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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第二章:笑顔の裏側
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第8話 一歩踏み出す勇気

 ◇




 一冊だけ本を読んで文芸部室を出た頃には、太陽が西へと傾いていた。

 どうやら部室を訪れてから、随分と時間が経っていたらしい。

 結局のところ、今日一日を使って得られたものはなかった。

 先程読んだ本も、忘れる忘れられるをテーマとした物語だったのだが、解決方法がいかにもフィクションといった方法であまり参考にはならなかった。

 タイトルは『君のいない世界』

 ある日、交通事故で恋人を亡くし、塞ぎ込んでいた主人公はあまり人の寄り付かない砂浜に足を運んで、よく海を眺めるようになった。そんなある日、その砂浜で死んだはずの恋人と邂逅した。

 主人公はそれ以降、足しげく通うのだがある問題が起きた。

 少女は現実世界に留まる代償として、少女の友達や家族の記憶からどんどんと記憶が消えていくというものだった。

 それに気づいたときにはもう遅く、主人公自身にもその影響が及んでいた。

 最後の別れの言葉もなく少女は主人公の目の前から姿を消し、残ったのは主人公の中にある少女との思い出の残りかすのみ。もはや名前も思い出せない。

 それでも、最後の言葉をどうしても伝えたかった主人公は懸命に名前を思い出して、砂浜の中心でその名前を叫んだ。そして願いは通じ、最後の別れを無事にすることができ、ハッピーエンドという結末だった。

 これを読んでビックリしたのが、この本に出てきた砂浜の場所はなんと、海越市にあるらしい。作中でも海越の名前は出てきたため、調べてみると砂浜の都市伝説はどうやら実際に話としてあるらしい。

 だが、俺の知りたかった解決策には程遠いことが読んでいて分かった。そんな簡単に解決策が見つかるとは最初から思ってなかったとはいえ、心のどこかで期待してたのか、予想以上に落胆は大きい。

