時間は、君の髪を揺らして
「時間ってさ」
「うん」
「流れてるじゃん」
りさはそう言って、ベンチから立ち上がった。
「この空間にも、今も、流れてるわけじゃん」
「そうだね」
私はその後ろ姿を眺めた。綺麗な長い黒髪が背中を隠している。
「時間って、風みたいなものだと思うんだよね」
「風?」
私が聞き返すと、りさは両手を広げて言った。
「そう、風。楽しいと速く感じるし、辛いと遅く感じるでしょ?だから、気まぐれに速度を変えたりして、吹いたり、止んだりして。」
広げた手をひらひらと、足も踊るように動かした。それに合わせて紺色のセーラー服のスカートが揺れる。
「時間が止むことも、あるの?」
私はりさの不思議なダンスのような動きを目で追いながら尋ねた。
「あるよ。たとえば」
りさはふわっと、髪をなびかせて、振り向いた。大きな瞳で私をまっすぐに見つめる。
「たとえば私が、さなのこと好きだよって言ったらさ、さなはどうする?」
形の整った唇が、好きだよ、と発音をするのにドキッとした。私は目を逸らして
「別に。戸惑うけど、どうするとかは、わかんないよ。」
と言った。
「だよねー。でも、」
「ホントだよ、本気。私は、さなが好き。」
りさの瞳が私を射抜いて、止める。
風になびいていたりさの髪がそっと、止まって、周りの木のざわつきも止まった。
音が消える、止まる。
「ね。止んだでしょ、時間」
りさは少しだけ口角を上げて言った。私から目を離さずに。
それからりさはまた私に背を向けた。噴水の方へ歩き出す。木々の声がまた大きくなる。りさの髪も、踊り出す。
「うん、今、止んだね。」
ようやく放されて、私は言う。少し声が不満げになってしまう。
立ち上がって、りさの背中を追ってついて行く。
りさはスキップで、公園の出口に向かっていた。わたしはそれを小走りで追う。
追いついて、隣に並ぶとりさは私の顔を覗き込んだ。
「嬉しい?それとも、冗談だと思って、怒ってる?」
「ちょっとだけ嬉しいと思った。けど、冗談だと分かって、悲しくなった。」
「冗談じゃないのに。」
「もう、信じられないよ。」
私はふてくされて言う。
「じゃあさ、」
そう言ってりさは、私の手を掴んだ。
「こうすれば、信じる?」
私は腹が立って、手を振りほどいた。
「やめてよ。からかわないで。」
「本当だってば。からかってなんかいない。」
そう言ってりさは手を掴んで、今度は指先を絡めた。恋人繋ぎ、とかいうやつ。
驚いて、立ち止まる。
「…なんで」
「好きだから、触れたいって思うのは普通じゃない?」
りさはニコッと笑って私の手を引いて歩き出す。
時間は、緩やかに加速する。トクトクと、私の心臓の刻むリズムも速くなっていく。
りさの手の温度が、どんどん時間を加速させていく。
りさはスキップをする。私は1歩後を小走りで追う。いつもそうしているのに、今日は手を繋いでいるから距離が近い。
好きだよ、さなが好き。
りさはそう言った。
いつまで?いつまでりさは、私を好きでいてくれる?
分からない、なら
「時間が止まればいいのに」
私はそう言って、立ち止まる。手がほどける。
「りさが、私を好きでいてくれるなら、止まればいい。」
そう、小さく呟く。言葉は風に流されて行くけど、気持ちだけコンクリートの歩道に落ちる。
「時間は、止むけど、止まらないよ。」
りさが一歩一歩、踏みしめて、振り返らずにゆっくりと歩き出す。
時間もそれに合わせるようにゆるやかに、流れ出す。
「時間は風のように吹いて、止んで、不規則に動き回って、」
くるり。りさが振り向く。
「思いどおりになんか、ならない。ぜったいに。」
そう言うと、スタスタと近づいてきて、手を繋ぐ。今度も恋人繋ぎ。
「そっか」
私は手から伝わるりさの体温を感じながら答えた。
りさは続けて言う。
「それに、止まっているさなより、動いてるさながいい。動いて、触れて、声を聞きたい。だから」
そこまで言って、りさは1度言葉を飲み込む。
私がさっき落とした気持ちが、すっと流れていく。
そしてまた、小さな口から、言葉を紡ぎだす。
「時間は、優しく、そよ風みたいに流れてほしい。私は。」
そう言って、また隣に並んで歩く。今度はゆっくり、歩幅を合わせて。
なびく髪が、りさの頬を隠す。横顔が奪われていく気がした。私は空いた手でりさの髪を背中の方へ流してやる。
そうして大好きな、りさの横顔を取り戻す。
りさはちらりとこちらを見て、笑う。
「今、そよ風、だと思わない?」
「うん。今、そよ風だよ、きっと。」
そうして2人で歩いていく。今はそよ風、きっと強風も、止んでしまうこともあるけれど、歩いていく。時間の中を、手を繋いで。