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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第四章:いつもから欠けたもの

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第19話 残された手掛かり

 ◇




 午後四時。部室棟二階の角に位置する部屋、文芸部室。

 俺はいつも通りノックせずに入ると、今日も篠崎は定位置である窓際に椅子だけを置いて本を読んでいた。遅れて気づいた篠崎は、誰が来たのか想像ついていたのか、ため息をつきながら顔を上げる。

 まだドアを開けただけだというのに、篠崎の表情はすでに面倒臭そうに眉根が寄せられている。

 俺は無駄な抵抗だとは思いつつ、とりあえず「いや、違うんだって」と前置きすると、篠崎の表情は少しばかり柔らかくなるが、事情を話していくにつれてどんどんと表情は歪んでいき、結局睨まれる結果となった。

 まあこんな話、俺が逆の立場だったら確かに面倒だろうなぁ、などと同情しながら篠崎の隠そうともしない抗議の目線を甘んじて受け入れる。

 そんな篠崎の口から出た言葉は、やはり冷たいものだった。


「今度は何の冗談だい? ああいや、覚えてない今の状態が正常なんだろうけどね」


「まるでちょっと前まではおかしかったみたいな言い方だな」


「実際におかしかったんだよ。なんか認識から外れると忘れられてしまう女の子がいるって君自身が真面目な顔で言ってたんだから」


「だからそんな覚えないって。そもそも漫画じゃあるまいし、そんなこと起きるはずないだろ?」


「なんだろう……君に言われるとものすごく腹が立つんだよね」


 目頭をつまみながら、疲れるように篠崎は言った。

 そう言われましても。

 だが、嘘を言っているようには見えない。本当に俺がそんなことを言ったのだろうか?

「それに」と呟くように言って、何か言いたげに細められた視線を俺から隣にいる半田へと視線を移すと。


「まさか、君まで関わってるとは思ってなかったよ」


「ははは、俺も最初、雪人がいないないって騒ぎだしたときは流石に頭がおかしくなったんじゃないかと心配になったよ」


 言葉の前に『前から少しおかしいところはあったけど』とつきそうな言葉に顔をしかめていると誤魔化すように話を続けた。


「でも俺も、ここ最近で気になることがあってさ」


「実際に遊んだ時間に対して、思い出が少ないってやつ?」


「そう、それそれ」


「…………」


 答えを聞くと、篠崎は何か引っかかったのか、口元に手を当てて考え込んだ。

 その様子に半田と顔を見合わせていると、篠崎が呟くように声を上げた。


「楓乃遥なんて人間、本当に存在してるのかな」


「何言ってんだよ。雪人が言ってたんだから、そうなんだろ?


 言いながら半田がこちらに同意を求めるようにこっちを見るが、残念ながら俺は覚えてないし知らない。

 そのことを今思い出したのか、探りを入れているつもりだったのか直ぐに視線を外した。


「それに俺は――」


「実際に妙な体験をしたって? 君は時間が合わないって言うけど、正確に計ったわけじゃないんでしょ?」


「それは、そうだけど……」


 遮るように放たれた言葉に半田は言葉を詰まらせるが、篠崎は止まらない。


「なら、君の勘違いという可能性の方が高いんじゃないかい? 楽しい時間って、自分が思ってるより早く過ぎていくものだからね。仮に君の言う通り時間が合わなかったとしても、それが楓乃遥との記憶が消えたからとは断言できない。だって忘れてるんだから」


