第22話 季節は巡り
長くも短い夏が終わり、知らぬ間に三ヶ月が過ぎていた。秋という季節は過ぎ去って冬と呼ばれる季節になっており、コートとマフラー無しでは外に出られないほどに寒い。
あれから思い出せたことは結局なにもなかった。
半田の交友関係をあたったり、一年生の名簿を先生に無理を言って見せてもらったりしたが、存在を証明できるものはついに出てこなかった。
打つ手がなくなってくると人間は意外と薄情なもので、三ヶ月も経った今では、その名前が三人の中で出ることすらなくなった。
それからは、それほど楽しくもない学校生活を送り、何となくやっているバイトをする毎日を俺は送っていた。
変わったことといえば、夕飯の時に一人で食べる食事がどこか寂しく感じて、よく半田と食べに行くようになった事くらいだ。
「よーっす、相川」
朝の教室。俺がマフラーとコートを脱いでいると、明るい挨拶が投げられた。
そんな挨拶ができるのは一人しかいない。
それはもちろん半田……ではなく。
「ああ、なんだ鈴木さんか。おはよ」
「なんか雑!?」
夏休み前まで全く喋ったことのなかった鈴木さんだが、夏休みにバイト先で話して以来、こうして話すことが多くなった。
といっても、俺は基本的に学校がある日はただでさえ低いテンションがさらに低くなるため、こんな扱いになってしまうのである。
鈴木さんは俺の隣の席を引くと、背もたれを横にして座った。
席替えして、もう俺の隣の席ではないのだが、朝は席の主が来るまではこうしていつも隣に座っている。
「もう、相川は本当に学校来るとテンション低いよね。そんなに嫌なの?」
「学校が嫌というよりも、朝早いのが嫌なんだよ。出来ることなら、九時くらいまで寝ていたい」
「隙があればいっつも寝てるもんね。でもそんなんじゃ、社会に出た時に困っちゃうよ?」
「今はフレックスタイム制を採用している会社が増えてるから、大丈夫だろ。俺は十時以降に出勤ができる会社以外は入らん」
「働く意思はあるのに、どうして残念に感じるんだろ……」
なにやらボソボソと呆れ顔で言われているような気がするが、そんなことは知らん。
会社選びでもっとも重要なのは給料でも休みの多さでもない。就業開始時間と残業時間の二つだけだ。
「おっす、二人とも」
俺が睡眠の重要性について説教の一つでもしてやろうかと考えていると、そんな爽やかな声をかけられた。
今度こそ半田だ。
「おう」
「よっす!」
俺達はそれぞれの言い方で挨拶をしたのを聞くと、半田は俺の後ろの自分の席に座った。
「お前ら、本当に仲が良いな」
席に着くなり、俺と鈴木を交互に見ると、そんなことを言い出した。
「ん? なんだなんだ、半田君嫉妬か? 相川取られると思って、焦っちゃったのか!」
からかうように口元を手で覆いながら鈴木さんが言うと、半田もその悪ノリに乗っかった。
「バ、バカ……俺は雪人の事なんて、なんとも……」
「バカはお前らだ。変な茶番に俺を巻き込むんじゃない」
「ったく雪人は、相変わらずクールだな。いや、ドライかな?」
ツッコミを入れると、半田はニカッ笑いながらそんなことを言った。
そこに入る反論の声。
「違うよ半田君。相川はお年頃だから、面倒臭そうに常識を語るのがカッコいいと思ってるんだよ!」
「ちょっと待て! 今まで俺そんな風に思われてたの!? ちょっと表に出てもらおうか!」
「おーい相川、厨二っぽさが抜けてるぜ」
「おっと悪い。って、厨二っぽさってなんだよ!?」
「そうだよ相川。ここは『ちょっと第一特殊魔法訓練場に来てもらおうか。行き方は……分かる、な?』だよ!」
「分かるか! つか、厨二病じゃない!」
俺のツッコミに二人は笑い、それはHRの開始を告げるチャイムが鳴るまで続いた。
