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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第四章:いつもから欠けたもの

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第17話 違和感

 気がつくと、俺は砂浜に寝転がっていた。

 日は沈み、怪しく光る満月と雲一つない夜空を彩る星達が静かに見下ろす。

 俺はゆっくりと状況を確認するように上体を起こした。


「……俺、何してたんだっけ?」


 誰にともなく呟くが、返ってくる答えはない。

 今日の朝から今に至る経緯をどうしても思い出せない。

 不自然な空白には、何か俺にとって大切な出来事があった気がして、内容が分からないのに焦りのようなものが体の内側から沸いた。だが、何度か思い出そうと試みるも、結局思い出す事はできなかった。

 俺は思考を振り払うように頭を振って立ち上がると、やはり気になって縋るように海を一瞥するが、やはり思い出せる事はなく、俺は諦めるようにその場を後にした。

 その嫌な気分は家に着いてからも続いたが、寝る前にはすっかり消え去ってしまった。

 それはもう、気味が悪いくらいに。





「いらっしゃませー」


 間延びした声で、俺は来店者に挨拶をする。

 同い年くらいの少女だった。流れるような黒髪のポニーテールを揺らす彼女に近づいて、人数を確認すると二人と言った。待ち合わせか何かなのだろうか。

 俺は適当な席に案内してから、手早くお冷やを用意した。

 海へ遊びに行ってから数日が経った。あれから特に変わった事はない。

 なんなら、海へ遊びに行ってからは特に遊びに出かけることもなくバイトと家の往復のみ。代わり映えがなさすぎて、少々刺激が足りないくらいだった。

 空いたテーブルをぼんやりしながら拭いていると、呼び出し音が鳴った。

 厨房近くの上に設置されている席の番号を確認すると、どうやら先程入店した少女のようだ。


「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?」


 そう聞くと、少女はそれぞれメニューあれこれと指を差していき、最後に俺が注文内容を読み上げて立ち去ろうとしたところで、一人が「あっ」と声を上げた。


「どうされましたか?」


 振り返ると「やっぱり」という声が上がった。


「相川だよね?」


 どうやら俺の知り合いだったらしい。だが、残念ながら俺の方に見覚えはない。


「どちら様ですか?」


「うわ……ひっど! 同じクラスじゃん」


「……ああ、佐藤さんね。知ってる知ってる」


「全然違うんだけど。鈴木だよ。ていうか、隣の席なんだけど」


 日本で一番多い名前を挙げてみたが、どうやら違ったようだ。一番多いとは言っても、外れるくらいには世界は広いらしい。

 というか、隣の席だったのか。

 俺は視線をあらぬ方向へと放り投げて謝罪する。


「悪いな。私服だと雰囲気が違ってて分からなかったんだ」


「本当にそうならこっち見て言いなさいよ。どこ見て喋ってんの?」


 頰を膨らませて怒ってくる鈴木を尻目に俺は再び営業スマイルを作る。


「ご注文はいかがたしましょうか?」


「無視するな!」


 怒られてしまった。隣の席が鈴木という名前なのは知っていたが、学校では寝てるか窓の外を眺めるかしかしてないため、クラスメイトの顔なんていちいち覚えていないのだ。

 とはいえ、普通は覚えているものだろうから、全面的に俺が悪いのは自覚しているのでとりあえず「すまん」と一言謝っておく。

 すると鈴木は一つため息を吐くと、笑みをこぼした。


「なんだ?」


「あーいや、相川とまともに喋ったのって初めてだなーって思って」


「そうか?」


「そうだよ」


 思い返してみるが、喋ったことは何回かあった気がする。

 例えば消しゴムを拾ってもらってありがとうと言ったり、筆箱を忘れてシャープペンを借りてありがとうと言ったりと喋ったことはあるはずだ。というか、どんだけ俺助けてもらってんだよ。