 あまりに正論だった。

 そんな奇妙なオプションの付きまくった人間の存在を肯定するよりもよっぽど現実的な考えだ。

 全部勘違い。半田の話したこと、感じたことは全てそれで説明がついてしまう。

 つまり、今回の話は全部勘違いで、この街の噂にただ踊らされたにすぎないという結論となる。

 だがそれはあくまでも、篠崎と半田の二人だけだった場合の話だ。

 もうすでにおかしなことは起きている。それは俺の中に違和感として、ここ最近ずっと胸の真ん中に居座り続けている。

 そしてそれは勘違いで済ませられる程、曖昧な感覚ではない。


「篠崎、結論を出すのはちょっと待ってくれ」


 場が都合よくまとまりかけたところに、俺はストップをかけた。

 このまま進ませれば、きっと元凶の思うツボだ。

 そもそも、敵という概念で説明できる存在なのかどうかがもう既に怪しいが。


「さっきも話したけど、海でのことに関しては俺も違和感がある。と言っても、違和感じゃ済まされないほど俺の場合は重症なんだけどな」


「それこそ信じられないね。もし本当なら実際に頭でも打ったんじゃないのかい?」


 それだけなら確かにそうだ。もしかしたら本当に頭を打ってる可能性を考えるべきかもしれない。

 だが――


「おかしいのはそれだけじゃない」


「まだ何かあるのかい」


 流石にうんざりしてきたのか、篠崎の声にため息が混じっていた。


「俺自身は全く覚えてないが確かに言ってたんだよな? 楓乃遥はいるって」


「でも君、覚えてないじゃないか」


「その考え方がもう、何者かに掌握されてる証拠だ」


「どういう、意味だい?」


 篠崎は怪訝な顔をして俺を睨んだ。


「ちゃんと考えられるお前が、一番分かりやすくてもっともおかしな点に気付いてない。そんなの不自然だろ?」


「重要な点?」


 本当に分からないというように篠崎は首を捻った。


「俺は本当に楓乃遥なる人物の話なんてした覚えがない。でも二人は間違いなく俺から話を聞かされたんだろ? なら少なくとも、何らかの異常事態が起きてるってことだ」


「何かと思えばそんなこと? 話が馬鹿げすぎてるから、君が忘れたフリをしていると考えたほうが現実的だから考える材料にもならないと判断しただけだよ」


「本当にそうか?」


「…………」


 聞き返すと、篠崎は反論せず顔を俯かせた。

 きっと今の自分の失言に気づいたのだろう。それでも俺は、話を続けた。


「お前が気付いていたのなら、俺がお前達に楓乃遥の話をしたのかを質問した時点で反論できたはずだ。それ以外にもタイミングはあった。でもしなかった。こんなにも単純で、すぐにでも気づけることのはずなのに」


 篠崎はどこまでも常識人で真面目な性格だ。物事を楽観的に考えずに、現実的に状況を受け止められる。

 だが、今回の場合は違う。現実だと思える部分が少なすぎる。

 今俺達が置かれている状況は、体験したことの無い人に伝えようと思ってもどうしても伝えられないものだ。

 証拠だと思えるものは全て忘れさせられるか捻じ曲げられるかして、都合良く解釈される。

 だから、どこまでも現実的な篠崎にとって今の俺達の言う事はただの頭のおかしい妄言にしか聞こえないのだろう。

 それでも、真剣に話す俺達が嘘をついているようには見えず、少しでも理解しようとするがやっぱりダメで、もっと情報を貰おうと話を聞いても、篠崎にとってこの話はどう聞いても揺るがない非現実なのだ。

