おやすみ
"あゝ我らが主よ 汝の導きにより 我ら同胞を救わんと欲す 我らが命 主に尽くさん 主の寵愛を似って我らが命救い給え"
"癒せ"
主への祈りと共に、テナスとユキの体が淡く輝く。
とてつもない苦痛と、体の軋みが響く中体中の傷口が塞がっていく。
顔は依然青白いが、出血は止まり呼吸も深く落ち着いている。
「ん。これで二人とも当分は大丈夫。」
「ホントか!ありがとな。」
ガマニは大袈裟に喜んでいるが、別にそこまですごいことじゃない。
でも感謝されるのはどうしょうもなく嬉しい。
「どういたしまして。」
「あれ。でもさっき連続しては使えないって言って無かったか?」
「言ってたっけそんなこと?」
「いや、言った!」
ここはとぼけるに限る。
「覚えてない。まあ、そんなことよりちゃんと看病してあげたら。傷は塞がってるけど、体力とか血液は戻ってないんだし。」
「それもそうだ」
ガマニが慣れた手つきでテナス達を楽な体制に寝かせ、薬を投与していく。
性格からこういう細かい作業はできなそうだと思っていたが、予想以上に上手かった。
医者にでもなれそうだ。
「皆、それだけ治療できるの?」
「ああ。怪我して動けないってなって殺されるなんてごめんだからな。大抵の冒険者は応急処置ぐらいはできるように仕込まれてる。」
答える最中も手は止めず、テキパキと進めている。
医学への知識は全く無いが、ガマニが結構上手いのは見ててわかる気がする。
ヒナにできることは無いので、ぼうっとガマニの作業を眺めた。
「よし!これで一先ずは大丈夫だ。」
――ハッ。
ガマニの良く響く声で意識が覚醒する。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
私にも先の戦闘で大分疲労が大分溜まっていたらしい。こんな場所でうたた寝してしまうとは少々迂闊だった。
テントがたてられており、中からガマニが出てくる。
簡易式の結界も張られている。
肩にかけられている毛布を体に巻き直す。
「これ、ガマニがかけてくれたの?」
「ん?ああ。疲れてたみたいだしな。」
「ありがとう」
「どういたしまして!」
「これからどうするの?」
「何をするにしても、あいつらが回復するのを待ってからだな。特にテナスが動けないとうちのパーティーは動きにくい。」
「ふーん。じゃあ、動けるようになったら教えて。紹介したい人がいるから。」
「おう。」
既に日が暮れ始めている。西に沈みゆく日が平野を赤く染める。
この時間の平野が一番美しい。
大きく伸びをし、空気を肺いっぱいに吸い込む。
冷えた空気が肺に染み渡る。
傷が少々痛むが、もうほとんど気にならない。
「キュー!」
きれいになったユキが帰ってきた。
先程まで、体に飛び散った血を洗いに行っていた。傷も完全に塞がっている。
久しぶりにユキのモフモフを堪能した。
暖かい毛がヒナを包み込む。
そのまま眠りたい衝動に駆られるのをなんとかこらえる。
流石に外で寝るのはよろしくない。
「ガマニ。私はもう寝る。これ、何かあったら吹いて。できるだけ速く駆けつけるから。」
ガマニに自家製の笛を渡す。少々特殊な笛で、異様に高温な音が鳴る。
何回も作り直し、平野の虫どもに打ち消されない音がでるようにした。
これなら夜にでもすぐに判別できる。
「おう。助かるぜ!」
渡すものも渡したし、ユキの背に寝そべり教会まで運んでもらう。
「おい、ガマニ。ゲホッゲェホ……ガフ。――ガマニ、これはどういうことなんだ」
剣を支えにテナスがテントから這い出るように出てくる。
「テナス!まだ寝てろ。」
「それはいい。体ならまだ動く。で、テナス。どういうことなんだ?」
剣の支えをやめ、正面にしっかりと構えている。
まともに構える余裕もないだろうに、ブレもなく、重心も安定している。
流石は剣士だ。
私にはそんな体力はない。眠くて眠くて仕方がない。なんとか顔だけは上げて、テナスを見据える。
「落ち着け、テナス。まだ安静にしてないとダメだろ!」
「うるさい。質問に答えろ。敵の前で寝ていたなど話にならない。」
流石に気は少し動転しているらしい。
戦闘中はもっと落ち着いていた。計算された嫌らしい攻撃も多かった。
今の状況もまだ飲み込みやすかっただろう。
「わかった、テナス。わかったから取り敢えず剣を降ろせ。順を追って説明するから。」
「剣は降ろさない。」
依然ヒナを射殺さんとするように睨みつけている。
どこからその気力が出てくるのやら。
ガマニも結構必死になっている。テナスに無理をさせるわけには行かない上に、私に危害を加えさせるわけにも行かない。
しかし、どちらも大切。良い性格故に苦労していそうだ。
「まず、ヒナは敵じゃない!リースにユエ、そしてお前の傷も治したのはヒナだ!」
「――お前、ヒナと言うのか。その名前覚えておこう。」
「うん、そう。それで合ってる。私がヒナでーす。もう帰っていい?」
もう面倒くさい。早く帰って寝させろ。
「だから、俺の話を聞けって!ヒナは敵じゃないって言ってるだろ!」
「そうとはまだわからないだろ。傷を治したからといって、仲間というわけでもない。」
流石のガマニも頭にきたらしい。口調が荒く、語尾も上がりだした。
「おい!テナス、屁理屈はそれぐらいにしろ!ヒナが治してくれなかったらリースは間違いなく死んでた。それにお前らももっとひどいことになってた!仲間の命を一応でも救ってくれたんだ。少しぐらい感謝の気持ちを持てよ!」
「瀕死に追いやったのはあいつだ。俺達を治したのもただの利己心かもしれない。」
「それは…そうだが。」
頑張れ、ガマニ。あれが普通の反応だ。ガマニは気を許しすぎるところがありそうだし、あれぐらい慎重な仲間がいてちょうど良いのかもしれない。
しかし、今は頑張れーガマニ。私にこれをなんとかする元気はない。
正直、鬱陶しい。
「もう、今は私が敵でも味方でもどっちでも良いから、今日は帰らせて。もう疲れた。続きはまた明日。おやすみ」
ユキの背に再び顔を埋める。
「おい!待て!まだ話は終わっていない!」
何か叫んでいるが全部シャットアウトだ。これ以上は付き合っていられない。
「……すまん。テナス」
素早く振るわれた手刀がテナスの首元にきまる。瞬時に意識を刈り取られる。糸が切れた人形のように脱力し、ガマニの腕中に収まった。
「悪いな、ヒナ。明日また続きをすることになりそうだ」
「うー…、了解。また同じくだりをするのね。」
「だからスマンって。俺からもできるだけ説得しておくから。じゃ、おやすみ」
「おやすみ〜。」
ユキの背中は最高だ。暖かく、柔らかく、とても落ち着く。
そこで、ヒナの意識は暗闇へと完全にと沈んでいった。




