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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第一章:異変は突然やってくる
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第6話 拍子抜け

 

 ◇




 結果としてその日、楓乃とはあっさり会うことが出来た。

 先程まで深刻に考えていたことがアホらしくなるほどに、簡単に見つけることができてしまい、頭を抱えたくなってしまう。

 海越公園。住宅街の一角にある、小さな公園に俺は居た。

 そんな俺の前を、楓乃は気まずそうに苦笑いを浮かべて、ベンチの上で正座していた。

 そんな緊張感のない楓乃に、溜め息混じりに問い掛ける。


「で、お前ここで何してんの?」


「セ、センパイこそ、ここで何してるの? 家こっち側じゃないよね?」


「質問に質問で返すな。良いから答えろ」


「センパイ、何か怒ってる?」


 恐る恐るといったように顔を覗き込んでくる楓乃に、無言で威圧すると「何でもないです……」と俯いた。

 少しして、俯いたまま目線だけを上げると、様子を伺いながら質問の答えを口にする。


「その……家から締め出されちゃって、途方に暮れておりました」


「締め出された? 鍵は持ってないのか?」


「今日は鍵持って出るの忘れちゃって……」


 他にも理由があるのか、楓乃は何か言いたそうに視線を彷徨わせる。

 だが、俺にはもうそんなことどうでもよかった。

 楓乃の無事が分かったから。

 次の瞬間「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」と俺はでかい溜め息を吐いて、両手を膝についた。


