首領、空から巨大肉が!①
――巨大肉(人肉)降下まであと15分――
「母ちゃん、腹減ったよお……」
「辛抱しな。今父ちゃん達が行ってくれたから」
その日、ベリモ山にたった1つある山オークの集落はいつにも増して殺気立っていた。最近彼らを苦しめている「ある問題」を首領がいつまでたっても解決しないことに業を煮やした3人の山オークが、今まさに首領の家に踏み込まんとしていたのだ。
「首領! 居ますか! オレです!」
先頭に立つ隻眼のオークが声を張り上げた。
「オラだ! 話がしたい!」
牙の長いオークがそれに続いて言った。
「オデも来たぞ! 開けろ! 開けろ!」
傷だらけのオークは、もう待ちきれないという風に扉を何度も叩き始めた。
彼ら3人は、今の首領が倒れればこの3人の中から次の首領が選ばれるだろうと周りから噂されているほど強く、優しく、賢く、そして勇気ある山オークだった。ゆえに集落の住民皆んなを苦しめている問題を放置している首領が許せなかった。
「首領! 居るのは分かってるんです! 出てきて下さい!」
「オラの嫁が夜な夜な家から出てくるあんたを見てるんだぞ!」
「開けろ! 開けるんだ!」
3人が緑土色の肌を赤くしながら呼びかけても首領の家はしいん、と静まり返り、何の反応もない。だがそれですごすご帰ろうとする3人では無かった。言葉で駄目なら力で解決するのが山オークだ。
「クソ、居ないふりをしている」
「よし、扉をぶっ飛ばせ!」
「行くぞ! 1……2……」
「「「おらァ!!!」」」
3人の山オークが力一杯ぶつかって壊れないものは、この世界にはほとんど無い。首領の家の扉もそれに漏れず、粉々に砕け散ってしまい、3人はその勢いのまま家の中になだれ込んだ。
「首領を探せ!」
「隠れてるな、どこだ、どこだ!」
「もう逃げられねえぞ、観念しやがれ!」
3人が山の裏まで届きそうな大声を出しても首領は一向に姿を見せなかった。この3人に出てこいと言われて出てこないのは、臆病を通り越して逆に勇敢とも言える。
「まだ出てこない気ですか!」
「よし、そっちがその気ならこっちにも考えがあらあ!」
「アンタが出てくるまでこの家にあるもん、どんどんぶっ壊してやる!」
宣言通り傷だらけのオークが、部屋の壁に掛けてある首領のコレクションの内の1つをむしり取った。
「まずはこの黄金ドクロ!」
ガシャーン! 金鉱石をオークの拳大のサイズに削り、さらにそれをドクロの形に仕上げた5000万ゴールドはくだらない代物は一瞬で砕け散った。
「レッドドラゴンの牙!」
ボキッ! 戦いの際、頭につけているだけで弱い敵なら怯えて寄ってこなくなるという牙は、寄ってきた勇敢なオークにより真っ二つにされた。
「ゴブリンの壺!」
バカーン! ゴブリンの頭をミイラ状態になるまで乾燥させ、そのまま壺として使うという山オークらしい豪快な壺が、これまた豪快に破壊された。
「次は……ん?」
隻眼のオークが風景画の入った額縁を壊そうと壁から外した時、額縁を外したところの壁に、小さな穴が空いているのを見つけた。彼が何の躊躇もなく穴に指を突っ込むと、中で指が何かに触れた。
「これは……妖精の涙、か」
隻眼のオークが壁からピンク色に光る液体が入った小瓶をつまみ出した。
「な、何だと!」
牙のオークが隻眼のオークに歩み寄り、妖精の涙をトランペットを欲しがる子供のような目で見た。彼は昔からそれに人一倍の憧れを持っていたのだ。そして自らの役目も忘れて語り出した。悪い癖である。
「妖精の涙と言やあ、滅多に手に入らねえもんだ。目に入れりゃ隣の山にいるアリの糞まで見え、鼻に入れりゃ隣の山にいるアリの糞の臭いまで嗅げるという。さらに飲めば……」
「オデ、よくわかんね。早くぶっ壊しちまおうぜ」
そういう類のものに全く興味のない傷だらけのオークが冷ややかに言うと、牙のオークが少し顔をしかめた。
「せーの!」
隻眼のオークがピンク色の液体が入った小瓶を床に叩きつけようと腕を振り上げた。
「ああああ! やめろ! やめてくれ!」
その時、床下の隠し扉が勢いよく開き、中から体格の小さい気弱そうなオークらしからぬオークが飛び出してきた。だが彼こそ、この集落で238人ものオークを束ねている首領である。
それを見た隻眼のオークが呆れたように小瓶を持った指を離すと、首領が落ちてくる小瓶に向かって両手を突き出しながら滑り込んだ。ナイスキャッチ。妖精の涙は割れることなく彼の手の上に乗った。
「ホッ」
「ホッ、じゃねえぞ、首領!」
牙のオークが猫でも掴むように首領を掴んだ。冷静に振舞っているが、もし首領が出て来なければ滑り込んでいたのは彼だっただろう。
「首領! やっと話が出来ますな」
「オデ達、首領に会いたかったんだぜ〜」
若き首領は3人の強面に囲まれて、すっかり縮こまってしまっていた。