 俺は受験に失敗した浪人生のように、とぼとぼと校門をくぐった。

 夕方のバイトまでまだ時間があることもあり、俺は家までの道のりを二十分ほどの時間をかけてダラダラと歩くと、住んでいるアパートに到着した。

 階段を上って二階に上がると、家の玄関に背を預けるようにして誰かが座っていることに気がつき、俺は一度足を止めた。

 両膝を抱えた体育座りをしていて、そこに顔を埋めるように座るのは、学校の制服を着た楓乃だ。

 俺は面倒な予感がして、一瞬だけどこかで時間を潰そうかと考えるも、すぐに諦めて楓乃の側まで行く。

 すると、体育座りすることによって上げられたスカートの下からは、白い布のようなものが見えるが変態扱いされても面倒だと思い、俺は無視して声をかけた。


「何してんだお前?」


 声に反応して、楓乃は顔を上げた。


「セ、センパイ……お、遅いぃぃぃ」


 そう言って顔を上げた楓乃の表情は既に半泣きで、俺は僅かに身を引いた。


「お前、家に帰ったんじゃなかったのか」


「家に帰っても、誰も居なかった……。何回も家に帰ったけど戻ってこなかった」


「…………」


 もしかして、それ以外の時間は家の前でずっと膝を抱えて過ごしたのだろうかと、若干ご近所さんからの誤解が心配になったが、今は考えないようにすることした。


「取り敢えず入ったら?」


「えっ、良いの!?」


 さっきまで泣きそうだった顔が嘘のように、楓乃は表情を明るくさせた。

 家の前で散々待ってた奴が何を言ってるのやらと思いながらも玄関のドアに鍵を差し込んだ。


「これ以上家の前に座られたら、ご近所さんに変な誤解をされそうだからな」


 言いながらドアを開けると、楓乃が後ろから説明する。


「それは大丈夫だと思う。だって視界から外れたら皆忘れちゃうから」


「……それもそうか」


 確かにと納得すると、俺は楓乃が入る前に玄関のドアを閉めた。


「あ、れ?」


 俺の行動に楓乃が首を傾げている間に、俺は鍵を締めた。少ししてガチャガチャとドアノブを回す音と戸惑いの声が上がる。


「あれれ?」


 あらゆる方法で確認した後に諦めたのか、一度静かになったと思った矢先に無言のチャイム連打をされた。

 それから俺が観念して出ていくまで、それほど時間はかからなかった。




 家に帰って、少しゆっくりしてからバイトへ行くつもりだったが、楓乃を宥めるのに時間がかかり、結局最後はバタバタして家を飛び出した。

 バイトへ向かう道中も、楓乃は何か言っていたような気がするが、相川の耳には入らなかった。

 店へと到着すると、先に来ていたらしい半田が片手をあげた。


「よお、雪人に楓乃さん」


「ああ」


「こんにちは」


 軽く挨拶を交わして、楓乃とは休憩室で別れた。俺は更衣室で手早く着替えて休憩室のテーブルの前へと座って一息つく。

 その様子に半田は呆れたような顔をすると、向かいの席に座った。


「何で仕事前からそんなに疲れてんだよ?」


「そう見えるか? もしそうなら、今日学校に行ったのが原因かな」


 理由は明らかに別にあるのだが、それを話すためにはかなりの時間と労力が必要になると判断して、適当に誤魔化す方向で話を進めた。


「そういえば居たな。とぼとぼと校門をくぐってくの見かけたわ」


「余所見してないで部活に集中してろよ」


 見られていたことに、なんとなく恥ずかしくなって頬杖をついて顔を逸らす。


「ちゃんとしてるって。雪人って悪目立ちするから、俺じゃなくても気づくと思うぜ?」


「ちょっと待ってくれ。俺ってそんなに悪目立ちしてんの?」


「気付いてなかったのか? 一度話題に出れば、その日一日はお前の話題で持ちきりさ」


「皆俺のこと好きすぎるだろ……。適当にフォローしておいてくれ」


 冗談に冗談で返すと、半田はからからと笑った。

 半田の言ったことは実際、前半部分はあながち嘘じゃない気もしたが、今は気にしないことにした。


「でも、何で今日は学校に来たんだ? 何かやらかしたのか? 雪人は休日にまで登校するほど学校好きじゃないだろ」


「帰るとこ見てたんなら分かるだろ。篠崎におすすめの本を借りに行ってたんだよ」


「意外。センパイって本とか読むんだ」


 半田と話していると、着替えを終えたらしい楓乃が意外そうな声を上げて会話に混ざった。


「おいおい、俺ほどの読書家を捕まえて何を……」


 言ってやがると続けようとして、半田に言葉を遮られた。


「こんなこと言ってるけど、文芸部に居た最初の頃は全く本を読んでなくって、出席簿に丸だけ打って帰ってたんだぜ?」


「やっぱり……」


「やっぱりってなんだよ! 今はちゃんと読んでるだろ!? 過去じゃなくて現在に目を向けてみてくださいね!」


 俺が絶叫すると、二人して笑った。

 ひとしきり笑い終えると、楓乃が俺ではなく半田の方を見て疑問を口にした。


「そんなセンパイが、何で急に本を読むようになったんですか?」


「それがな、そんな真面目にやってる奴等からしたらふざけんなと言いたくなるようなことを続けてたもんだから、部員に怒られたんだよ」


「何で知ってんだよ……」


 この事は誰にも言ってなかったと記憶していた。だが、半田が話した事は全部事実で、あの場に居た部員達にも特に口止めはしていなかったこともあり、情報が漏れていても不思議はない。

