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異世界一日目!

神獣の森

神聖気が充満し、巨木と緑で囲まれた自然豊かな森。神獣が君臨し、精霊と一人の妖精が管理する広大な森である。

森の中央に位置する池の中心では、神獣がだらしなく寝そべっている。


「……暇じゃ。」

「そりゃね。こんなところに来る物好きは少ないしね。」


そんな神獣の呟きに答えるのは森の管理者――妖精女王だ。


長き時を生きる神獣にとって、退屈は一番の苦痛だ。

特に最近はすることが何もない。森にいるほとんどは聖獣か魔獣か魔物かで、知恵もなく、神獣を恐れ、近づいて来ることすらない。

知恵ある者が訪れることもほとんどない。人間が訪れたのに至っては、100年近く前のことだ。

話相手は隣でヘロヘロしている妖精女王ぐらいだ。高位の精霊には知恵ある者がいるが、神獣に話しかけるような物好きはいない。

ボッチじゃないだけましだが、2人だけではできることも少なく、会話の話題も乏しい。


少し前までは、海の魔物の活動が活発化していたため忙しかったが、ここ10年ほど強力な魔物が攻めてくることもなく、不気味なほどに安定している。


「もう少し、誰か来てもいいんじゃがの……。」


神獣の呟きは森のざわめきでかき消された。



その日も、神獣はいつも通り池の中央でゴロゴロと暇を持て余していた。

 

 しかし、そんな何もないと嘆く気持ちも一瞬にして吹き飛んだ。

 神獣の森の池に一人の少女が現れた。

100年ぶりの人間だ。


少女は浮島でこそこそしている神獣たちには気づいていない。

水をすくい、良く見て、においを嗅ぐ。

大丈夫だと思ったのか、顔を洗い、喉を潤す。

よっぽど喉が乾いていたのか、すくって飲むのをやめ、顔ごと水に突っ込み豪快に飲みだした。

そんな少女に低く、尊大な声が響く。


「お主何用でここにいる。」


神獣は威厳を出そうと声をかけるタイミングを見計らっていたのだ。

聞こえていないのだろうか、少女は依然豪快に水を飲んでいる。


「お、お主何用でここにいる。」


もう一度声を張る。今回のは聞こえていたのか、少女は顔を上げ辺りを見回す。

しかし、声の主を見つけられない。しばらくキョロキョロしていたが、諦めたのかまた、水をガブ飲みする。


「うふふ。迷いこんだかわいいかわいいお嬢さん。こっちよ。こっち。」


今度は妖精女王が甘く誘い出す。

少女はもう一度声の主を探したがやはり見つからないので、不気味に感じたのか、来た道を小走りで戻り出した。

それに、一番慌てたのは威厳を出そうと頑張っていた神獣だ。


「え、そっちじゃない。こっちこっちじゃよ。」


威厳などありもしない。


「ちょっ、ジジイそれじゃ逆に怪しいわ!」

「じゃが、このままでは行ってしまうぞい…。」


神獣は少女が帰るとは思っていなかったので、威厳も何もなく慌てている。


「そこは何とかするからちょっと黙ってて!」


役に立たない神獣の代わりに、妖精女王が少々強引に少女を引き寄せる。


"幻影妖域"