「えっ、え? 何でそんな呆れたように溜め息吐くの?」


 俺の反応に楓乃は戸惑ったような声を出した。

 無理もない。事情を知らない楓乃からすれば鍵を忘れて締め出されたことへの呆れだと思うだろう。

 だが実際は安堵から来るもので、呆れているわけでもバカにしているわけでもなかった。


「ねぇ、センパイってば!」


 黙っていると、楓乃が抗議しようと詰め寄ってきた。


「あぁ……いや、何でもない。こっちの話だ」


 詰め寄る楓乃を片手を突きだして止める。進行は止まるも、楓乃の顔はむくれたままだ。意外と困ってる様子がなかったので、俺は早々に帰ろうと話を切り出した。


「まあ、締め出されたのは災難だったな。けど、お前案外しぶとそうだし、大丈夫さ」


「どんなフォロー!?」


「そんじゃ、俺帰るわ」


 そう言って、ヒラヒラと手を振りながら背を向けようとして。


「あ、待ってセンパイ!」


 制止の声と共に服の裾を引っ張って止められた。

 だが俺は、面倒なことになりそうな予感がして、一度は制止した身体を回れ右する。


「あ、ちょ、待ってってば!」


「嫌、待たない」


 容赦なく断り、その場を立ち去ろうと一歩踏み出したところで、逃がすまいと楓乃が腰にしがみついてきた。


「は、離せ! トイレなら一人で行ってくれよ」


「違うよ! 女の子に何言ってるの!? って、そうじゃなくて、話を聞いてよ!」


 身体を振ってもなかなか離れないため、そのまま楓乃を引きずりながら歩く。

 だが、それも長くは続かずすぐに動きを止めることとなった。


「あーもう、分かったから」


 手を上げて降参のポーズをとると、楓乃は僅かに警戒しながらも俺から離れる。


「実は、センパイにお願いがあって……」


「言わなくていい。トイレの前で待っててやるから、ほら行くぞ」


「え?」


 いきなり検討違いの事を言われたというように楓乃はポカンと口を開けた。

 それに構わず俺は公園のトイレに向かって歩みを進める。


「確かに、夜の公園のトイレって雰囲気あるもんな。この時期だと、虫とか居るから余計に嫌だよな」


「そ、そうじゃなくて……」


「安心しろ。個室の前まで行くつもりはないから、音は聞こえないぞ」


「誰もそんな心配してない! というか、トイレじゃないし!」


「恥ずかしがるなよ。生理現象なんだから仕方ないさ」


「だから……」


 恥ずかしさと怒りで顔をみるみる赤くさせていき。


「今日、センパイの家に泊めてって、言ってるの!」


 そんな、他人が聞いたら色々と誤解されそうな言葉が静かな公園に響き渡った。

 その言葉に俺は疲れたように目頭を摘まんだ。


「はぁ……やっぱそうなるか」


「気付いとったと!?」


「そりゃあ、気付かなかったらトイレの話題にはしなかっただろうな」


「センパイって、たまに意地悪だよね……」


「何とでも言え」


 むくれる楓乃の視線から逃れるように、俺は頭を掻きながら背を向ける。


「まあいいか。ここで困ってる友達を見捨てたら、俺の良心が痛むしな」


「今さらそれ言うの!? あそこまでしなかったらそのまま帰っちゃってたくせに!」


「あー、そうゆうこと言うんだ? 今なら走って逃げられそうだけど、どうするべきかな……」


「…………」


 意地悪く笑うと、楓乃がいつでも掴みかかれるような体勢に移ったので、諦めて連れていくことにした。

 家に向かう道中、逃げないようにするためか、楓乃は俺の裾をずっと握り締めたままだった。

 俺が住むのは二階建てのアパートで、その中の二階に上がって突き当たりの部屋が自宅だ。


「お邪魔します」


 控えめな声とともに、楓乃は玄関へと足を踏み入れた。

 珍しそうに玄関を眺めている間に、俺は先にリビングへと歩いていくと、楓乃も慌てて追いかけてくる。

 リビングに入ると、俺は冷蔵庫の中を眺めながら声を掛けた。


「まあ適当にくつろいでてくれ。今日は親居ないし」


「あ、うん……えっ、親居ないの!?」


 さらりと流しかけた楓乃は、何かに気付いて大声をあげた。


「あん? 居た方が良かったのか? もし俺が逆の立場だったら絶対嫌だけど」


 他人の家に泊まるときに親が居ると、何かと気を遣うものだ。どれだけ「自分の家のように過ごしてくれ」と優しい言葉を掛けられたとしても、どうしても心のどこかでは遠慮してしまう。

