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ありったけの想いを  作者: ゆきち
第二章:笑顔の裏側

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第9話 一難去ってまた一難

 ◇




 バイトが終わった俺は、半田と共に店の裏口にいた。

 裏口はとても暗い。道を挟んで向こう側は一軒家が並んでいるのだが、家を隠すように囲むコンクリートの塀のせいで昼間でも薄暗いこの場所は夜となった今では、裏口のドア横に設置された明かりだけが頼りだ。左右に伸びる道の先には闇だけが広がっていて、こんな時間にここを通るのはこのファミレスの従業員くらいのものだろう。

 そんな場所で俺達は、缶コーヒーを片手にして店の壁に背中を預けていた。

 楓乃には先に帰ってもらった。二人で帰ると怪しまれるからとか適当な事を言うと、楓乃は不満そうな顔をしていたが納得したようだ。

 本来なら楓乃も交えて話すべき事なのだが、状況を説明するにあたって楓乃が聞かせた情報を半田は覚えておくことが出来ないと思ったからだ。

 楓乃が伝えて駄目だった情報を俺が事前に伝えれば記憶の改変は無いんじゃないかと思っての事だった。

 友人を実験台にしてるみたいで嫌だったが、それも一緒に今から説明するつもりだ。

 俺はホットコーヒーで喉を潤して「話す前に一つ、先に確認しておきたいことがある」と話を切り出した。


「ん、なんだ?」


 缶コーヒーに口を付けようとしたところで、半田は動きを止めて、こちらを見る。


「楓乃って名前を聞いたことはあるか? 昨日俺が騒いでいたときに口にしたと思うんだけど」


 聞くと半田は飲みかけだった動作を再開させて、コーヒーを一口飲むと「いや、覚えてないな」と答えた。

 あまり期待してなかったことなので「そうか」と簡素に返した。


「楓乃とかって奴と何か関係あるのか?」


「関係どころか、問題はそいつ自身が抱えてるんだ」


「なんだ、雪人が問題を抱えてるわけじゃなかったのか」


「どうだろうな。間接的に被害を被ってる気がする」


 昨日から今日までの一連の出来事を思い出して、溜め息が漏れる。その傍らで半田が一気に残りのコーヒーを口の中に流し込むと。


「それについても、今から話してくれるんだろ?」


「そうだな……」


 こちらに向けた半田の顔はなんとも頼もしくもあり、それでいてどこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。ひょっとして楽しんでるんじゃなかろうかと思えてしまう。

 俺も半田に習って残りのコーヒーを一気に飲み干した。


「じゃあ話すか……」


 俺はそう話を切り出した。





「なるほどね……」


 一通り話終えると、呟いてから半田は話を頭の中で整理しているのか顎に手を当てて何事かを考え込み始めた。


「なるほどって……信じるのか? 自分で言うのもなんだけど、俺がお前の立場だったら絶対信じないぞ?」


 俺の言葉に半田は一瞬だけキョトンとした顔をして、すぐに表情を緩めた。


「そりゃあ普通は信じないかもしれないけどさ……」


 そこで半田は言葉を切ると、視線を目の前へと向けた。


「真剣なんだろ? その子だってホントに困ってるんだろ?」


 次に空を見上げて、視線だけをこちらに向ける。


「だったら、俺は信じるよ。友達が本気で困ってるんだ。どれだけ胡散臭い話でもあり得ない話でも信じる」


「半田……」


 半田の良い奴っぷりに口を押さえて瞳をうるうるさせていると、半田が「それに……」と言葉を続けた。


「雪人がそんな顔を演技で出来るとも思えないしな」


「おいこら」


 さっきまで感動していたことが馬鹿みたいに思え、俺は視線を半田とは反対の方向へ投げた。

 その様子に半田は少し笑って「ごめんごめん」と全く悪びれた様子もなく謝るが、余計に腹立たしいだけだった。

 一通り笑い終えると、半田はしみじみとした声を上げた。


「でも、驚いたな」


 空気が変わったことを感じ取り、俺も視線を半田へと戻した。


「何がだ?」


「俺が覚えてないだけで、実は一緒に働いてる人がもう一人いるってことにだよ」


 そう言った半田は顔を俯かせて、もう既に飲み終わったであろう缶コーヒーを見詰めたまま固まってしまった。

 その横顔は、顔も名前も思い出せない彼女の事を考えているのか、どこか思い詰めているように見えた。

 半田にとっては、存在するかどうかすら怪しいはずなのに、それに対して真剣に悩む事が出来るのは素直に尊敬する。

 少しして、半田はゆっくりと顔を上げてポツリと呟いた。


「思い出してやりたいな……」


「半田……」


 続く言葉が出てこなくて、何と声を掛けようかと考えていると、半田は店の壁に預けていた背中を離した勢いで数歩前へと出て。


「雪人、俺に一つ考えがある。試してみないか?」


 振り返らずにそう言った。




 半田と店の裏口で話した後、俺は足早に家へと帰っていた。

 思ったよりも話す時間が長くなってしまった。一応、自分の持っている鍵は渡してあるため、玄関前で待ちぼうけなんてことにはならないが、それとは別にもう一つ、俺には懸念することがあった。

