第20話 変えられなくて
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半田と篠崎と別れた後、俺は家には帰らず、別の場所へと足を運んでいた。
あの本に載っていた都市伝説『死者と邂逅できる砂浜』とやらがどうしても気になったからだ。
もしその砂浜と楓乃遥が関係あるのだとすれば、楓乃は本当にこの世に存在していないのかもしれない。
実は既に亡くなっていて、未練の残っていた楓乃遥はそれを何らかの形で叶えて成仏した。だから俺の記憶からも消えてしまったのではないか?
今更砂浜に行っても、会える可能性はかなり低いがどうしても気になった。
明日には、半田に楓乃遥の事についてクラスメイトや中学の頃の同級生などに聞いて回ってもらうつもりだ。
俺の推測では楓乃は既に亡くなっていて、それ以降に一緒に過ごした人達。俺や半田、バイト先の面々などの記憶から消えてしまうのは、それが本来あるべき姿だからだ。
スケールの大きな話をすれば、楓乃遥が存在するというありえない世界を修正するために記憶が消されているのだろう。そこでもう一つ、世界にとってイレギュラーな存在がもう一人いた。
それが、記憶を失う前の俺。
楓乃遥という人間が居るという、存在ではなく知識として広めた存在。
それはあくまでも相川雪人の言葉であったため、世界の修正に反映されなかったのだ。
だから俺が忘れた後にも言葉だけが半田と篠崎の二人に残った。
そして俺にその記憶はない。存在を認識した上での行いだったため、きっと対象となってしまったのだろう。
ここまで考えても、やはりどれも馬鹿馬鹿しくて現実味がなさすぎる。
当事者じゃなければ頭がおかしいと笑っていた可能性すらある。
だけど俺には、先程体験した不可思議な出来事が身に染みている。
言った覚えのない言葉の数々を、篠崎と半田は本当にそうだと言わんばかりに言った。
口を揃えて相川がそう言ったのだと。
そこまで体験してしまったら、ある程度は信じてみようという気にもなってくるもんだ。
なら、今できることを精一杯やろう。
一連の出来事を思い出し終えると、丁度目的の場所に着いたところだった。
アスファルトの歩道とそこから坂になった先にある砂浜を繋ぐ階段の先には水平線がひろがっている。。
その教室の窓から飽きるほどに見飽きた場所に俺は足を踏み入れる。
足跡が全くと言っていいほどない砂からは、普段から人が来ていない事が分かる。
ここから見る景色は悪くないし、別に行きにくい場所というわけでもないのに人が寄り付かないのはやはり、この砂浜の都市伝説が関係しているのだろう。
俺は特に考えることもなく、砂浜を歩き回っていく。
だが、どれだけ歩き回っても、何か変わったことはなかった。
しばらくして、俺は砂が付くこともお構い無しにその場に腰を下ろす。
来てみたのは良いが、特に何かをしようと考えていた訳ではないため手持ち無沙汰となってしまった。
結局、俺に出来ることなんて何もないのだ。
どれだけ勢いに任せて行動しても、事が単純じゃないだけに進展しないのは当然だろう。
「はぁ……」
ふと漏らした溜息は、夜の闇に溶け込んだ。
しばらくそうした後、俺は大人しく家へと帰った。帰り際に頰を撫でた夏の風が、どこか冷たく感じたのは夜だったからだろうか。




