秋にはモエとコーヒーを
モエは僕より先に店を出て、通りで携帯をいじって時間を潰している
お店のマスターとの世間話が終わり
ガラス扉をあけるとキンモクセイが秋風にのって香った
ゆっくりと彼女の後に立つと気配に気付いたのか振り返り
少し首をかしげ上目遣いで、いたずらっぽく僕を睨み
何も言わずに駅前の通りを歩きはじめた。僕も彼女に続く
数日前と比べると今日は幾分、暖かい
随分と大人しくなった日差しが駅前の通りに差し込んでいる
連休最終日だが、昼過ぎの駅前通りは
昼食に出てきた人、日用品を買う人、都心にこれから出かける人達で
日曜日の同じ時間帯より混み合っている
歩いている歩道は車道の脇に申し訳程度に作られているため道幅は狭く
僕は彼女の少し後ろに一列になる形で歩かなければならない
向かい側から轟音と共に歩道の脇を大型トラックが猛スピードで走り抜けていき
彼女の肩まである茶色の髪が乱暴に後ろに引っ張られるような形で巻き上げられた。
「もう最悪、せっかく整えてきたのに」
排気ガスの化学的な臭いがした後にかすかに彼女のシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる
「で、今日買った豆は何処産なの?」
髪を乱された苛立ちを振り払いたいのか後ろを振り返り
つっけんどんな口調で聞いてきた
「今回仕入れたコーヒーはアフリカ産のモカ
前回のコスタリカ産は酸味の強さがどうしても
好きになれなくて今回はアフリカ産を試してみたんだ」
「ああ、そうなの」
たいして興味もなさそうな返事をした後彼女は、また歩きはじめた
僕のアパートの前にくると最近住み着いた子猫が
2階の階段を上がった所で日向ぼっこをしていた
モエは子猫を発見すると 「わぁ」 と歓声をあげて階段へと向かう
膝上のワンピースに黒のロングブーツが
秋の空に渇いた音を響かせながら階段を駆け上がっていく
コーヒー入れとくから先 中入ってるよ僕はそう言って
自分の部屋に向かう。鍵を開け中に入り荷物を置いてお湯を沸かす。
コヒーミルのハンドルをゴリゴリと回し
駅前で買ってきた豆を挽く。挽いた豆をパックに入れてお湯を注ぐと
部屋の中にコーヒーの香ばしい香りが立ち込める。
入り口のドアが開き 子猫可愛いねぇ モエはそういってロングブーツを脱ぎ捨て
部屋に入ってくるなり、うちにある雑誌を物色しはじめた。
「誰か餌あげてるみたいで最近住み着き始めたみたいなんだよね」
「あっカイラスあるじゃん私もコレ好きなんだよね」
僕の話などまったく聞いていない
コーヒーを淹れ終えキッチンから部屋に入ると
ベランダに繋がる窓から午後の淡い日差しが
ソファに座って雑誌を読むモエの茶色い髪を透かしていた
秋の光の中の彼女の横顔に一瞬見いってしまい、はっと我に帰る
「お待ちどう様、コーヒーできたよ」
雑誌から視線を僕に移し
大きな瞳をひときわ大きくパッと開いて
「コーヒーのイイにおいがする」 といった。
彼女のテーブルの前に淹れ立てのコーヒーを置き
僕も彼女が座っている2人掛けのソファに座る
「おいしい」といって 押切モエが僕に微笑みかけた。
2人だけのゆったりとした時間がそこには流れている
フォト
今が至福の時だということをしみじみと感じているときに
突然携帯が鳴り始めた、着信音が午後の緩やかな時間を壊す
ああ うるせえなぁ
携帯電話の音がするところを右手でまさぐる
「もしもし」
「あらぁ あんた 寝てたのねぇ~」
今までの標準語とはうって変わって場違いな鹿児島弁が聞こえてきた
え?寝てたって!あれ?あれ なんでお母さん?俺布団の中だし、押切モエは? え~え今までの全部夢かい!!
「連休も最後だし何してるかと思って電話してみたのよ。もう11時だし起きなさいよ」
普段は携帯寝る時マナーかオフにしてるのに
こんなに素敵な夢を見ている時に限って着信が鳴り強制的に
目覚めさせられてしまうなんて ああ無念
まどろみの中で押切モエと飲むコーヒーは甘美な、まやかし
目覚めを告げる母の声は受け入れたくない現実。