第26話 またあなたと出会うために
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この日、あたしは世界に忘れられた。
たくさんの思い出を胸に抱いて、それをくれた人にも、もう会えなくなってしまった。
あたしの中には思い出だけが残り、目の前にはどこか色褪せたような世界が広がっている。
ほんの数秒前に目の前にいたはずのセンパイは姿を消して、あたしの身体を貸してくれた謎の少女の姿もない。
何もない。本当に何もない砂浜だ。
今は生と死の狭間にでもいるのだろうか? 音が何も聞こえない。まるで、世界にただ一人取り残されてしまったような感覚。
あと少しで、病院で今横になっているはずのあたしが目を覚ます。
その瞬間、眠っていた本来あるはずのないこの一年の思い出や感情は全て消えてしまうのだろう。
そしてそれは、きっとセンパイも同じ。
本当なら、あたしとセンパイは出会えるはずがなかったのだ。
今のあたしが積み上げてきた記憶は全て偽物で、あってはならないから消えてしまう。それがこの世のルールなんだそうだ。
それは、名前も分からない謎の少女がそう言っていた。
自分をただの噂話好きの高校生と言って、あたしにセンパイと話せるチャンスをくれた人。
彼女にはどれだけ感謝してもしきれない程の事をしてもらった。
この三ヶ月の殆どの時間を、あたしがセンパイと過ごせるように身体を貸してくれたのだ。
最初は半信半疑で聞いていた話だったが、もう周りには見えなくなってしまっているはずのあたしと話せる時点で普通ではなく、彼女の言った通り本当にセンパイと再会することができた。
だから、最後は彼女にもお礼を言いたかった。けど、きっと気にしなくていいと彼女は言うんだろう。
少し、眠くなってきた。
そろそろ時間なのかもしれない。そう思うと、自然と涙が溢れてきた。
会いたい。忘れたくない。一度覚悟を決めたはずなのに、無意識にそれが顔を出してしまう。
こんなんじゃ、センパイに笑われちゃうよね。
次に会うときは、絶対に笑うんだ。
嬉しさに泣くんじゃなくて、笑ってセンパイと再会するんだ。
だから、こんなところで泣いているわけにはいかない。こんな事で泣いていたら、次に会った時もきっと泣いてしまう。
会えなくなってしまうのは確かに辛いけど、これは終わりじゃないのだから。
次に目が覚めたとき、あたしはきっとこの気持ちも忘れてしまうけれど、大丈夫。そんな気がする。
あたしは溢れんばかりのありったけの想いを抑えるように、両手を胸に添える。
彼の顔はしっかりと魂に刻み込んだ。
なら後は、もう一度彼と恋をするだけだ。
私は誰も居ない砂浜に大の字になって寝転がる。
ああ、少し眠いや。 そろそろ眠ろう。
眠るまでの少し間だけ、存分に思い出に浸ろう。
あの楽しくも、愛おしい日々を。




