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ローズフォース  作者: DA☆
Procedure 4 桜霞
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4-16

 最後の一歩を踏み出そうとした瞬間に、ゆきのが初めて制服を着たときのまぶしい笑顔があたしの脳裏をぱっと駆けめぐった。『私、これを着て毎日学校に行くんですよ!』あたしには理解できない不可解な表情が、あたしの心の奥底に刺さって抜けないでいる。


 イエスと答えれば、確かにゆきのは学校へ通うことができるだろう。でも、あの表情を維持することができるだろうか。


 そう考えたとき、あたしの思考がさっと陰陽に分かれ、激しく衝突した。あたしはひるみ、身動きが取れなくなった。


 陽、というより躁の感覚───生者になれたなら、ローズフォースという変身ヒロインが、現実世界に飛び出していくわけだ。ふざけた話だ。ちょっと恥ずかしいな。でもそれが、今あるさまざまな不満や苦痛を解消するための代償だというのなら、あたしにはそれが受け入れられそうな気がしていた。


 蘇えるというのはどういう感覚なんだろう。いつか映画でやってた。あたしの周囲にいた人たちに、受け入れてもらえるんだろうか。……死の悲しみを受け入れることのできる人たちに、蘇生の当惑を受け入れることなど造作もないような気がした。日常生活する姿を見せることができれば、案外すんなり元の鞘に戻れるだろうと思った。


 陰、というより鬱の感覚───元の鞘だって? とんでもない。異星人が見え、人々が怯え、攻撃したりされたりするのが日常になるのだ。地球人類が地球人類全体の責任で引き起こす滅亡からは救われるかもしれないが、その過程で少なくない多数の人々が傷つき、死に、苦しむことになるだろう。戦闘の最前線に立つあたしたちは、その責任を少なからず負わなくてはならない。あたしたちはそれを目指すのか?


 戸籍を取り戻せば、あたしは元の鞘に戻れるかもしれない。けど、その鞘は元の形とまるで違うんじゃないのか。友がいて、親兄弟がいて、そして命があったとしても、あたしたちはその世界の中で素直な気持ちで笑っていられるのか。


 病気との闘いに敗れ、学校へ通うという最大の望みを絶たれ、けれどどういう運命のいたずらか、もう一度チャンスを与えられた。ゆきのはそう思っている。彼女が、チャンスを失う可能性───つまり、ロウシールドを消滅させ、地球を戦火で覆うことを是とするだろうか。ありえない。彼女は既に選択した。彼女にとっては、学校へ通う日常という個人的な欲望が満たされるなら、地球が滅びようとどうなろうと知ったことではないのだ。


 あたしはクリスタルに尋ねた。「もしもロウシールドを破壊して、正義の味方として戦うときになったら……あたしたちの日常は維持されるのか?」


 「維持される日常が必要なのか? 俺には理解できんな」クリスタルは即答した。「ロウシールドを破壊した後どうなるかは、俺にも見当がつかない。だがロウシールドが失われて地球人が君たちの存在を知った後は、変わりゆく世界が君たちの日常をも変えていくだろう。正義の味方には正義の味方なりの日常ってのが、あるんじゃないのか」


 冷や水を浴びせられた気分だった。説明書の中で、いちばん大事なことはいちばん細かい文字で書いてあるってところか。


 ……クリスタルの言葉が正しいと思う。あたしたちは、今すぐにクリスタルに従うべきなんだ。地球の滅亡を阻止し、未来を拓くのだ。今まで多くの大人たちに聞かされてきたオブラートにくるまれた嘘じゃなく、本当にあたしたちにしかできない変革がそこにある。それはとても望ましいことなんだ。恐怖を乗り越え、勇気をもって変容する日常を受け入れるべきなんだ。


 でも、不安でたまらなかった。ゆきのの選択が正しいような気がした。それと違う意見を持っている自分は、何か大事なことを見落としているような気がした。考えても考えても、頭の中がまとまらなくなった。


 どうにかひとこと、声を絞り出した。


 「この話を断ればどうなる?」


 「それなら君たちはブルーローズが所有する道具のままだ。そして、ブルーローズは俺たちの敵だ。俺は君たちを敵と見なさざるをえない。


 それに、俺はこの星でなくてもかまわない。地球人自身が滅亡の回避を望まず、しかもブルーローズが十分な戦力をもって対抗して来るというのなら、俺はこの星に拘泥するつもりはない。崇拝は、精神が多数集合している場所ならばどこでも画策できるからな。


 つまり、君たちがこの申し出を断るなら、俺はブルーローズが言うとおりの悪党として、さっさと資源をいただいてずらかる。


 俺の用意した選択肢は、君たちのためだけにある。君たちが自分の未来をどう考えるのか、そしてこの地球という星を救いたいか、それだけの気持ちを聞かせてくれればいい。逆にいえば、───君たちが望まないなら、地球は滅びる」


 イエスと答えるべきだと思った。すぐに。けれど言い知れぬ不安が喉を固く閉ざすままだった。


 あたしたちは籠の鳥だ、と考えたときのことを思い出す。あたしは一連の話を、サンフラワーの用意した籠からクリスタルの用意した籠へと移ることのように受け止めていた。


 違う。サンフラワーたちは、あたしたちをモノと呼び犬と呼び、その籠の中にいればいいと言っている。クリスタルは扉を開き、その外に、自己責任と自己判断が必要な未知の世界があることを教えてくれた。


 そしてあたしは今止まり木にしがみついている。飛び立つかどうか、決めなくてはならない。


 飛び立てばいいじゃないか。けれど、あたしは恐怖が増幅していくのを止めることができなかった。何か根本的なところに見落としがあって、そこからすべての理解が間違ってるんじゃないかって、テスト終了五分前みたいな感覚が強くあたしの後ろ髪を引っ張った。


 ゆきのや、さおりや、めぐみのことを想った。当然のことでもあったし、自分の意気地のなさを彼女たちのせいにしているとも思った。あたしにはしょせん勇気がないんだ。勇気が。


 「……あたしだけじゃ、決められない」


 「すぐに答えろとは言わないさ。仲間とよく相談するがいい。だが、ふたつ約束してほしいことがある」


 「なんだ?」


 「ひとつは、この話をサンフラワーに伝えないこと。もうひとつは、期限を切らせてもらうということだ。


 わかると思うが、ブルーローズやサンフラワーは決してロウシールドの破壊を認めない。なぜならブルーローズは法や権利意識に隷属するだけの存在だからだ。その下位精神体であるサンフラワーも(しか)りだ。


 あいつらに相談するのはムダだし、もしも知ったら、おそらくは君と俺との接点を奪う行動に出るだろう。いぃや知らなくたって、動けるようになったらブルーローズはまた俺たちを追いかけ回すに決まってるからな。


 あいつらに動かれるのはごめんこうむる。特に、ブルーローズの復旧まで待つことはできない。


 二週間だ。二週間待とう。それ以上は待てん。


 色よい返事を期待しているが、期限が過ぎたら、残念だが俺は地球の資源を奪ってずらかる。さっきも言ったが、俺は別にこの星でなくてもいいんだ」


 クリスタルは、社長クリストファー・ピーターズバーグ名義の名刺を差し出した。携帯電話の番号も記されていた。「気持ちが決まったらいつでも電話をくれ」



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