「相川はさ、夏休み中何か予定とかあるの?」


 大した興味もなさそうに、手元のスマホを弄りながらそんなことを聞いてきた。

 なら適当に返そうかと、簡素に伝えることにする。


「バイト」


「即答!? もうちょっと何かないの? 出掛けたりとかさ」


 興味がないかと思えば、意外と食いついてきた。これで会話が終わるものだと思っていたのに。

 どうやら、特に喋ったことのないクラスメイトを捕まえるくらい暇らしい。


「まあ、この先の予定は特にないけど、昨日だったら海に遊びに行ったぞ」


「えっ、そうなの? だったら普通さ、次はどこに行くか決めたりしない?」


 言いたいことはなんとなく分かる。もしかしたら、約束していたのかもしれない。

 かもしれないと、曖昧になっていることには理由がある。


「うーん……それはそうなんだろうけどさ、実は、海で遊んでた時の事全然覚えてないんだよね。気が付いたら砂浜に倒れててさ」


「ちょっと待って。その時の状況が全然イメージできないんだけど……一人で行ったの?」


「いや、半田と行った。けど、何して遊んでたか覚えてない」 


 言われて何度も思い返すが、どうしても思い出せなかった。でも、海で遊んだのは僅かに日焼けした腕と、倒れていた場所が夢だったんじゃないかという仮説を否定させた。


「ふーん……」


 考え込んでいると、下から俺の顔を覗き込むようにして声を漏らした。


「なんだよ?」


「……相川って、結構変な奴だよね」


 いきなり失礼なことを言われた。


「理由を聞こうか?」


「んー、私の相川のイメージって、もっと暗いイメージだったんだよね」


 覗き込む体勢をやめると、今度は頭の後ろで手を組んだ。

 さっきまでは気にならなかった、意外と大きい胸のふくらみが強調されるが本人は気づいていない。


「いつも怠そうにしてるし、ていうか寝てるしさ」


「暗い奴じゃなくても野球部とか無駄に声のでかいやつだって寝るだろ。それが健全なら俺も健全だろ」


「いやいや、相川は帰宅部でしょ。その上、生気がなくてダラダラじゃん」


「ぐっ……」


 図星を突かれて、言葉を詰まらせる。そういえば俺は帰宅部でした。

 言い返せないでいると、鈴木さんは姿勢を戻した。


「相川も、もっと楽しめばいいのに……気になる女の子とかいないの?」


「逆に聞くけど、いると思うのか? いつも寝ててダラダラの俺に」


 嫌味っぽく言うと「もしかして、怒ってらっしゃる?」と、俺の様子を伺ってきた。

 でも事実なので俺はその辺で許すことにした。


「正直、好み以前にクラスメイトの顔と名前をよく覚えてない」


「あっちゃー、そういえば隣の席の私のことすら覚えてなかったもんね」


 額に手をやって大げさに反応するが、何か思いついたのかバッ急に顔を近づけてきた。


「じゃあさじゃあさ、どんな子がタイプとかあるの?」


 何故か興味津々にぐいぐい来る鈴木から一歩退いた。


「そんなこと聞いてどうすんだよ?」


 単純に疑問に思って聞くと「分かんない。そんなことより、タイプは?」と聞く耳を持たない。本当にただの興味なんだろう。

 俺は一度ため息をついて、今まで特に考えたことのなかったタイプとやらを真剣に考えてみる。


「……えっと、年下で」


「年下! 守りたいんですか? 守ってあげたくなるような子が良いんですか!」


 右手で拳を作って、マイクのように口元に近づけてくる。


「性格はサバサバしていて、普段は方言とか隠してるんだけどうっかりとたまに出てしまうような子、かな?」


「結構具体的ですねぇ……。本当に好きな人いないんですかねぇ? あ、もしかして同じ従業員の方!」


「そんな奴はいない」


「えー、食い気味で否定する辺り怪しいなぁ……」


 ニヤニヤしながら肘で小突いてくるが、言われてみれば確かに具体的のような気がする。というか、実際に会ったことがあるんじゃないかと錯覚するくらいにはっきりとしたイメージがあった。

 そして同時に、胸も痛くなった。

 俺は誤魔化すように、今だに小突いてくる鈴木から一歩離れて、本来の用事へと話を戻す。


「つか、注文するもん決まったんじゃなかったのか」


「おっとそうだったね! 忘れてた」


「おい」


 能天気に言う鈴木さんに軽く突っ込むと、鈴木さんは目の前に広げられたメニューに目を落として、指を差していく。

 その後、鈴木さんの待ち合わせの相手の田中さんとやらも到着して少し話したりしたが、それ以外はいつもと変わらず業務はつつがなく進行していった。

 だが、胸の真ん中には何かがつっかえたままだった。

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