 俺は家に着くと、走ってもいないのに何故か少し乱れている呼吸を整えて、中の人に気づかれないようにゆっくりと玄関のドアを開けた。

 いつも通り靴を脱いで、廊下に上がったところで、話し声のようなものが耳に入ってきた。

 その瞬間、ピタリと足の動きを止めた。

 リビングの方から声が漏れている。どうやら、俺が懸念していた最悪の事態になっているようだ。

 俺はそろりと忍び足でドアの前に近づくと、聞き耳を立てた。


『ほらこれ、ユキの小学生の頃の写真よ』


『わぁ、かわいいですね! 今のセンパイとは似ても似つかない……あ、ごめんなさい』


『良いのよ。あの子ひねくれてるし、目付きも悪いから……どこかで育て方を間違えたのかしら』


 ドアの向こうでの、散々な言いように頬をひくつかせている間にも、会話は続いた。


『昔は優しくて良い子……だったかしら? 思い返すとそうでもなかった気がするわね』


『そんな! センパイ、素直じゃないだけで結構優しい……ですよね?』


「何で疑問系なんだよ……」


 俺はツッコミを入れながら、リビングのドアを開けた。

 リビングのソファには首を傾げた状態で固まる楓乃と、その隣には数日振りに見た母、相川玲子あいかわれいこの姿があった。

 もう四十も半ばの玲子は、衰えを感じさせないほどに活発な印象の人だ。今はスーツ姿のお陰でバリバリの仕事人のような印象を感じさせる。その膝にはアルバムらしきものが置かれている。

 玲子は口元に笑みを浮かべると、気安く手を上げた。


「よ、お帰りユキ」


 玲子は、数日振りに顔を見た息子の登場に少しも動揺することもなくそう言葉を掛けてきた。


「お帰りじゃない。なに普通に馴染んでるんだよ」


「だって、あんたの未来の奥さんになるかもしれない子なんでしょ? だったら母親として仲良くしておかないといけないじゃない」


「えっ、お、奥さん!?」


 俺が入ってきてから話を聞いていただけの楓乃が急に顔を赤くさせたかと思うと、顔の前でブンブンと手を振った。


「あら、違うの? てっきりユキの彼女だと思ったんだけど」


「ち、違いますよ。センパイには篠崎さんっていう、素敵な人が居るんですから」


「お前も何言ってんだ? まだあの話引きずってんのか?」


「あの話って何? ちょっとユキ、二股は良くないわよ!」


「あんたは少し俺の話を聞こうな。さっきから俺の話だけ反映されていない!」


 一通りツッコミ終えて俺が肩で息をする。


「ユキ、疲れないかい?」


「誰のせいだと思ってるんだ?」


 そう聞くと、玲子は楓乃と顔を見合わせてお互い「さぁ?」という感じで肩をすくめた。

 俺はそれに溜め息を吐くと、誤解を解くことを早々に諦めて、二人とは反対のソファに座った。


「それで、今回はどれくらい家に居るんだ?」


「楓乃ちゃん、ユキが冷たいわ! お母さん泣いちゃいそう」


 よよよといった感じで、玲子は口元を手で覆った。


「あ、あはは……あたしちょっとお手洗いに……」


 楓乃は困ったように苦笑いすると、そう言って廊下へと逃げていった。

 廊下の向こうからガチャリというトイレのドアらしき音が響くと、途端にリビングには沈黙が降りる。

 俺は何となく気まずくなり、視線をどこに置こうかと落ち着かないでいると、玲子が沈黙を破った。


「少ししたら、また出るね」


「そっか」


 素っ気ないような玲子の言葉に俺も素っ気なく返す。

 どうということはない、いつも通りのやり取り。俺はそう思っていたのだが、玲子は違ったのか、優しく笑った。


「最近会えてなかったから、ちょっと様子を見に今日は帰ってきたの。だから、その……元気そうで安心した」


「なに母親みたいなこと言ってんだ?」


「母親だからよ」


 玲子は胸を張ってそう言いきった。

 そこで玲子が「あっ」と声をあげると、何かを思い出したかのように手を合わせた。


「そうそう、お父さんからユキに伝言があるのよ」


「父さんが?」


 意外だと思った。

 普段、家に居てもあまり喋らないし、向こうから干渉してくることも滅多にないため、自分にはあまり興味無いのではないのかと思っていたのだ。

 そんな父からの伝言。何だろうかと玲子の言葉を待つ。


「『納豆を、毎日ちゃんと食べろ』って伝えてくれって」


「な、納豆?」


 全く意図の分からない伝言に、頭の上にはてなを浮かべていると、玲子はくすりと笑った。


「あの人……本当に不器用よね。心配なら、もっと別の言葉を掛けてあげれば良いのに」


 ため息混じりに言った母の言葉で、ようやくどういうことか理解できた。

 それを自分の中で言葉にする前に、玲子が答えた。


「お父さん、何だかんだでユキのことが心配なのね。本当に昔から変わってない……」


「そっか」


 俺が短くそう返すと、再び沈黙が降りる。

 だが、不思議と先程のように気まずいということはなく、寧ろ心地良いような気がした。

 そうしてからどれくらい経っただろうか。楓乃がまだお手洗いから帰ってきてないところを見ると、それほど時間は経っていないこの時、玲子は「よし」と言いながら立ち上がった。俺もそれにつられて立ち上がる。


「それじゃあ、お母さんそろそろ出るね。ちゃんと暖かくして寝るんだよ」


「ああ、分かったよ」


 俺の返事を聞いて、玲子は一度頷くとリビングのドアの向こうに消えていった。それから俺は立ち尽くし、玄関のドアが閉まる音が聞こえたところで、俺は再びソファに腰を下ろした。

 そのまま疲れたように溜め息を吐くと、天井を見上げた。

 取り敢えず、一難去った。そう思っていると、リビングのドアが再びガチャリと音を立てた。


「あれ、センパイ? 玲子さんは?」


 ドアの向こうから現れた楓乃の姿を見て、俺は盛大に溜め息を吐いた。

 今日はまだ、こちらの問題が残っていたのを、すっかりと忘れていた。

 その後、俺の態度に楓乃がギャアギャアと文句を言ってきたが、俺は軽く受け流しながら今日の晩御飯の準備を始めたのだった。


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