第3話 友達?
◇
「もー、最悪。センパイのせいでバイト初日から店長に変な誤解されちゃったじゃん!」
既に真っ暗になったバイトの帰り道、楓乃がそう不満を洩らした。
あの後、結局店長にあしらわれて、誤解も解けぬまま閉め出された俺達は、泣く泣く帰ることになった。
それにより、明日からどんな顔をしてバイト先に顔を出せば良いのかを考えなければならない。
「まるで俺が悪いみたいに言ってるけど、全部お前の自業自得だからな?」
「なによ。元はと言えばセンパイがあたしのパンツを弄んだのがいけないんじゃん!」
「だから、それは誤解だって言ってるだろ? そもそも、パンツをハンカチと間違えて持ってきたのも、そのパンツを落としたのも、罵倒して欲しいと頼んだのも、全部お前じゃねぇか」
「うっ……で、でもセンパイだってノリノリだったじゃん!」
「俺は演技派なんだよ。一度やると決めたら全力でやる。それが俺のポリシーなんだ」
そう言うと、楓乃はあからさまに面倒臭そうに表情を歪める。
「センパイって、たまに頭おかしいよね。中々出てこないよ、そんな言葉」
「パンツとハンカチを間違える奴に言われたくない」
「なっ、それはセンパイもでしょ!」
パンツの話題を出すと、楓乃は分かりやすく怯んだ。
その後は、何度か背中を叩いたりして不満を表に出していた楓乃だったが、俺はマイペースに帰り道を歩いた。
楓乃も少しして気が済んだのか、無言で俺の斜め後ろを歩いた。
そうすること数分。街灯の数も減ってきた住宅街に差し掛かった頃、ふと楓乃が思い出したように言葉を発した。
「そういえばセンパイ、どこまで付いてくる気なの?」
「歩く位置的に、その質問をお前がするのおかしいでしょ」
「センパイの事だから、あたしの家くらい知ってるのかもと思って」
「お前の中で俺はまだ変態なんだな……」
「違うの?」
「違うな」
どれだけ事実を言っても、間違ったイメージは変わらないらしい。
それからまた無言になるが、今回はすぐに沈黙を破られた。
「……ねぇ、センパイ」
急に落ち着いた声で呼ぶと、その場で立ち止まった。
俺も数歩進んだところで立ち止まる。
「なんだよ?」
そう聞き返して振り返る。
街灯の明かりが両者をスポットライトのように照らし、次の台詞を今か今かと待っている。
そして楓乃がふっ、と表情を和らげると。
「今日はありがとうございました」
「……え?」
意外な言葉に面食らい、抜けたような声が出た。
それがおかしかったのか、楓乃はクスリと笑った。
「おかしな顔してどうしたのセンパイ?」
バカにしたように言って、立ち止まる俺の隣を通り過ぎる。
「そりゃあ、こんな顔にもなるだろうさ。さっきまで俺を変態扱いしてた奴にお礼を言われたんだからな」
そう言って、今度は俺が後ろから付いていく形になった。
「そんな事ないよ。だって、センパイのお陰でなんとかやっていけそうだなって思えたもん」
「バイトがか?」
「……うん」
少し溜めて頷いた彼女に僅かに引っ掛かるものがあったが、今は気にしないことにした。
「だから、ありがと」
もう一度お礼を言って、今日一の笑顔を見せた。
彼女が視線を前に戻したところで「あ」と何かを思い出したように楓乃は呟いた。
「そうだセンパイ。お礼に友達になってあげる」
「なんだよ、その恩着せがましい友達宣言」
「だってセンパイ、友達とかいないでしょ」
「バカにするなよ? 片手の指が埋まるくらいにはいる」
「あ、知ってる! イマジナリーフレンドってやつだ」
「違う。確かに冗談みたいな存在の奴はいるけど、そうじゃない」
ふと半田のことを思い浮かべる。
運動も勉強も出来て、その上顔まで良いとか、普通はあり得ない。
半田だけは俺も思わず疑ってしまう。今度聞いてみよう。
「だいたい、俺は頭の中にお友達を作るほど友達に困ってない」
「じゃあやめる? あたしと友達になるの」
後ろで手を組んでくるりと回ると、後ろ向きに歩きながら聞いてくる。
俺は少し考える素振りを見せて。
「まあ、年下の友達はいないからな。楓乃がどうしてもって言うなら、いつの間にかタメ口の後輩とお友達くらいにならなってやるよ」
「嫌なら敬語に戻しましょうかセンパイ?」
「良いよ別に。今戻されても気持ち悪いだけだしな」
「酷かぁ」
「また博多弁出てんぞ」
「わ、わざとだし」
「はいはい」
そう言って苦笑し、前を歩く楓乃を追い抜いた。
「あ、待ってよ」
追い抜いた俺を楓乃は小走りで追いかけて隣に並んだ。