3:ぞくせいまほう?
ゴトゴトガラガラと、ある程度舗装された道をそれなりのスピードで進んでいるのは客室の完全に閉じた黒い馬車。二頭の健康そうな馬を引くのは座っていても長身だと分かる筋肉の塊のような男性で、馬車の後部に取り付けられた人ひとり座れる金属で作られたハネのような部分には大きなリュックを持ったこれまた筋肉の塊の男性が進行方向とは逆を向いて座っていた。
そんな馬車で私、クリミア、ピーターの3名は非常に快適に移動していた。
「馬車で行くんだね」
「ん、結構距離があるからね!すみれこ馬車イヤだった~?」
「ううん。初めて乗るからちょっと緊張してるだけ」
隣に座るクリミアはメイスを壁に立てかけ、楽しそうに話している。私たちと向かい合わせに座る王子様ことピーターは馬車に乗り込んだとたん横になり寝てしまって、もともと開いているのか分からない目を完全に閉じてしまっでいる。完全に天使である。
中身が外見と真逆なのは知っている!だけどそれがどうした!世の中には眼福という言葉がある!美しいものは美しい!タイプの顔はタイプの顔なのである!
お忍び用の馬車なのだろう。窓は出入口のドアに一つだけだけ取り付けられており、その窓からは柔い光がピーターに降り注いでいて、ルネサンス期の西洋絵画を思わせる光と風の美しさ。完全に天使。
すやすやと眠る天使に天からの祝福の光が差し込んでいるのを拝みつつ、眩しいだろうとカーテンを閉めているとクリミアは「そいつのことは放っておいてい~のに~」と言いながら両手をぎゅっぎゅっとグーパーグーパーしていた。
「ねえすみれこは属性魔法はなに?」
「へ?ぞくせいまほう?」
「ん、戦えるとは一ミリも思ってないけど~何なのか知っておいた方がいいからさ!」
エッ魔法?あ、そういえば小説の舞台『まおうがつよすぎる』で魔法を使う描写をしたような気がする。それもそうだ。世界観的には乙女ゲームとは言っても、それに付随するのは戦闘がメインであるRPGの要素なのだ。当たり前だがバトルをするには戦う手段が必要で、私は確かその手段の一つとして魔法を使う描写をしたような気がする。というのも、登場人物たち各々に個別の魔法を設定するなんて芸当が私にできるはずがなく、覚えている限りで魔法を描写したのは、
『長い髪を振り乱しながらもジャリルはその逞しい腕でクリミアを引き寄せ、向かい来る敵に向かって魔法を放った。』(ライトノベル『貴族クリミア嬢の戦い!』p63より抜粋)
この程度。そんな、そんな属性魔法なんて……面白すぎる設定!なんで思いつかなかったんだ私!
ちなみに抜粋した文章にある人物「ジャリル」は王子の側近であり攻略キャラクターの一人だけど、昨日の王城でも今回の調査でも同行している様子はない。今後出会うのかもしれないな。
属性魔法という面白味しかない設定に心躍らせているとクリミアがハッとした様子で口を開いた。
「あっ!!!!!!もしかしてすみれこ自分の属性魔法知らない~~?こうわぁ~~~って出たり、ぎゅ~~~~~んってできるやつなんだけど」
「そもそも属性魔法があるなんて知らなかったよ。みんな持ってるものなの?」
「そうだよ~。使うのに上手い下手はあるけど、必ず全員最低一つは属性魔法を持ってるの!落ち子も例外じゃないよ!とるの野郎も持ってるし」
「悟君も持ってるんだ。へぇー面白いね」
そして、クリミアが「こうむ~んってやるとば~~んって出たり」とか「ぱ~~~んって勝手に出たり」と属性魔法について説明していると、私が幸せになれる顔で寝ていたピーターがゆったりと起き上がった。
「……そんなんじゃ永遠に分からないよアホ」
「若様は永遠に寝ててよ~~~~~~」
「……落ちてきたとき」
「?」
座り直し、男らしく膝に肘を乗せ、その上に顎を乗せたピーターに内心キュンキュンしていると、ピーターは面倒くさそうに特有のゆったりとした声で話し始めた。
「……落ちてきたんでしょ。……相当高いところから落ちたと思うけど、……どうして助かったの」
「えっと、確か」
物凄い高い所から、これはもう助からないと思えるスピードで落下して、地面が近くなって、ああもう死ぬと思って、反射的に目を閉じたその瞬間、
「強い、風がこう、衝撃を和らげてくれた?」
「……じゃあそれ。……君の属性は風だ。……特に珍しくもない、……よくある魔法。……つまんな」
高所から落ちて風に乗って助かったなんて非科学的なことを笑うのではなく、その属性が凡庸であることにちょっと笑ってピーターはまた横になって寝入ってしまった。
「あ゛~~~~~~殴りたい~~~~王子の立場であることに感謝しやがれこの野郎~~~~~!!!!」
「ま、まあまあ落ち着いて」
「はぁ~~~まあいいや、良くないけど!……そっかあ、すみれこの属性魔法は風か~」
「うん、そうみたい」
そうかそうかと顎に手を当てて何かを考えるクリミア。すると何を思いついたのかパッと笑顔を浮かべた。
「熱いシチューが出ても簡単に冷ませてめちゃくちゃ良い魔法じゃ~~~~ん!!!」
「ふふ、そうだね!まだ使い方分からないけど」
「そのうちできるようになるよ!!」
和やかな時間だなと、この空間の心地よさを満喫していたその時だった。
ガン!!!