放課後。今日も今日とてお勤めを終了させると、俺はバイトへ向かうべく、帰りのHR終了と同時にマフラーとコートを移動しながら身に付けて教室を出た。
下駄箱で靴を履き替えたところで、追ってきたらしい半田と鈴木さんが声を掛けてきた。
「ちょっと、相川早すぎ」
「雪人は人混みが苦手だからなー」
半田が謎のフォローを入れてくれる。
そんなに悪いことをしているつもりはないから、フォローなんて別に必要ないのだが。
「何か用でもあったか?」
「用がなくても良いじゃん。一緒に帰ろうよ」
「あん? まあいいか」
特に断る理由もないため、俺は了承した。
これが、友達というやつなのだろうか。なんてな。
俺達は上履きを履き替えると、まだまばらにしかいない昇降口を出た。
正門を出てしばらくして、話題が一区切りしたところで鈴木さんがこんなことを言った。
「ねね! 今日相川のバイト先に行っても良い?」
「ん? 今日は俺、休みだぞ」
「そうなの?」
と、鈴木さんが半田に視線を送る。
「あれ? 今日、俺と同じでシフト入ってたよな?」
「何ですぐバレる嘘つくのさ……」
そう言った鈴木は呆れの表情だ。
「知り合いに働いてるとこ見られるのって、なんか恥ずかしいんだよ」
「なら、私は友達だから良いよね!」
「主張激しいな」
「だって、今だにさん付けなんだもん……。そりゃあ主張したくもなるよ」
拗ねたように鞄の紐をいじいじし始めてしまった。取り敢えず言い訳しておこう。
「最初にさん付けで呼んでると、後から外しにくいんだよ。ほらあれ、下の名前で呼んでって言われたら、なんか躊躇っちゃうだろ? あれと一緒」
「じゃあ取って」
「人の話聞いてた?」
「聞いてるよ! でも、これだけ喋ってるのに今だにさん付けなんて逆に変だと思うけど」
「む……」
確かにそうかもしれない。学年が違うならまだしも、同い年。それもクラスも一緒ときた。
仕方ない。これからは気をつけてみるか。
「分かったよ鈴木」
「分かればよろしい。ゆ、雪人殿」
最後だけボソリと、鈴木はもじもじしながら言った。つか、俺の名前の後ろになんか付いてるし。
「お前も変えんのかよ。つか、恥ずかしいならお前は今まで通りでいいだろ」
「あたしも変えれば、相川の恥ずかしさも軽減するかなって」
「余計な気を回さんでいい。鈴木は今まで通りに呼んでくれ」
そこまで言い終えると、半田の方からくくく、と笑いを堪えるような声が聞こえた。
「おい、何笑ってんだ?」
「あー、悪い悪い。お前らのやりとりがあんまりにも面白すぎてさ」
これは詳しく聞いたほうがいいのかな?
「それでね雪人!」
「結局変えんのかよ」
俺が問い詰めようと指をパキパキ鳴らしている(つもりで)いると、慌てたように鈴木が話題を変えた。
ちなみに半田は指を鳴らそうとして鳴らない俺を見て、更に笑いだしたので軽く小突いておいた。
「実は私も、アルバイトしようかなって探してたんだけど、雪人のバイト先って募集してないの?」
「うーん、どうだろう」
確認のためチラリと半田に目を向けるが、笑いながら首を振っているため、取り敢えずもう一発小突いた。
「まあ、聞くだけ聞いてみるよ」
「ホント!? ありがと!」
鈴木は満面の笑みで頷いた。
すると、笑いが治ったらしい半田が何気ない質問をする。
「でも、なんで急にバイト始めようと思ったの?」
「えっと、欲しいものがあってね。そのためにお金が必要で」
「欲しいもの?」
「う、うん」
妙に歯切れの悪い返事をする鈴木に、これ以上は聞いて欲しくないのかなと察することにした。
そこでふと視線を外して冷静になってみると、こんな騒がしい下校が酷く懐かしく思えた。それは、気のせいだったのだろうか?




