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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第三章:記憶の重み

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第11話 はじめの一歩のその前

「海?」


 思いがけないことを言われたというように、ポカンとした顔をこちらに向けて、楓乃はそう言った。

 休日が明けてから二日経ったこの日、俺は帰りに楓乃を捕まえてファミレスに来ていた。

 今日は終業式。皆一様に夏休みムードでワッショイしている中を、俺は淡白に過ごした。健全な学生ならば、俺もその中に混ざって上半身裸にくらいなっていた方が自然なのだろうが、どうしても馬鹿馬鹿しいと思えてしまう。

 だから俺は、HR終了と同時に教室を飛び出した。だがその勢いは、校門前に来たところで止めることになる。楓乃に言っておくことがあるのを思い出したのだ。

 それから校門前で道行く生徒達の妙にキラキラとしたオーラを一身に浴びながら待ち、今に至るわけだ。

 楓乃はドリンクバーのオレンジジュースを一口飲んで疑問を口にする。


「それって、センパイと二人っきりってこと?」


 それに俺はアイスコーヒーが入ったコップに口をつけようとした動作を止めて、先に答えを返した。


「いんや、半田も居るから三人だな」


「そういうことかぁ……センパイが海なんて言うから、一体どうしたのかと思ったけど、半田センパイが絡んでるなら納得だね」


「お前な……」


 事実、俺から海へ行こうなんてワードが出るのはあり得ないため、あまり強く否定はできなかった。

 楓乃は、それ以上この話題を掘り下げるつもりはないようで、話題を戻した。


「でもそれって、あたし誘われてないと思うんだけど」


 言うと、少し寂しそうな顔をしてオレンジジュースをちびちびと飲み始めた。


「そりゃあ今の半田にはそんな気なかっただろうけど、もしこんなことになってなかったらきっと誘われてただろうなと思ってさ。一応誘ってみたんだ」


 本当は半田自身が楓乃も誘うように言ったのだが、話がややこしくなるので今は伏せることにした。

 数日前に半田と話したとき、最後に言った提案というのがこれなのだ。

 忘れられてしまうのなら、忘れられないくらい楽しい記憶で一杯にしたら忘れられないんじゃないかというものだった。

 何の根拠もない作戦で、例え上手く行ったとしても根本的な解決にはならない。けど、成功すれば大きな一歩になることには違いないのだ。

 俺は残りのアイスコーヒーを全部飲み終えて、ゆっくりとコップをテーブルに置いた。


「行きたくないなら、別に良いけどな」


「え……」


 なかなか答えない楓乃に意地悪く言うと、コップから口を離して、泣きそうな目でこっちを見た。


「俺達が遊んでる間、お前は炎天下をゾンビのように徘徊するのか……せっかくの夏休みなのに可哀想に」


「なっ!? 行きたくないとは言ってないでしょ!」


 焦ったように言う楓乃が面白く、俺は更に畳み掛けていく。


「でも、やけに渋ってるじゃないか? 良いんだぞ、無理しなくて」


「だ、だから……」


 だんだんと力が抜けるように楓乃の声は小さくなっていき、それと同時に、顔を俯かせて胸の前に持ち上げられていたコップをゆっくりと降ろしていく。すると、桃色の唇が小さく動いた。


「行く……から」


 本気で泣きそうな声に何故だか、とてつもない罪悪感に刈られた。

 いつもだったら「絶対行くからね!?」ぐらい言うかと予想していたのに、こんなことになるなんて思いもしなかった。

 楓乃はコップを両手でギュッと握り締めて。


「だから、そんなこと言わないでよ……」


 そう言って耐えきれないように目元を腕で隠してしまった。

 俺は流石に焦ると、周りの刺すような視線を感じた。

 ゆっくりと辺りを見回すと、近くの席の男性客がこちらを見ながら「泣かせた泣かせた」と口の動きでしか分からないが、そう言っているような気がした。

 俺はその視線から逃れるように楓乃へと視線を戻して、身振り手振りを使って宥めていると、急に身体が小刻みに震えだした。


「お、おい?」


 ついに何て言葉を掛けたら良いのかも分からなくなり、周りからの刺すような視線を気にしていると、楓乃が唐突にがばっと顔を上げた。


「あはは、引っ掛かった」


 さっきまでの寂しそうな表情はどこへやら、彼女はイタズラっぽく笑った。


「…………」


 その様子に俺は黙り込む。

 すると、楓乃が「センパイ?」と、様子のおかしい俺に不満げな瞳を向けてくる。俺はそれに答えるように思い切り開いた手のひらをゆっくりと持ち上げて、楓乃の方へと近付けていく。


「あ、あれ? セ、センパイ、この手は一体……ていうか、何で近づけてくるの!? セ、センパ――いたたたたたたたたたっ!?」


 徐々に戸惑いの表情に変わっていく楓乃の顔を無言で鷲掴みにして、思い切り力を入れると片手で俺の腕を掴みながら、もう片方の手でバンバンと叩いてキブアップのサインを送ってくるが、気にせず更に力を加えた。

 その後しばらくして、店員にお静かにお願いしますという旨をとてもいい笑顔で注意されたところで、俺は楓乃を解放した。

 楓乃は涙目で両手で顔を覆うと、くぐもった声を出す。


「……女の子にアイアンクローだなんて、一体どういう神経してるの?」


「俺がこんなことをするのは、お前だけだぜ」


 照れたように俺が鼻の下を人差し指で擦る。


「なにそれ、すっごい嫌だ。あたしにも優しくしてよ!」


「厳しいのは、優しさの裏返し」


「絶対そんなこと思ってない! 普通にムカついたからやったんだ!」


「うん」


 真顔でそう答えると「ばりむかぁ!」と意味の分からないことを言って口を尖らせた。

 だが忘れてはいけない。元の原因が、楓乃の悪ふざけだったということを。

 俺は、そっぽを向いてあからさまな機嫌悪いですよオーラを放つ楓乃を無視して「それで、海はどうすんの?」と気楽な感じで話し掛けたが。


「…………」


 ツーンとしていて、なかなか話してくれない。しょうがないと息を吐いて、俺は手でスピーカーを作ると。


「なにその態度? ばりむか!」


「やめてよそれ!?」


 似非博多弁で言うと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして楓乃は勢いよく立ち上がると、俺の頭をポカポカと殴ってきた。

 これから無視されたら博多弁を使おうかと思い始めた所で、またも店員に良い笑顔で注意され、楓乃はしょんぼりと席に着いた。

 俺はその様子に苦笑いしながら、横に立ててあったメニューを開いて見せた。


「取り敢えず何か頼めよ。奢ってやるから」


「……うん」


 僅かな沈黙の後、機嫌を直したように控え目な笑顔で頷いた。

 単純で助かる。

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