幻影の空間を作り、少女を180度回転させる。

しかし、横の神獣もなにかおかしくなっている。


「お、おい。世界がグルグル回るぞい。」

「何でジジイが幻影に引っ掛かってんのよ!」

「わ、ワシ、こういうのには弱いんじゃよ――。」


神獣が状態異常に弱いわけがない。妖精の幻影が強すぎるのだ。

妖精女王は、知るか!と怒鳴り付け、少女をこちらに誘導していく。

少女が浮島に最も近くなる場所で、幻影をとく。


「お、やっと戻ったワイ。」


神獣は、首を振り視界を元に戻す。

突然現れた神獣と妖精に驚いた少女だが、直ぐに落ち着いたのか、神獣達をまじまじと見つめる。

神獣とて、突然現れた少女に驚いた。こちらは落ち着くこともなく、慌てている。


「な、何でもうここにいるんじゃ!」

「そんな都合良い位置で解除出来るわけないでしょ!」

「これじゃ、威厳もくそも出せぬではないか。」

「ジジイに威厳もくそも元からないわ!威厳をだしたいなら自分で何とかしなさいよ!」

「じゃ、じゃが……。」


二人でギャーギャー言い合っているのを、少女は深紅の瞳でじっと見つめる。


「オホン。して、お主は何用でここにいる。」


もうこの台詞は三回目だ。

少女は依然黙ったまま、神獣を見つめる。


「お主、名は何と言う。」


少女がここで初めて口を開いた。


「名前を聞くときは、自分が名乗ってからって幼稚園でならわなかったの?」


少し震えのある声だが、はっきりとした意思のある声だった。

そう、舐められているのだ。偉大なる神獣が小さな少女になめられているのだ。馬鹿にされているといった方が正しいのかも知れない。


「そ、そうじゃの…。」


ひきつった顔で神獣が弱々しく答える。

妖精女王は横で必死に笑いをこらえているが、時々吹き出してしまっている。


「わ、わしの名はパルダリス。この世に2体存在する神獣のうちの1体じゃ。」


神獣は精一杯の威厳を込めて名乗る。


「私ヒナ。迷子なの…。」


少しの沈黙の後、神獣が尋ねる。


「うむ。迷子……か。して、お主、わしの元に来る気はないかの。」

「私知らない人についてっちゃダメって習ってるの。」


今回もキッパリとした口調で拒否される。


「うむ。そうか……。」


神獣は断られると思っていなかったので、話が途切れ、会話が全く続かない。

妖精女王はもう我慢するのをやめて、ゲラゲラと大爆笑している。


「お、おやつをあげるから来る気はないかの?」

「不審者には気をつけろって言われてるの。おやつやお金につられてはダメって。」


妖精女王は、不審者!ふ、不審者!としゃくりながら笑い転げている。


「ハー。はー。プッ、アハハハ八!」

「おい!笑うでないわい!わしが馬鹿みたいじゃないかい!」

「いや、馬鹿だよ、馬鹿。ジジイは馬鹿だよ。アハハハ!」


神獣は怒りと恥ずかしさで震えているが、妖精女王は気にせず大爆笑している。

妖精女王は落ち着いたところで、神獣に代わって、少女に語りかける。


「ヒナちゃんはどこから来たの?」

「施設。」

「んー。じゃあどうやってここまで来たのかわかる?」

「――わかんない。」

「そっかー。じゃあ、その"施設"の場所はわかる?」

「えーと、日本のなんとか県の……それ以上はわかんない。」

「日本、日本……。」


どこかで聞いたことがあると、妖精女王は記憶に働きかける。


「あ、思い出した!ジジイ、ちょっと、ちょっと……。」

「ん、なんじゃ?」


また二人でコショコショ話し出す。

妖精の推測を神獣に話す。

少女はおそらく異世界人の、召喚者か迷い人、または転生者で神獣の森に迷いこんだのだろうというものだ。

日本からの召喚者はそこそこいる。妖精女王も随分昔に、数度出会ったことがある。

俗に言う異世界人は能力値が高いことが多く、特殊な知識を持つ者が多いため、結構重宝される。


「そういうことか。」


神獣はもう一度少女に目を向ける。


「お主、迷ったのだったな。」

「うん、そう。」


この森で一人にしておけば間違いなく、この森の魔物の餌食になる。


「お主がここに来るまでに見たかも知れないが、ここには危険な生物が多い。お主を襲うような奴もわんさかおる。そこで……、」


続きを言おうとしていた神獣を遮り、妖精女王が続ける。


「そう!そこでね、私たちがあなたを守ってやろう!と言うわけよ。」


神獣は威厳を出そうと今も頑張っているが、妖精女王はもうほとんど素になっている。

ヒナは何も答えない。子供らしからぬ鋭い目で2人をじっと見つめる。

しかし、その足は小刻みに震えている。


「安心せい。お主を取って喰うたりはせん。」


神獣はヒナの元にゆっくりと歩み寄る。それにあわせ、ヒナも少しずつ下がる。


「もう大丈夫じゃ。今はゆっくり休め。」


ヒナの真横まで移動し、そっと寄り添うように座る。

宝石のような青い瞳で少女の深紅の瞳を見つめる。

しばらく、何もなかったが、次第にヒナの瞳がぼやけ出し、ついに泣き出してしまった。

もたれ掛かりながら泣くヒナを神獣の体がそっと包み込む。

この森は人々から畏怖の目で見られている。

森の中も薄暗く、至るところから、獣の鳴き声が聞こえる。

不気味である。大人でも、恐いと感じるような森である。

こんな年端もいかない少女が森のなかで一人。大丈夫なわけがないのだ。

ヒナが泣き止むまで寄り添っているつもりだったが、泣きつかれて寝てしまったので、もうしばらくこうしておくことにした。

辺りを見渡し、妖精女王が意外そうに見ているのを見つけた。


「この子、かわいいわい。」

「――ロリコン。」

「ち、違わい!」

「シー!いちいちうるさいのよ。」


妖精女王はジジイにも案外かっこいいとこもあるじゃんと思ったが、今の一言で台無しだ。

そのまま神獣まで寝てしまったので、妖精はしょうがなく二人を見守ることにした。

幸せそうな顔で寝ているヒナを羨ましく思いながら、妖精はひとりでに、楽しくなりそうだと呟いた。

ヒナの異世界一日目は、こうして無事終わりを告げた。

















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― 新着の感想 ―
[良い点] 妖精と神獣の関係性が面白いです。 これから、どうなっていくのか楽しみです。 参考にしたいと思いました。
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