 そう思って、安心させる意味で言った事だったのだが。


「で、でも、そういうのはまだちょっと早いっていうか……お互いの気持ちを深めてからの方が……」


 楓乃は、何やら自分の服の裾を掴んでもじもじしだした。


「お前は何の話をしてるんだ?」


「へ?」


 さっきまで顔を赤くさせたり、焦ったりと忙しくしていた楓乃は冷や水でもかけられたかのような表情をした。


「何を勘違いしてるのかは知らんが、安心しろ。お前で変な気を起こす気なんてこれっぽっちもない」


「それはそれで何かムカつく!」


「ま、とにかく、風呂入ってこい。リビング出て右にあるから」


 そう言ってタンスに仕舞ってあったバスタオルを一枚投げ渡した。

 楓乃はバスタオルを頭から覆うように受け取り、それを両手で掴むとバスタオルの隙間から疑うような眼を向けられた。


「何だ? 何か言いたそうな顔だな」


「覗かないでよ?」


「それは振りか? もしそうならやるけど?」


「本気で言ってるの!」


「それはつまり、覗けってことか?」


「振りの方じゃないよ! もう、とにかく覗かないでよ」


 楓乃は疲れたようにそう言うと、リビングから出ていった。

 それを横目で見送って、晩御飯の準備を始めた。

 一定のリズムで野菜を切りながらふと思う。今日は騒がしくなりそうだと。



 晩御飯を食べてからは早かった。

 俺は晩御飯を食べた後、まだ済ませていなかった入浴を済ませ、すぐに寝る準備へと移った。

 楓乃は俺の部屋で寝ることになり、俺はリビングのソファーで寝ることにした。

 親の部屋でも良かったのだが、そうしなかった。理由としては、誰かを泊めたことをなるべく悟られたくないということ。

 親の居ない時に同年代の、それも女の子を泊めたとなれば、両親は血眼になって質問攻めをしてくるのが目に見えていた。


「じゃあ、おやすみ」


「ああ」


 適当に返事をすると、部屋のドアが閉まった。

 部屋は急に静まり返り、布の擦れる音だけが残る。

 横になると、今日一日の疲れが思い出したかのように俺を襲った。

 だが、しばらく経っても、なかなか寝付くことができなかった。

 この何もない時間が、俺に再び思い出させたからだ。

 楓乃が、バイト先の人間に忘れられていたことを。

 考えたところで答えなんて出ないのは分かっていた。

 それでも、考えないようにしようとすればするほど、どうしても考えてしまう。

 何通りもの『もしかして』を思考しては、情報の足りなさと確証のないことに答えは出ず、時間だけが過ぎていった。

 そして、夜中の三時を回った頃だろうか、自室のドアが開いた。

 そこから出てきた楓乃の目は、とても今起きたとは思えないほどパッチリとしていた。


「センパイも、眠れないの?」


 起きていたことに気付いた楓乃がそう声をかけてきた。

 俺は上体だけ起こして「まあな」とだけ返す。


「そっか。ごめんね、ベッド占領しちゃって」


「気にするな。別にそれのせいって訳じゃない」


「そうなの?」


「ああ、ちょっと考え事してたんだ」


 首だけを回して楓乃の方を見ると、冷蔵庫から取り出したお茶の容器を片手にコップを探しているところだった。

 ずっと横になっていただけの気だるい身体を動かして棚からコップを出してやる。


「ほれ」


「あ、ありがと」


 ついでだと思い、自分の分のコップも楓乃に差し出した。

 それに何も言わずお茶を注ぎ、俺達は人心地ついた。

 それからは互いに無言で、それぞれのペースでお茶を飲んでいく。

 俺が先に飲み終えて、ソファーに戻ろうとしたところで楓乃が思い出したような声をあげた。


「そういえば、何でセンパイあそこに居たの?」


「ん?」


 あそこというのは、きっと公園での事だろう。

 確かに、バイト先から家に帰るのに海越公園を通る必要はない。寧ろ遠回りになる。時間もかなり遅かっただけに気になるのだろう。

 俺はどう答えたものかと逡巡して。


「……楓乃を、捜してたんだ」


「え?」


 予想していなかったのか、楓乃は驚いて顔をあげた。

 バイト先であったこと。本来はもう少し様子を見ようと思っていたのたが、この事態についてもし楓乃が何か知っているのなら、わざわざ様子を見る必要はないと思い直したのだ。