 だから半田が「文芸部の奴に聞いた」と言っても、特に驚きはしなかった。

 その半田に吹き込んだ文芸部員は『その後』のエピソードを知らない。

 だから、本を読むようになった理由は別にあるのだが。


「怒られて本読むようになるって、どうなの?」


 楓乃が呆れたような顔をして、苦笑いした。

 放っておくと、どんどん俺のイメージが残念になりそうなので、そろそろ弁解する。


「別に怒られたから読むようになったわけじゃない。その後にまだ話があるんだよ」


 思い出すと、これを切っ掛けに篠崎とは仲良くなったのだ。

 最初は全く接点がなく、無口で暗い奴だと思っていた。それなのに、俺が怒られて部室を出たときに後ろから追い掛けてきたのだ。


「君は、本が嫌いかい?」


 その時の第一声が、確かそんな言葉だった。

 真意の読めない篠崎の行動に、警戒しながら相手を刺激しないようにどちらでもないような答えを考えて。


「別に嫌いじゃない。嫌いになるほど読んだことないから」


「だったらこの本を読んでみるといいよ。これ、私のおすすめなんだ」


 そう言って押し付けるように俺に本を渡すと、背を向けて数歩進んだところで「絶対に読んでよね!」と手をスピーカーのようにして言ってから去ったのを良く覚えている。

 不覚にも、半信半疑で読んだその本は面白く、文芸部にはそれからも顔を出した。

 それらがあって本を読むようになったことを伝えたのだが、伝わってなかったのか、それとも聞いていなかったのか、楓乃はニヤニヤと口元に笑みを浮かべていた。

 その表情に非常に不愉快なものを感じて、俺が脳天に軽くチョップすると「――いたかぁ!?」と頭を押さえて大袈裟に反応した。


「なんばしよっと!?」


「落ち着けよ。博多が出てんぞ」


 むくれた顔を俺の前に近づけて怒る楓乃の顔を手でどかしながら言うと、楓乃は「あっ……」と慌てて口を押さえて半田の方を見るがもう遅い。

 俺も楓乃の視線を追うように視線を向けると、頬杖をついて子供を見守る親のような目で半田が俺達の様子を見ていた。

 二人の視線を受けると、半田はポツリと言葉を漏らした。


「楓乃さんと雪人って、ホント仲良いよな」


「そ、そんなことないですよ! ねっ、センパイ?」


「ああ、俺達は親友だからな。仲良く見えるのは仕方がないかもしれん」


「「ん?」」


 二人して別々の回答をして、思わず顔を見合わせると半田が堪らず笑った。

 それを合図に俺達が醜い争いをしていると、マネージャールームから顔をひょっこりと出した店長が楓乃を手招きして呼んだため、再び半田と二人きりになった。

 こうしていると、本当に普通の日常だった。楓乃の抱える問題など、実はないんじゃないかと思えるほどに他愛のない日常がそこには広がっていた。だけど、そんな平和すぎる日常の裏はとても脆く、すぐに忘れ去られてしまうものだと思うと気分が落ちていく。

 だからと言って俺が気分を落としてる場合ではない。一番辛いのはきっと、楓乃なのだから。


「――雪人? おいってば」


 ぼんやりしていたのか、顔の前で手を振られて意識を現実世界へと引き戻された。


「あ、ああ……なんの話だっけ?」


「いや、何も話してないけどさ。大丈夫か? 何か思い詰めてるように見えたけど」


 考えていることが無意識の内に顔に出ていたのか、半田は本気で心配したような表情を浮かべていた。

 俺は適当に誤魔化そうかと考えていると。


「昨日もなんか様子変だったよな。誰かが居るとか居ないとかって」


 その言葉のせいで俺は、考えていた言い訳が全部真っ白になった。その異変は当然半田にも伝わり、さらに踏み込んでくる。


「何があったんだ?」


 表情は真剣そのものだ。話せばきっと、昨日とは違って信じてくれるだろう。

 半田は根っからの良い奴だ。それは付き合いがたったの一年である俺にでも分かる。だからと言って、簡単に割り切って話せるものじゃない。

 とはいえ、現状は手詰まり。記憶を失う条件も全て把握しているかと言われればかなり怪しい。実際、俺自身の記憶から消えない理由が分かっていないからだ。

 このままいけば、停滞するのは目に見えていた。下手すれぱ、もっと悪い状況へと流れる可能性だってある。

 俺はどうするか逡巡する。

 その様子を、半田は催促するでもなく黙って待っていた。

 少しして俺は顔を上げて。


「今日の帰り、少し時間あるか?」


 そう言うと半田は頷き、まもなくして俺達は仕事をするべく席を立った。

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