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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第三章:記憶の重み

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第16話 嘘つきの代償

 ◇




 逃げ出してしまった。

 誤魔化すことはまだいくらでもできたはずなのに、頭が真っ白になってしまったのだ。

 正気に戻ったときには、砂浜に立っていた。

 ここは、あたしにとっては、全てが始まった場所であり、センパイと出会った場所。

 思えば、センパイと出会ってから色々とあった気がする。

 周りがあたしの事を忘れていく中、センパイだけはあたしを覚えていられた。

 それをきっかけに悩みを打ち明けて、どうにかしてあたしの抱えている問題を解決しようと本気で考えてくれた。

 そんなセンパイにあたしはずっと嘘を吐いていた。センパイの優しさに甘えて、話したくないことは話さずに、やりたいことだけをやった。

 全部話せば、もしかしたら解決することもできたかもしれないのに。

 でも、あたしは怖かった。解決するということはつまり、あたしが消えるということなのだから。

 そうだと知ったら、消すか停滞するかの選択を迫られたセンパイもきっと苦しむ。

 そう思っていた。

 考え方を間違えていたのだ。最初から全部。

 選択するのは自分自身だ。それを他人に任せようとするのは、言い訳できる理由を作ろうとする行為に他ならない。

 駄目だったのはあいつのせいだと言える状況にしたかっただけだ。あたしは無意識のうちにそうやって逃げて逃げて、気付いたときにはもう手遅れだっただけ。

 次に会ったとき、センパイは全てを知っているだろう。

 病院で寝ている筈のあたしと、あたしがずっと嘘を吐いていた事に。

 こんなバレ方をするくらいなら、最初から話せば良かった。でもこれはきっと、自分の甘さに対する報いなのだろう。

 なら、受け入れるしかない。

 この結果は、自分自身が招いたことなのだから。


 ――センパイ、きっと怒ってるだろうなぁ……。


 そう諦めていたときだった。

 ザッと、背後から砂を蹴るような音が聞こえた。


「な、んで……?」


 そんな言葉が口の端から漏れた。

 後ろへ振り返って確認したわけではない。

 それなのに、なんとなく分かってしまう。今あたしの背後に居るのが、一体誰なのか。

 もう呆れられて、愛想尽かされたと思っていた。けど、あたしは忘れていた。

 彼は、そんな事で人を嫌いになる様な人じゃない事を。

 あたしは、重たくなった身体に再び力を入れて、ゆっくりと立ち上がった。

 これが、彼に謝ることが出来る最後の機会だ。だから、全てを話そう。

 その結果、あたしが消えることになっても、もうこれ以上騙すことはできない。

 あたしは、あたし自身の決断で進む。

 ゆっくりと振り返ると、いつも通り無愛想な顔に死んだような目を付けたセンパイが居た。

 僅かに呼吸の荒い様子から、必死で探してくれていたのだろう。その事に、あたしの胸は更に痛んだ。

 騙したのに、肝心なことは何も話さなかったのに、センパイは必死になってあたしを探してくれていた。

 いきなり目の前から消えたあたしを探してくれていた。

 自分勝手かもしれないけど、あたしはそれが無性に嬉しかった。

 こんな自分を――存在するはずのない、偽物のあたしなんかのことを見つけてくれたことが、嬉しかったんだ。

 あたしは決心するように自分の服の裾を握り、一歩踏み出す。

 そしてセンパイも同時に姿勢を戻して、一歩踏み出した。


「楓――」


 センパイが口を開いた、その瞬間だった。身体が突然ぐらりと揺れた。


「センパイ!?」


 全身の力が抜けたように、膝から崩れるように倒れるセンパイの身体を、あたしは咄嗟に抱き留める。


「センパイ! ねぇ、センパイってば!?」


 何度呼び掛けても、何度揺すっても、センパイは目を開けない。

 その姿はまるで、死んでしまったかのようだ。

 そんなはずがないのは規則的に上下する胸の動きで分かる。けれどあたしは、焦らずにはいられなかった。

 どうしてかそれは、良くないことの前触れのような気がしたからだ。


「……う」


 だから、すぐに目を覚ましたセンパイを見ても、全然安心することはできなかった。

 センパイは起き上がると、虚ろな目で自分の状況を確認するように周りの景色を見て、次にあたしと視線を合わせた。

 そのセンパイの目を見て、あたしは強烈な違和感を覚えた。

 言葉に表すことができない。だが、身体の底から這い上がってくるような不安があった。

 そしてその不安の正体が何か、すぐに分かった。


「……俺、何してたんだっけ?」


 息が詰まった。

 生暖かく不快な風が吹き抜け、風に揺れた髪で一瞬だけセンパイの顔が隠れるが、すぐに他人行儀なセンパイの顔が現れた。

 冗談でもなんでもなく、まるであたしが居ないかのような顔。

 それは、一番して欲しくなかった人から向けられてしまった。

 ただ一人、あたしの味方で居てくれた人。

 ただ一人、あたしの事情を知ってくれた人。

 そんな最後の心の拠り所だったはずの彼は、突然あたしの存在を認識できなくなった。

 それが分かった瞬間、あたしは崩れるようにその場に座り込んだ。

 呆然と地べたを眺めて、キョロキョロと辺りを見回しながら素通りするセンパイに、あたしは声を掛けることが出来なかった。

 ここにはもう、あたしの知っているセンパイはいない。

 その時、あたしの中で何かが折れたような音が聞こえた。

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