 そうでなかった場合は、一度は変な目で見られるだろうが、適当に誤魔化してしまえば良いと考えていた。


「実はな、楓乃が帰った後に少し奇妙な出来事に遭遇したんだ」


「奇妙? 都市伝説的な話?」


 言うと、両手で持っていたコップの中身を飲みきって、流しに置きながら疑問を返す。

 それに俺は世間話でもするかのような調子で内容を口にする。


「バイトのやつらがさ、楓乃の事を知らないって言ったんだ」


「――ッ!?」


 俺の言葉に、楓乃は勢いよく振り返った。

 その顔には、驚きと困惑が混じっている。


「どうして、センパイ……」


「その反応からして、楓乃自身は気付いてたんだな。この訳の分からん出来事に」


 半田と店長の二人を思い出す。彼らの様子からは、本当にそんな人物が居なかったかのように見えた。演技でもなんでもなく、素で小首をかしげていた。

 まるで、楓乃遥という人物を覚えてるのがおかしいと思わせられる光景だった。


「…………」


 楓乃は黙る。喋るかどうかを考えるように。

 そんな楓乃に、俺は言葉を畳み掛けた。


「なぁ、楓乃。これは一体なんだ? お前の身に何が起きてるんだ?」


 楓乃は俯かせていた顔をあげて、問い返す。


「センパイは、どこまで知ってるの?」


「何もだ。何も分からない……」


「だから話してくれ」と続けようとして、楓乃は言葉を被せてきた。


「話しても、センパイは信じないよ。……皆そうだった。センパイにまで、そんな目で見て欲しくない!」


 楓乃は絶叫した。今まで誰にも頼ってこれず、たった一人で抱えてきた、怖くて押し潰されそうな感情を吐き出した。

 何が起きてるのか、俺には分からない。

 それでも言った。


「そうはならない」


 何の根拠もない言葉。その内、俺だって忘れる可能性もある。それでも揺らがない。

 その一見無責任な言葉に、楓乃は再び絶叫する。


「何でそう言い切れるの!? センパイだってきっと、あたしが目の前に居ないときは忘れちゃうんでしょ!」


「忘れない。忘れてたら、公園には来れなかったはずだろ」


「あ……」


 気付いて声を漏らすと、静寂がリビングを満たした。

 それから少しして、楓乃は両手を胸の前でぎゅっと握って。


「そっか……センパイは、あたしを忘れないんだ。本当に、忘れないんだ……」


 自分に言い聞かせるように呟いて、楓乃は一度深呼吸した。


「異変に気付いたのは一週間前……」


 ポツリと、楓乃は話始める。


「友達二人とその友達の部活の先輩と肝試しに行ったときだった」


「肝試し?」


 肝試しというワードを、つい最近聞いたことがあったような気がして、思わず聞き返した。


「うん。あたしはあんまり興味なかったんだけど、友達がどうしても行きたいって言うから」


「流されたわけか……」


 そこでふと、肝試しというワードをどこで聞いたのかを思いだした。

 あれは確か、教室で隣の席の女子が話していた事ではなかっただろうか。その時に聞いた内容も肝試しに行った話だった筈だ。


「肝試しの場所ってもしかして、廃病院か?」


「何でしっとーと!?」


「隣の席の女子が噂してるのを聞いたんだよ」


「盗み聞きなんてサイテー」


「別に聞きたくて聞いた訳じゃない」


 楓乃が一瞬だけ身体を抱くような仕草をするが、すぐに元に戻した。


「俺が聞いた話だとお前、都市伝説扱いされてたぞ」


「え?」


「『一人多い』っていう都市伝説で、話だと最初は三人で入ったはずなのに出るときは四人になってたって」


 うろ覚えの内容を、話ながら思い出していく。


「それで、そのなかで出てきた名前が高橋? だったかな。そんな名前だ」


「それ、あたしのせいだ……」


 心当たりがあるのか、楓乃がうなだると、「だろうな」と肯定した。

 それにムスッとした顔をするが、楓乃は話を進める。


「あたしが廃病院に着いたのが一番最後だったんだけど、あたしが到着したときにはもう皆、あたしを置いて建物に入るところだったんだよね」


「いじめられてんの?」


「違うよ! もうその時にはあたしのことを皆忘れてたの」


「それが『最初は三人だったのに』ってところになるのか」


「うん。それで、すぐに追い付いたんだけど、皆あたしを認識すると記憶が戻ったみたいだった。約束していたことも覚えてたし」


「認識すると記憶が戻る……」


 俺は顎に手を当てて、今日のバイトを思い出す。

 半田は、朝会った楓乃の事を、バイト中は覚えていた。 だが、楓乃が帰った後は覚えていなかった。


「ということは、楓乃が人の認識から一瞬でも外れると、その人からは一時的に忘れられてしまう。けど、また認識すれば記憶は元に戻る」


「うん……」


「でもそれって、記憶にズレみたいなのが生じないか? 約束してたのに、何で私達置いてちゃったんだろうってさ」


「そこは都合の良いように解釈されるみたい。それがさっきセンパイが聞いた噂話の謎の四人目になるんじゃないかな」


 言われて、噂話をもう一度思い出す。

 きっと高橋さんが噂話をしたとき、楓乃はきっと視認できる場所にはいなかったのだろう。

 そこで高橋さんとやらは楓乃の関係する記憶がすっぽりと抜けた、肝試しの出来事を思いだし『一人多い』なんていう都市伝説の噂に発展したわけだ。

 一通り話終えると、楓乃は冷蔵庫の前で膝を抱えて座り、顔を埋めた。


「センパイ……これってやっぱり、都市伝説とかの類なのかな」


「どうだろうな……」


『そう』とも『そうじゃない』ともとれる俺の曖昧な返事に、楓乃は不安の色を濃くさせた。

 きっと楓乃は否定の言葉を欲しかったのだろう。だが、笑い飛ばして『そんなことあるわけない』と言うには、あまりにも見えすぎてしまった。

 それに、原因が分からない以上、俺だって何を切っ掛けに楓乃の事を忘れてしまうかも分からない。もう笑っていられる段階ではないのだ。


「取り敢えず、今日は寝るか。気になってたことが分かってスッキリしたしな」


 そう言って俺は伸びをした。


「何でセンパイ、そんなに冷静なの……」


「そりゃあ、バイト先で散々騒いだからな。おかげで、先日の件も相まって、俺の変人度が上がっちまった」


 何でもないように言いながら、ソファーに寝転がった。


「そ、それでも異常だよ! やっぱりセンパイ変な人だ」


「そうでもないって。人間、驚きすぎると大抵こんなもんだ」


 言ってるそばから俺は毛布にくるまってもぞもぞさせる。

 その態度に、楓乃は溜め息を吐いた。


「あたしは、落ち着いて考えられるようになるまで三日かかったんだけどなぁ」


 そう言い残して、楓乃も部屋へと戻っていった。

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