第21話 ごく普通の女の子の想い
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センパイに忘れられてしまってから、どれだけの時間が経っただろうか。
今ではもう分からない。最初から時間の流れなんて考えるのはやめていたから。
ここに居る時間に意味なんてない。
こんな一人で何もない時間をどれだけ過ごしても何の意味もないんだ。
だからどれだけ時間が経ったかなんて、最初から考えていなかった。
ただ、今過ごす時間の一秒一秒がとてつもなく長く感じるのは確かだ。忘れられてしまってから、一日や二日くらいしか経っていないような気もすれば、一ヶ月以上経っている気もする。もしかすると、何十年と月日が流れているかもしれない。
だけど関係ない。ここにセンパイは居ないのだから。
センパイに忘れられてからあたしは、この砂浜から出る事が出来なくなってしまった。
砂浜と歩道を繋ぐ坂道との間に、見えない壁のようなものが張ってあって出られないのだ。
気づいた当初は、出来る事全てを試したつもりだ。
試しに手で叩いてみたり、少し大きめの石を投げてみたり、他にも流木で殴りつけたり見えない壁の下を掘ってみたり。とにかく何でも試した。
それでも、この向こう側に行くことはついに叶わなかった。
あたしはそれからずっと、膝を抱えて海を眺めている。
忘れられた時に一度折れてしまった心に、追い討ちをかけるように起こったこの出来事に、あたしは精神的に参ってしまっていた。
こんな事なら、ずっと一人で居た方が良かった。
誰かに触れられる機会なんて要らなかった。
センパイとなんて、出会わなければ良かったんだ。
入学式の日に事故に遭って、気がついたらここに居て。センパイと出会って、あたしが抱える問題の影響をセンパイだけが受けなくて。
一緒に悩んでくれたセンパイの優しさにあたしは漬け込んで、自分にとって都合の良いことしか話さなかった。
ただ人に忘れられるという恐怖を忘れさせてくれるセンパイとの時間がとても居心地が良くて。
それを守るためとは言え、あたしが実は存在してはいけない存在だと言わなかった。
本当の自分が、病院のベッド上に横たわっている事を話さなかったのだ。これがその報いだと言うのだろうか。
最初から言っていれば、何か変わっていたのだろうか。
話していれば、今もあたしは――
もう何度目かも分からないその後悔という海に、身を沈めるようにあたしは肩を抱いた。
意味のないことだと分かっていても、考えずにはいられない。
何もない時間というのは、考えない様にすればするほど考えてしまう。
だから、もう何度目かも分からない後悔を口にして、思いを押し殺した。
もう一度会いたい。会って話したい。
そして謝って、最後には笑ってお別れをしたい。
このまま何も言えずにお別れなんて。
――嫌だよ。
その時だった。砂を踏む音が背後から聞こえた。
あたしは反射的に振り返ろうとするが、すぐに両手で頭を固定された。
最初は一体何事だろうかと思ったが、すぐにセンパイどう言った性格だったのか思い出して、思わず苦笑した。
こんな時にまでふざけるなんて、センパイくらいしかいない。
自然と頰が緩む。まだチャンスはあった。センパイはもう一度思い出してくれたんだ。
もうダメだと思って折れていたあたしの心に、再び光が差し込んだ。
もう一度センパイと話せる。
もう一度会える。
そして今度こそ、センパイにちゃんと話して、ちゃんとお別れをするんだ。
だが、早く顔を見たいのに何故かネタバラシもせず頭を固定されたままでなかなか姿が見れず、ならば声だけでもと待ちきれなくなったあたしは確信を持って声をあげた。
「センパ――」
「はじめまして、楓乃遥さん」
だが、遮るように挨拶した声はおよそ、私が期待していた声とは全くの別人のものだった。
口調も声も、何一つとしてセンパイとは似ても似つかない要素ばかり。
その声は若い女の人の声だった。
同年代くらいだろうか。とにかく若い。
その声色には、冷たさが含まれていて頭を固定されてるのとは関係なく、既にあたしは後ろを振り向けないでいた。
「だ、誰?」
「私はただの、都市伝説に詳しいだけの女子高生だよ」
とてもそうは思えない。
既に誰からも見えなくなってしまったあたしと会話ができるだけではなく、触れることだって出来るのだ。
そんなの、普通じゃない。
戸惑うあたしに謎の少女は一度クスリと笑うと、今度は囁くような言葉をあたしの耳に滑り込ませてきた。
「相川さんに、もう一度会いたいですか?」
「――――ッ!?」
耳元で囁かれたそれは、まるで悪魔の囁きのようだった。
今一番、私が求めているもの。
だが、頷けば代償に何を要求されるか分からない。
そもそも会えるかどうかも分からない。
もしかすると、あたしを何かに利用しようとしているのかもしれない。
それを踏まえた上でも、あたしに迷いなんてなかった。
あたしは再び巡ってきた最後のチャンスに言葉が出せないでいると、少女は急かすように再び口を開いた。
「もう一度聞くよ? あなたは、もう一度相川さんに会いたいですか?」
そう再度問う少女の声はどこか自身が溢れていて、断られるはずがない事を確信している様なものだった。
それでも。
「あたしは……」
答えを発した瞬間、私の身体は光に包まれた。
やがて、冷たさしか感じられなくなってしまっていたあたしは、久しぶりに温かさというものを感じた。




