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手紙



「そう、なら順調なのね?」


嬉しそうに微笑む母にサリアナは小さく頷いて返した。

騎士団を訪問してから既に数回、グレイブと出掛けている。

その時に渡される大小様々なヌイグルミにはどう反応していいか迷ってしまうが、概ね順調に関係を築けているとサリアナは考えていた。


「お手紙も頻繁に交わしているのでしょう?」

「はい。ソルドバーレイ様はお仕事もありますから会えない時間はお手紙で交流を深めています」


サリアナが思っているよりもグレイブはサリアナを気遣ってくれている。

任務で王都を一週間ほど離れる時などは小まめに手紙を書いて送ってくれて最近ではその手紙が来る日を待っている自分がいることにサリアナは気づいていた。

真面目な文章の中に混じって部下のしでかしたドジやその土地の風景などの話しが面白く、いつの間にか引き込まれている。


「そういえば調理場に出入りしてるのですって?」

「それは、あの、はい。公爵家の娘がはしたないと怒られるのはわかっています。でも、あの方に喜んでいただきたくて……。お母様、私が無理を言ったのよグース達を叱らないであげて」

「サリアナ、確かに公爵の娘としては調理場に入るなど如何なものかと思いましたが、私の個人的な意見を言えば、あなたの気持ちはわからなくもないのよ。お母様も昔は両親の目を盗んで料理したことあるもの」

「え?お母様も?」


叱られると思い直ぐに弁明を口にするサリアナにサーシャは苦笑して自身の秘密を教えてくれた。


「ええ。私の実家は伯爵家だったし、割と自由はきいたのよ。焼いたお菓子はいつも彼女のお腹の中だったけれど」


クスクス笑うサーシャは驚いて目を瞠るサリアナにあの人には秘密よ、と口元に人差し指を立てて言った。


「お父様は知らないのですか?」

「あの人にお菓子を焼いたことなんてないもの」

「え?一度も?」


サリアナの問いに母は静かに頷いて返す。

母がお菓子を焼けると知ったらきっと黙っていないだろう父を思い浮かべ、五月蠅い事になりそうな予感がして、此処は素直に従っておく事にする。


「ねぇ、サリアナ」

「はい、お母様」

「どうしてあの人にお菓子を焼いたことがないのだと思う?」

「え、っと……」


あの時の母はも父も幸せそうだったし仲も良かった。

お菓子が焼けると知っていれば毎日でも父は母に強請っていただろう。

サリアナの知らない所で既に仲違いは始まっていた?それとも、父が面倒で黙っていた。

悩みだすサリアナを見てサーシャは楽しそうに笑った。


「サリアナ、そんなに難しく考えていては答えには辿りつけないわ」

「お母様?」


サーシャは不思議そうに見てくるサリアナに優しく微笑んだ。





母の部屋を辞し、サリアナは先ほどの会話に頭を悩ませていた。


(難しく考えてはいけないって、どういう意味かしら。お母様がお父様にお菓子を焼かない理由ってなにかがあるってわけじゃない?うーん、わからない)