 だったら、体験してもらう他ないと思いこういう形で話をしたのだ。

 だが、これだけでは本来、信じる材料としては弱い。というよりも、材料にすらならない。ただ単に思い至らなかっただけと言われる可能性がある。

 それでも話したのは、彼女が誰よりも現実的でありながら誰よりも非現実な物語を愛しているからだ。

 篠崎は、現実的すぎるせいで信じられない。どうしてもその考えに邪魔されてしまう。

 ならば、信じる言い訳を彼女の中で作ってやればいい。


「相川……」


「分かってくれたか?」


 確かな手ごたえを感じて聞き返すと。


「何言ってるのか全然分かんない」


「だよね! 俺も最後の方、何言ってるか全然分からなかったわ」


 結局篠崎はどこまでも現実的だったようで、俺が笑って誤魔化すと、先ほどまで呆れていた顔は無のそれになっていた。

 そもそも俺の中でだって半信半疑なんだから、信じてもらえるわけがない。今は諦めるしかなさそうだ。


「それで?」


「え?」


「私はどうすれば開放してもらえるのかな?」


 まるで俺が拉致監禁でもしているような言い方だ。と言っても、立場的には篠崎の方が優位に立ってはいるが。


「取り敢えず、前に俺が来た時に何か気になる事言ってなかったか?」


「そりゃあ気になることだらけさ。一から十まで全部意味不明なんだから」


「そういうことじゃなくて……」


「分かってるよ。でも残念ながら、私から提供できそうな情報はないかな。私が聞いた時の話より、君達が話した事の方が情報が多いくらいだし」


「そうなのか。うーん……」


 何の成果も得られないような予感に、俺が頭をひねっていると半田が俺の前に出た。


「雪人って、本当に話をしに来ただけだったのか?」


「何が言いたいんだい?」


「話だけなら俺だって聞いてるんだぜ? それなのに、何でわざわざ文芸部を訪ねろだなんて言うんだよ? 意味ないだろそれ」


「確かにな。話だけなら、半田にわざわざ文芸部に訪ねるように言う必要はない。なら他に何か……」


 考えてみるが、それが何かまではなかなか思い至らない。

 協力させるためだったとしても、篠崎がここまで非協力的な態度なのは前回の俺が訪れた時に実感してるはずだ。ならやはり、何かあると考えるべきなのだろう。


「うーん……」


 だが、それが何かまでは考えがつかない。多分ここで答えを出せるのは篠崎だけだ。

 俺は思考を中断して、目の前に視線を戻すと、ちょうど何かを思い出したらしい篠崎がハッとして顔を上げたところだった。


「話、ではないんだけど、話終わった後に本を読んでいったよ。今の状況に似た本を貸してくれってね」


「今の状況に? それって今あるか」


「借りていくようなことはしなかったからね。あるよ」


 そう言いながら立ち上がると、部屋中央のテーブルに山積みになっていた本の一つを手に取った。


「はい、これね」


 文庫本サイズのそれの表紙にはこう書かれていた。

『君のいない世界』

 前に来た時の俺が読んだらしいそのタイトルに、やはり聞き覚えはなかった。

 俺は受け取った本の裏に書いてあるあらすじに目を通す。

 恋人を失った主人公。その恋人が、死者と邂逅できると言われる砂浜に現れ、もうできないと思っていた一緒の時間を過ごす。

 だが、その代償にヒロインは自分と親しかった人達から存在を徐々に忘れられてしまうというものらしい。

 そこまで確認して、今の状況といくつか共通点があるのは分かったが、俺が気になったのはそこではなかった。

 忘れる忘れられるとか、その話はこの際どうでもいい。フィクションの解決策は所詮フィクションで、実践したところで解決するとは思えない。

 ではどこに注目したか。

 この話の舞台はどうやら、俺達の住む街である海越市らしい。そしてその街にあると言われる都市伝説の一つ『死者と邂逅できる砂浜』という場所が俺が海に遊びに行った日の帰りに倒れていた場所だということだ。

 海越市の砂浜と言えばそこしかない。

 きっとその時、その砂浜で何かがあったのだ。

 楓乃遥を忘れてしまう何かが。


「……ありがとう。この本は返す」


「そうかい? あらすじしか読んでいないように見えたけど、何か分かったのかい?」


「分かったことはない。思い出せたこともない。けど、次にやることは決まった」


「そっか」


 篠崎はそう短く返事をすると、定位置である窓際の席へと戻っていった。

 その後、篠崎からチクチクと小言言われたが、その全てを受け流して、暗くなり始めた頃に三人で帰路についた。


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