1:よろしくお願いします
あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ……。
私は地面に横になっていたら空から落ちていた。何を言っているのかわからねーと思うんたらかんたら
「んなこたぁどーでもいいんだよぁああああああ」
空中現実逃避をしていても現実は回避できない。というかこれは現実なのか!?いや本当に落ちてる!ごめんなさいごめんなさい!謝るから!!妙な場所で死んでごめんなさい!!いやこれでも色々考えて死んだの!線路飛び込みは大迷惑だし、飛び降りも目撃者大迷惑だし、入水も発見者可哀想だし、アパートでは色々できるけどやっぱりアパート管理者さんとかお隣さんとかめちゃくちゃ迷惑だし、ハッッッッ!山で死ぬのも山の保有者の方に迷惑かかってるわ!!アアアアアごめんなさいいい!!大人しく山の栄養分になるからああ!!
「そんなこんなで地面への接触まであと50m!!ッ!」
眼下には目に優しい緑の草原。来る衝撃に備えてぎゅっと目をつむり、身体に力をいれたその時だった。グンッと落下する体と逆の向きに苦しいほどの風が吹いたのは。
「ンッグエッぎゃぁ!」
不思議なことにその妙な風は、相当なスピードで落ちる私の速さを完全に殺したばかりか一瞬空中に浮かせ、そのあとべしゃっと地面に落とした。それでもその高さはたかだか2mで、ケガをするほどではない。地面が見えないほど高い場所から落ちていたにもかかわらず、私はまったくの無傷だった。
ドッドッドッ、と口から心臓が出そうなほどに鼓動が激しい。落ち着け、落ち着けと内心で呟いても、手や足はがくがくと震えが止まらない。目だって一点を見つめられず、ずっとカタカタと視線が揺れる。怖かった、ああ怖かったというただ一つの感情だけが胸中に埋まっていくのを感じる。
なんだこれは、私は死にたくて死んだんじゃなかったのかよ。服毒自殺も飛び降り、この謎落下が飛び降りなのか分からないけどどちらも目的は「死」一緒だ。目に見えた死への恐怖に恐れる自分に自嘲し、うまくまわりそうもない口ではははと笑っていると、明るい声が耳に入ってきた。
「あらぁ!久しぶりにうちの村に落ちてきたわ!みんなー!落ち子よー!落ち子の子が落ちてきたわよー!あっ、あと悟呼んでおいてー!!」
あまりの恐怖心から地面に座り込んだ私に溌剌とした声で近寄ってきたのは、恰幅のいいエプロン姿の外国人女性だった。見た目で年齢を推定するのは得意ではないけど、大体30~40歳くらいだろうか。人好きのする優しい顔立ちで、思わずお母さんと呼んでしまいそうな、そんな印象を持たせる女性。見た感じではヨーロッパにいるような人だけど、とても日本語が上手だ。上手というか普通に違和感のない言葉遣い。すごい。私なんて母国語の日本語でさえあやういことがあるのに。
彼女は「落ち子」という普段聞きなれない、いや私にとっては割と聞きなれた、いやいや書きなれた言葉で私の事を指した。いやぁ、まさかね。
「お前さん大丈夫かい?ケガしてないかい?空から落ちてきて怖かったろう?」
「は、はい。ケガ、ない、です」
まだ鼓動は早く、身体も硬直しているからか、言葉も途切れ途切れ。少し恥ずかしかったけど、エプロンの女性はそれを分かったかのようににっこり笑って私に手をかしてくれ、立たせてくれた。
エプロンの女性が「あらあらこんなに汚れちゃってまあまあふふふ」と私のお尻や背中についた泥をパタパタと落としてくれているうちに、視界には入るものの結構遠くの方の川で洗濯をしていたらしき4、5人の女性たちがバタバタと駆け寄ってきた。全員エプロンの女性くらいの年齢のようで、興味津々ですと書いてある爛々と輝く目でキラキラとこちらを凝視している。
「ねえミア!この子?この子が落ち子なの?」
「わぁ本当に空から落ちてくるのね!」
「聞いた話の通り落ち子は本当に目が死んでいるのね!すごいわ!」
「私はもう随分前に落ち子を見たことがあるけど同じように目が死んでいたわ!」
「あら?そういえば悟も落ち子だったわね」
なんだか若干貶されているような気もするけど、まあいい。この最初に声をかけ助けてくれたエプロンの女性はミアさんっていうのか。
事の成り行きを静観しているとミアさんがおしゃべりはおしまいだと言うように手を叩いて女性たちを静かにさせた。きっとミアさんはこの集団のリーダーのような人なんだろう。きゃらきゃらと騒いでいた女性たちは一も二もなく口を閉じてしまった。
「さて、落ち子に興味がわいて色々質問したいのも分かるけど、習わしがある。この習わし通り、落ち子には王城に行ってもらうわ」
「おうじょう?」
「ええと、王城っていうのはね、王様が、あ、いや王様も分からないのかね、うーん一番偉い人が住んでいるところでね、」
「ミアさん多分王城自体は分かると思いますよ」
王城なんてあるんだーというつもりで呟いた言葉にミアさんがワタワタと安心させるように王城について説明しようとしていると、女性たちの後ろから「ちょっと失礼」と日本人らしき青年が現れた。さっぱりとした短髪、結構がっちりした体格、優しい印象を与える瞳としっかりした眉。ザ好青年という言葉をプレゼントしたいくらい真っ当に生きてきました優等生です感が溢れ出ている。私とちょうど同じ年齢くらいで生命力の強さがクッ眩しい。顔が好みじゃなかった例の彼氏、もう元彼か、奴もこのタイプだったわ!ッハーー苦手!!!
ミアさんはその青年を見てホッとしたようで、私の前に青年を連れてくる。ううう眩しいよお。
「落ち子ちゃん、この人悟くんっていうの。あなたと同じで落ち子の子よ。きっと力になってくれるわ」
「よろしく。悟です。多分いま何が起こってるのか分からないと思うけど、ちゃんと説明するから安心していいよ。ミアさん王城には僕が?」
「ええ。いいかしら?」
「もちろん。じゃあ、僕と王城まで一緒に行こう。改めてよろしくね」
スッと悟くんは右手を差し出してきた。ここで握手に応じないのはさすがに感じが悪いかもしれない、と私は右手の第二関節あたりまでを彼の手に当て、軽い握手を交わす。
「私、明井董子って言います。よろしくお願いします」
自分に何が起こっているのか。そして、先ほどからよく耳に入る落ち子という不穏なワード。王城まではそう遠くないから徒歩でいいか、と顎に手を当て考える悟君には申し訳ないが、ガンガン質問させてもらおう。
なにかとんでもないことが起こっているのではという嫌な予感を胸に抱いて、案内しはじめ先に歩き出す悟君にばれないように一度深くため息もとい深呼吸をする。すると「そんなに緊張しなくていいよ」なんて優等生オーラを漂わせ笑いながら数秒で振り向く悟君。なんだこいつ背中に目でもあるのか?
ゆっくり進んでいきます




