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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第三章:記憶の重み

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第15話 磨り減ってきたもの




 俺は現状の確認を終えると、楓乃の病室を後にした。

 病院を出ると、辺りには夜の帳が下りていた。

 雲が月を隠し、住宅街に並ぶ街灯はただでさえ頼りない光を不規則に点滅させる。

 そんな不気味な夜の住宅街の中を俺は歩いていた。

 向かっているのは自宅であるアパートではなく、別の場所だ。

 楓乃が俺の目の前から走り去ってから随分と時間が経っているため、自宅の方へと帰っている可能性がないわけではなかったが、何となく楓乃は戻ってきていないような気がした。

 だから俺は楓乃と初めて出会った場所である砂浜へと向かっていた。

 自分がどうしたいか、どう思っているか、それを一つ一つ確認するように一歩、また一歩と力強く進んでいく。

 そうして住宅街が終わりに差し掛かった時だ。


「……ッ!?」


 ガクンと足から力が抜けると同時に、とてつもない喪失感が俺を襲った。

 あまりの衝撃に俺は片膝をついて倒れそうになる身体を、壁に寄りかかるような形で防いだ。


「な、んだ……?」


 突然ポッカリと心に大穴が開いたような感覚に、手足が震え、冷や汗とジワジワと胸の真ん中から溢れるような嫌な感覚が俺を支配した。

 何かが流れていく感覚を必死に止めるように胸を押さえるが、止まることはない。

 冷や汗が頰を伝い、息が荒くなる。

 それでも、俺は倒れることだけはしなかった。

 この感じが一体何を意味しているのかは分からない。でも、ここで倒れれば、きっと何もかも駄目になる。それだけは分かった。

 俺はふらついた意識の中で懸命に一歩一歩足を踏み出して、三歩程進んだところで俺は気付いた。


「そういう、ことかよ……ッ!」


 それは、俺が今までで一番恐れていた事態。

 そして、最も最悪なタイミングでそれは起こった。


「消えていく……楓乃との、思い出が」


 最初は海で遊んだときのことを思い出せなくなっていた。今日の出来事だというのに、気が付けば全く思い出せなくなっていた。

 そこからは、次々と記憶が抜け落ちていくのが実感できた。


 ――楓乃と海へ遊びに行く約束をした事。


 ――楓乃が朝ご飯を作ってくれた事。


 ――眠れない夜に話した時の事


 そうやって次々と過去に遡るようにして記憶が消えていった。

 俺は堪らず駆け出した。

 大通りに出ると、奇異な目を向けられたが構わなかった。

 もつれる足の感覚はとっくになく、いつ転がるのかも分からない。それでも動かした。ひたすら前へと進むために。

 早く会わなければ、本当に取り返しがつかなくなるから。


「う、あ……あ」


 そんな焦りや疲労はどんどんと蓄積し、やがて視界が滲んできた。

 気が付けば俺は。


「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 泣き叫んでいた。

 声帯が潰れるほどに叫んだ。

 色々なことがごちゃ混ぜになった感情を、思う存分に吐き出した。

 そうでもしていないと、頭がおかしくなりそうだった。


「……ふざけんな! あいつが何したってんだ! 何であいつばかりが、こんな辛い目に遭わないといけねぇんだよ!」


 焦りは、いつの間にか怒りに変わっていた。

 それは、無力な自分自身への怒りなのか、それとも、今だ見えぬ敵なのか、その怒りの矛先は自分でもよく分かっていない。

 けれど、きっと誰も悪くないのだ。誰かが裏で何かをしたわけではないのだ。

 これは人間がどうこうできる問題じゃない。

 なら、一体誰を倒せば解決するのか。

 もし仮に、敵と呼べる存在がいるとするならば、それは神様か。


「なんだよこれ! なんだってんだよ!?」


 ひたすら叫びながらも、足はひたすらに前へと進んでいく。

 そんなことを繰り返し、目的の場所である楓乃と初めて出会った場所に到着する頃には叫ぶ事も走ることも止めていた。

 揺れる視界の先には、探していた少女が立っていた。

 もう記憶の中には、殆ど思い出と呼べるものはなかった。

 それでも俺は、心の中で楓乃の名前を何度も呼んだ。

 忘れないように、手放してしまわないように何度も何度も呼んだ。

 楓乃は振り向くと、悲しげな目で俺を見つめた。

 そして俺はついに、声に出して呼ぶ。ここまで大切に守り続けてきた名前を。


「楓――」


 だが、声は最後まで出なかった。

 俺は震える口を懸命に動かそうとするが、言葉が出ない。叫びすぎたから声が出ないわけではない。名前が出てこなかったのだ。

 何度も頭の中を探るが、ついにそれ以上の音を出すことはできなかった。理解不能の疲れが俺を襲い、視界がブレたかと思えば、暗転した。

 身体が重い。もう何もやる気が起きない。

 そんな中、最後に思う。


 ――俺は一体、何をしていたんだろう?


 そんな疑問を最後に、俺の意識は反転した。

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