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魔王と嫁と彼女と作者、あと色々  作者: カフェ東雲
第二章:魔王の領土
7/10

1:いってきます

 魔王城付近にあるとある村で起こった不審な事件調査に不幸にも私が同行することが決定したのが昨日の話。あの後、王子が遠出をしており帰還までに少々時間がかかりそうだったこととや、その時すでに日が傾きかけていたこともあり、結局調査へは王子が合流できる翌日、つまり今日出発することになった。


 ちなみに、私は昨日の晩は悟君の勧めで、パン屋さんを経営するミアさんとその従業員である悟君の住むお家に泊まらせてもらうことになったのだが、その際に自分の屋敷においでよと駄々をこねるクリミア様が地団駄で地面を抉ったり、クリミア様が「いいなあ!!!!!」と叫んだ声で飛ぶ鳥を落としたり、クリミア様が「ずるい~!!」と喚き王城の塀を殴りつけ穴をあけたりなど、本当にいろいろあったがとても長くなるので割愛させてもらおう。あえて一言いうなら、近日中に王様の胃にも穴が開くんじゃないかな。


「董子ちゃん、すぐに出発するのかい?」


 朝食後、悟君がお店の開店準備のために出てしまうと、ミアさんは心配そうな顔で焼き立てのラスクを出してくれた。焼けたパンと砂糖の香りが、朝食で膨れたお腹をも刺激する。昨日の夜ごはん、そして今日の朝食。食べてみて分かったが、ミアさんの料理、特にパンは絶品だった。あのふわっふわの食パンの口に入れた時の感触はきっと二度と忘れない。ふわっとして、しっとり。マーガリンやジャムを塗っていないのに、そんなものは邪道だとでも言わんばかりにパン本来の風味が口の中に広がっていくあの瞬間の幸福感。あんな美味しいものは初めて食べた。きっと、いや絶対この焼き立てのラスクも時代変革レベルで美味しいんだろうな。

 あまり食にこだわりがない私が、朝食の直後にもかかわらずつい手を伸ばしてしまうほどにミアさんのパンは魅力的なのだ。


「董子ちゃんがいいっていうから悟をもう仕事に出しちゃったけど、やっぱりあの子も連れていったほうがいいんじゃないかい?」

「いや、大丈夫ですよ。もし命の危険に晒されるほどの任務だったら、王様も命じたりしないでしょうし」

「でも、急に村が壊滅するような事……。悟はあんな優しい顔してるけど、意外と動けるのよ?」


 ミアさんは心配性。それも今日分かった事だった。悟君が並々ならぬ防衛本能的何かを持っているのは、背中に目があるんじゃないかこの男事件で分かっている。

 でも、これ以上彼らに負担をかけたくないと思ってしまうのは当然だろう。急に落ちてきた私を保護し、然るべき場所に連れていってくれて、その後の世話までやってくれた彼らに更に面倒をかけるのは心がキリキリと痛む。心「ちょっと無理ですね」私「わかる」


「ミアさん、多分本当に大丈夫だと思いますよ?だって、“あの”クリミア様が同行してくださるんですから」

「そ、それもそうなんだけどね」


 流石クリミア様。あなたの人となりはこの村にも届いてるみたいです。ミアさんは「クリミア様いるから」の一言ですぐに納得してくれた。あの人何者なんだろうね……。令嬢……じゃなかったっけ……。

 果てしない美味しさのさっくさくラスクを一枚食べ、カップに残った紅茶を飲み切ると、部屋の時計の針が予定の時間を指そうとしているのに気が付いた。


「そろそろ、クリミア様が迎えに来てくださる時間かもし」

「たのも~~~~~!!!!!!」


 貴族のご令嬢直々のお迎え。身に余る待遇だから、丁重に、本当に丁重にお断りしたんだけど、クリミア様の押しの強さ(物理)とまだこの世界に慣れていないんだから!!という説得によってお願いすることになったのだ。

 時間ぴったりにドアを破壊する勢いで、やってきたクリミア様は弾ける笑顔でメイス片手にお迎えにきてくれた。……?めいす?


「ク、クリミア様、声でっかい、です」

「ん、すみれこ~おはよ!」


 彼女は昨日着ていたようなドレスは脱ぎ捨て、運動しやすそうな服にチェンジしていた。いや~美人はさっぱりした服を着ても美人なんだなぁー。……いや、待って私。目をそらしても現実は変わらない。ちゃんと現実をみなさい。あの、あの、メタリックで重量感のあるメイスを!!

 4度見くらいしたけどメイスはメイスだった。硬そうな柄頭とそれから伸びる柄。人を殴打するのが基本使用方法の武器。武器、だ。武器か~~~。


「それ、」

「さ、行こ~~~う!!!ピクニックピクニック!!」


 ピクニックじゃないって昨日散々王様に言われていたのは多分幻覚だったんだ。じゃないとあまりにも王様可哀想すぎる。涙ながらに「ピクニックではないと何回言ったら分かるんじゃああ!!いいか?!ピクニックでは!ない!!はい復唱!」と言っていたのが無駄になるなんて……ああおいたわしや王様。


 クリミア様は楽しくてしょうがないといった様子で、私の手を握り意気揚々と出発しようとする。待って待って。


「あの、私なんにも持ち物もってないんですけど、大丈夫なんですか?その、武器、とか」

「ん、ん~~~大丈夫!!さ、行こう!!!!」

「戦闘能力皆無ですけど」

「大丈夫!!!私その辺の兵士500人にかかってこられても無傷でいられる程度には戦闘力ある!!!!」


 アッハイ。


 ズリズリと引きずられていき、ちょうど玄関を出るとき、後ろを振り返るとやっぱり心配そうな顔をしたミアさんがいた。


「ミアさん、えと、いってきます!」


 そういうと、ミアさんはハッとした様子で手早く手近で綺麗な紫色の袋にラスクを目いっぱい詰め、それを持ってかけよってきた。


「これ、お腹がすいたらお友達と食べるんだよ!帰ってくるの待ってるからね!!いってらっしゃい!」


 ガサリと袋一杯のラスクを渡される。袋越しでもラスクの良い香りがした。もう一度、ミアさんにいっていきます、と言って未だに引きずり続けるクリミア様と一緒に外へと足を踏み出した。

出発までが長くなったので分けました。出発するまでにもう一話あります。

ちなみに私はごはん派。

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