ふふふクスクスと二人で笑い合っていると、突然乗っていた馬車がドンと大きく揺れ、そのまま止まった。クリミアはさっきまでのニコニコ顔を引っ込め、御者に繋がる小さな窓を開けて御者に声をかける。
肌で感じる気温が少し下がったような気がする。それが馬車が止まった原因によるものなのか、それとも雰囲気がガラリと変わったクリミアから放たれる冷たい気によるものなのか分からない。だが急に始まった恐怖イベントに心もとい心臓が最高にハイになっているのははっきり分かった。
「なに、どうした」
「出ましたザイシャです。飛ばしますか」
何が起こったのか分からず心拍数を上昇させているだけの私とは反対に、クリミアは「な~んだ」と一言。
「どうせ逃げても付いてくるから飛ばさなくていいよ~!そんな面倒なことをするより!!私が~~~つぶ~~~~~~す!!!!!!!」
「ちょっ、」
バコンと、メイス片手にクリミアは馬車の扉を蹴り開けた。ひゃっほ~いと雄たけびを上げながら飛び出してしまったクリミアを見て思わず身体が付いていこうとするのを、いつのまに起きていたのかピーターが腕を掴んで引き留め、立ち上がりかけた私を椅子に引き戻した。
「……心配しなくてもいいよ。……あの女はザイシャくらいなら目をつぶってても勝てるから」
「そ、そう」
そう言いつつも、ピーターはどこに置いていたのか矢筒を取り出し、慣れた手つきで背負っている。そして使い古したような弓の弦の張りを目で簡単に確認すると、小刀を腰に括りつけ弓を片手に外に出ようとしていた。
開いた扉の先には、なんとか人の形を保ったような泥の塊がウゴウゴと数十体、地面から生まれたように地から素早く飛び出しクリミアに襲い掛かっている光景があった。あれがザイシャという敵対生物なんだろう。ピーターのいうようにクリミアは箒で塵を掃くようにザイシャなる塊をメイスでサクサク撲殺していっている。その身体には傷一つ負った様子はなかった。
だけど悔しい。
力のない私はなにもできない。生前ここまで他人の力になれない自分の無力さを悔いた事はあっただろうか。一度自分で命を絶ったというのに死ぬ覚悟は無いなんて酷い矛盾が身を満たしているのを痛感しながら、馬車の出入り口に手をかけるピーターを見ていると、ピーターはため息を吐いて一旦扉を閉めて私の方に戻ってきた。薄っすらと開いた赤い目がこちらを見下ろしている。
「……君」
「ンギュッ!!???」
ピーターは、そのまま弓を持っていないほうの手で私の両頬を掴んで、むぎゅっと手加減なしに潰した。えっ天使が私の顔面を鷲掴みしてるんですけど??
シリアスなメンタルだった心は瞬時に「天使に見下されながら顔掴まれるとかここは天国なのでは?」とオプティミズムメンタルへとチェンジする。
「……唇、そんなに噛んだら血が出るよ」
「ん、んん」
「……すぐ戻る」
そう言うとピーターは手を離し、今度こそ本当に馬車から出ていった。閉じられた扉が突然キンと光った後、耳に入った硬い金属が組み合わさったような音は、多分扉内部の複雑な鍵が閉まる音。