自分の部屋に戻る途中、窓から外に居るマリアを見かけ足が止まる。

何かを大事そうに抱えるマリアは一人でいるようだ。

周りに侍女も従僕の姿も見えない。

屋敷の敷地内だから危険はないとは思が、もし何かあった時マリアの身の安全が保障されていないのは良くない。

サリアナは窓を開けマリアの名前を呼んだ。


「マリア、そこで何をしているの?」


いつもなら元気よくサリアナの声に応えるマリアは肩を大きく跳ねさせて振り返った。

その反応に逆にサリアナが驚いてしまう。

大きく見開かれた瞳は姉の姿を視界に捉えると、少し戸惑った表情をしてから笑顔に変わる。


「何でもないわお姉様!」


にっこりといつも通り笑うマリアにサリアナは少しの違和感を感じたが直ぐに気の所為かと考え笑い返した。


「それなら良いのよ。でも、一人で外に出てはいけないわ。今度は誰か供をつけなさい」

「はぁーい」


ぶんぶんと手を振って屋敷の中へと戻るマリアを見送りふと、視線を上げたら塀の向こう側に誰かいるのが見えた。

目を凝らし誰が居るのか確かめようとすると隠れてしまったのかどこかへ行ってしまったのか、見えなくなってしまった。

今のは誰だったのだろう、街の子どもが興味本位で貴族の家を見に来ることもあるので判断しにくい。

見張りの者に少し言っておいた方が良いのだろうか。

窓を閉めてどうするか悩んでいるとレイルがやって来た。


「姉様、どうかしましたか?」

「レイル、いえ、なんでもないわ」


今から座学の勉強の時間なのだろう、レイルの手には分厚い本があった。


「今から何の授業なの?」

「歴史です。さっきまでは剣術の時間だったんですけど、ラウから一本も取れないんです。少しくらい手加減してくれてもいいのに」

「あら?レイルは手加減されて勝っても嬉しいの?」

「う、……れしくないですけど」


少しの葛藤を感じさせる間を開けてレイルは唇を尖らせて拗ねた仕草をする。

その様子にサリアナは可愛いと思う気持ちと可笑しいと思う気持ちに負けて笑ってしまい、ますます拗ねた態度になる。

サリアナは拗ねるレイルの柔らかな金髪に手を滑らせ優しく撫でた。


「大丈夫よ、きっと上達してラウなんか直ぐにやっつけちゃうわ」

「もちろんです。僕が姉様たちを守るって決めてるので」

「レイル」

「……姉様、だからあんまり一人で背負いこまないで下さいね?」


レイルの言葉に何も言えず黙ってしまうサリアナにレイルは真剣な表情で続ける。


「僕だって男ですよいつまでも守られてばかりじゃないですから。それにロンブル家の次期当主ですし」


まだ小さい弟だと思っていたのに、いつの間にか成長していたレイルにじっとりとした汗が背中に流れた。

嬉しい筈のおレイルの成長に素直に喜べないサリアナはぎこちなくならないよう気を付けて笑った。


「ありがとうレイル。その時が来たら、頼らせてもらうわ」

「はい」


レイルは嬉しそうに笑って時間が来てるからと足早にサリアナの元を去って行った。

その背を見送りながら言い知れない不安に襲われる。


「……」


いつまでもその場に立っているわけにもいかない。

普段より早い足取りで部屋に戻ったサリアナをソファーに座る大きなクマが出迎えてくれた。

他にもベッドには猫、違うソファーにうさぎと犬。

大きさはクマよりは断然劣るが今やサリアナの部屋に居座る同居人だ。

倒れ込むようにクマに抱き着き、テーブルに置かれた新しい手紙に気づいた。

一昨日、任務で王都を離れることになったと書かれた手紙を受け取ったからたぶん、グレイブからのものだろう。


「こんどは、なにが書かれてるのかしら」


この前の手紙には仕事の合間に手紙を書いていたらそれを部下にからかわれて、手合せの時に手加減が出来ず斬りそうになってコーリエに怒られたとあった。

最初は驚いたが部下にからかわれて恥ずかしかったのだと書きた足された文に気づいた時は可笑しくて笑ってしまった。


「王都に戻ったら公園の散策にでも行きましょう、ね」


手紙に書かれた一文にサリアナは少し考えてから立ち上がる。

汚さないよう手紙を丁寧にたたみ直して部屋を出た。

向かう先は調理場だ。


「今度はもっと手の込んだ料理を作って食べさせれば心も胃袋も鷲掴みね!」


意気込むサリアナに近くに居た侍女たちはどうしたのかと視線を向けたが声をかけるものはおらず、楽しそうに思案するサリアナを見送る。


(男の胃袋を掴んだものの勝利と前に読んだ小説に書いてあったし。ミラも否定しなかったもの、どんどん握り潰して見せるわ!)


この後、サリアナの襲来に違う意味で胃を掴まれたような思いをするグースは夕食の準備をしながら悪寒に身を震わせていた。





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