2:ぼくピーター
「……ぼくピーター」
「すみれこ、こいつが王の子どもの王子さまだよ~~。一度城に戻ると時間かかるからそのまま出ようと思ってこいつも連れてきたの~~!こいつこのナリで……、ん、すみれこ?どした?」
その時董子に電流走る!
『サラサラつやつやのプラチナブロンドの髪は日に照らされてキラキラと透き通る宝石のような輝きを持ち、開いているのか閉じているのかよく分からない糸目のような細い切れ長の目は王子らしからぬ色気とミステリアスを醸し出していた。最高権力者の息子という肩書きに反して彼に威厳や威張りを感じられないのは、彼の小柄で細身の体格とそののんびりとした話し方にあるのだろう。だが、彼はピカピカに磨かれた黄金で形作られた、野球ボール大の王冠をその丸い頭にちょこんと乗せており、彼が『王子』であることは誰の目にも一目瞭然であった。』(ライトノベル『貴族クリミア嬢の戦い!』p12より抜粋)
突然だが、私の書いた小説のダメなところを書きだしたらキリがない。じゃあ、それでも一番アカンかったのは?と考えると、まず最初に挙げられるのは「描写不足」だと思う。登場人物全員に何かしら魅力的な個性を、と考えてはいたものの、文章の中では一人一つの個性を出すのが精いっぱいだったために、人物像がぼやけてしまい名前を見てもどんな人物だったか思い出すのに時間がかかるような悪目。クリミア様が“ちょっと”変わった御令嬢なのも、多分そのあたりに原因があるんだろうと私は考えている。
しかし!しかしだ!!そんな私でも一つだけ、きちんと描写できたと自画自賛できるキャラクターがいる。それが先ほど抜粋した乙女ゲーム『まおうがつよすぎる』の第一攻略キャラクター「王子」だった。
せっかく自分の好きに物語を書けるのだから一人くらいは自分の好みの男性を創って書いてもいいよねーと我欲と私欲を持って創り上げ始めたキャラクター。私のドタイプな人を表現するためとはいえ、他の人物たちに比べてずいぶんと描写過多になっていたのだった。
「その弊害がこれか……!」
「ん~~~どうしたのすみれこ、若様のことキライ??」
そんなわけないだろ!!!!くっそタイプだわ!!!!その、ぽやんと突っ立って何考えているか分からない美しいお顔、絹糸のようにさらさらで透けるような髪!!!最高です!!!ちょっと文句言うなら、私より数センチ背が高いことかな。小柄って書いたじゃん。せめて150cmくらいでしょうが小柄はよお。私の敗因は小柄を小柄としか表現しなかったところなのか!
そこまで考えて、クリミア様のあるワードに引っ掛かりを覚えた。
「わかさま?」
「若い王子様だから若様~~~~王子とかピーターとかより言いやすいんだ~~~」
彼女は人の名前を呼ぶのが苦手なんだろうか。私の名前もひらがなのように舌足らずの発音だし、昨日も悟君の事を「とるの野郎!!」と呼んでいたし。いやあれは個人的な恨みも込められていた気はするけど。
若様か、面白い呼び方だな、と小説内で使ったことのない言葉に関心を引かれていると、クリミア様は憂慮の面持ちで顔をのぞき込んできた。大きな澄んだ青の瞳が眼前に広がる。顔、近いです。
「そんなことより、どうしたのすみれこ、若様苦手?置いていく?」
生きる国宝こと王子様を置いていくことなんてできるわけがない。私は彼女から離れつつ慌てて否定した。
「いや、違うんです!!ちょっと、皇太子殿下までいらっしゃるとは思っていなくて、」
そう弁解すると、王子様はなんだか眉を顰め、微妙な顔になった。エッ何かまずい事いったのかな。実は、物語によくある、王位継承権を剥奪された王子だから皇太子ではないとか?めちゃくちゃ好みの顔に嫌われたら私生きていけないんですけど~。あっすでに死んでたわ。
「……ぼく、ピーターだから」
「えっ、あっはい」
それさっき聞いた。だからなんだ?
私が頭にはてなマークを浮かべていると、王子様は続けた。
「……ぼく、君と友達になりにきたの。……クリミアが仲良くしたい女の子がいるって言うから。……友達づくりが苦手なぼくでもお友達ができると思って、……だから、もっと友達っぽく話してよ。……じゃないと、ぼく悲しくて泣いちゃうかも」
「!!????ないちゃだめ!!!!!!」
天使オブザイヤー“全”年度優勝者(私調べ)を泣かすとかギルティ!!重罪も重罪、大罪人です!!
眉間をギュッと寄せて、柔そうな頬を赤らめ、唇をかみしめる様はアモールとプシュケを思わせる耽美さではあるが、今はそれに酔いしれている場合じゃない!酔いしれたいけど!写真にとって拡大コピーして部屋の壁一面に張り付けたいけど!!あっ部屋ねぇや!!そもそもこの世界に写真もない!と思う!
「まってないちゃだめだよ、ピ、ピーター様?」
「……様?」
「ピ、ピーター?」
「……うん!」
はわわ。花が咲いた。絶対いま王子、いやピーターの周囲1mに花が咲き乱れ、天からの光が降り注ぎ、ラッパを持った天使たちが祝福する現象が起こった。美しすぎる。拝んどこ。
「若様ばっかりずるい!!!!!すみれこ、私も!!こいつ拝んでないで、私とももっと友達して!!!若様ちょっとどいてよ!」
「うるさっ!!ク、クリミア、うるさい!!」
「きゃあ~~~~!!もっと!!もっと私の名前よんで~~~!!!」
何が琴線に触れたのか、感激のあまりといった様子でガバリと抱き付いてくるクリミア様、クリミア。骨がミシミシ言っている気がするが、私もちょっとうれしいので引きはがすことなんてせずに、クリミアの肩ごしにピーターに視線を移した。するとピーターはさっきの天使オーラを完全に消し去り、ぼりぼりと頭を掻いていた。
「……皇太子殿下とか痒すぎて笑う。……はぁー、喋りすぎて疲れた」
「なんて?」
「すみれこ、こいつの顔好きなのかもしれないけど、中身カスだから。気をつけな~~~。すみれこは男見る目なさそうだし~~~~」
う~~~~~んそれは正解。元彼もそうだし、歴代彼氏も軒並み最低男ばかり。
さっきまで泣きそうになっていたピーターは「……だる~」と言いながら歩き出した。そして、それに続くようにクリミア、そして私も歩き出す。理不尽にも無理やり始まったこの任務、悪い事だけではないのかも?とちょっとだけ思ったり。
「……怪力女と貧乳チョロ女かぁ……」
「貧乳関係ないだろ」
「私はすみれこの貧乳好きだよ!!!!!!!!!」
「クリミアうるさいって!!」
思わなかったり。




