テントまで来るね。」

 「おう。任せた。」


 いった何を任されるのか。

 テナスから服を受け取り、焚き火のところに置いておいた鞄にしまう。


 「で、この残りどうするよ。」

 「燃やすか、埋めるか、持ち帰りは無理だしな…。」

 

 戻ると一着だけ減った服の山の前で男二人が頭を抱えていた。


 「燃やせば?」

 「しかし、いいのか?環境的にも、個人的にも。」

 「いいよいいよ。どうせユーリンはゴミを押し付けたかっただけだし、一瞬で消し炭にまでしたら大丈夫じゃない?」

 

 アルセイト平野は平野に加えて、草原でもある。大抵の部分は芝のような植物に覆われている。

 安易に火をつけると火消しがまた大変なことになる。火消しをしなければ、火事。しかし!その心配はない。


 「そういうもんか?」

 「そういうもん。てわけで、服の処理は私に任してちょ。」

 

 テナス達の了承ももらえたので早速処分する。


 服を囲むように球体の耐魔結界を出現させる。地面が爆ぜないように空中に浮かす。


 普段はしない座標指定までし、火魔法が球体結界から絶対にもれないようにする。ここまでくれば完璧だ。


 「第3階位 (ファイア)


 結界内部に膨大な熱量を持つ火が出現する。服は跡形もなく消し炭になった。


 「エグいな。今の本当にファイア?」

 「ファイアだけど?」


 威力は魔素量を増やすことでかさ増しさせた。


 「やろうと思えば結構誰でもできる。」

 「いや、多分無理だぜ。」


 無理なのか?まあ、どうでもいい。


 「服の処理、終わっし、他何かすることある?」

 

 テナスは明日の予定を見直したが、特に今しなければ、ということはない。明日の朝のアルマンホースを見つけることぐらいだ。


 「いや。今はないな。明日、朝5時半にテントまできてくれればそれで、大丈夫だ。」

 「持ち物は?」

 「手ぶらでいいぞ。もってきたいものがあるなら、ある程度は持っていけるだろうし。」

 

 持っていきたいもの。ユキはついてくるし、持ち物としては武器ぐらいかな。特にこれと言って役立つものは他に何も持ってないし。娯楽も別にあっちに行ってからでもできることばかりだ。


 「武器、持っていきたい。」

 「なんの武器だ?」

 「ナイフ二本と、片手剣一本。あと大剣。」

 「随分と多いな。ヒナの持ち物として持っていけるのはナイフぐらいだな。残りは…。少し方法を模索して見る。現物を見せてくれ。」


 腿と腰上に隠していたナイフを出し、ユキに預けていた片手剣を持ってきてもらい、テナスに預ける。


 「俺たちがやられたときに使ってた剣だな。随分な一品物だろ、これ。」


 一品物かはわからないが、テナスが持っていたものと比べると切れ味と耐久性が桁外れなのは確かだろう。自作だからいくらか微妙なところはおおいだろうけど。


 「街に行ったら少し見てもらう。自作だし、変なところ多そうだからさ。」

 「まじ?自作したの?」

 「うん。」

 「自作剣持ってるのと初めてであった。」

 「いないものなの?」

 「大抵は買うか、オーダーメイドかな。」


 ふーん。オーダーメイドできるのか。私のも一度作ってもらうのもいいかもしれない。


 「そうだ。もう一つの大剣はどこだ?」

 「ちょっと待って。」


 空中に魔法陣を展開し、座標を指定する。異空間と現実世界のつなぎの座標指定は結構複雑で難しい。

 膨大な数の座標を覚え、応用をしているヒナでも難しい。ポンポンやってしまうユーリンがおかしいのだ。


 座標指定をやっとこさ済ませ、異空間と現実世界をつなげる。お目当ての大剣を全力で引っ張り出し、すぐに地面に放棄する。


 嫌な音と、大地が砕ける音が響き、地面に大剣が深々と刺さる。

 もうこれを抜くことは今のヒナにはできない。仕舞うときは異空間に直接取り込む。地面に穴があくため、あまり好きではないが、他に収納方法もないので仕方がない。


 「これ。」

 「マジでなのんなの…?」


 そこにはもう驚かないぞという顔で驚きの表情を貼り付けたテナスが座り込んでいた。

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