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ローズフォース  作者: DA☆
Procedure 4 桜霞
76/140

4-14

 ヌガーと戦った後で、奴が現れたときのことを必死に思い返していた。あのときクリスタルは何と言った?


 彼は、今と同じ真剣な口振りで、あたしたちをモノでなくヒトとして扱う、と言った。生きた人間に戻れる、と言った。


 そして今、あたしは人間として語りかけられていた。真実かもしれない。嘘かもしれない。真実とも嘘ともつかない誇張かもしれない。選ばれたこの場所の雰囲気、与えられた似合わない衣装、白人の姿のクリスタルが繰り出す流暢な日本語、違和感と不信感を増すいくつもの障壁はあったけれど、人間同士の会話には違いなかった。そう、あたしは今だまされようとしているのかもしれない、でも、犬に本気になる詐欺師はいない。


 疲れた頭で、彼の言葉をすべて聞き取り真偽を判定しようとしていた。その言葉は耳に入れる価値がある、その意味で、あたしは完全にクリスタルを信頼していたのだ。


 「俺には、君たちに頼みたいことがある。いや、頼みたいというのは正しくないな。俺は君たちが今すぐすべきことを知っている。


 それは君たちにしかできないことだ。君たちにとってあらゆる意味で有益なことだ。そして俺は君たちにそれを今すぐ実行すべきだと勧告する。実行のために必要な協力は惜しまない」


 真剣なのは口振りだけではなかった。クリスタルはまっすぐにあたしを見ていて、あたしは何度も視線をそらさなくてはならなかった。あたしは今まで、そんな瞳で見られたことがない。


 君たちにしかできないこと───そんな嘘に何度だまされてきたろう。生きていた頃のあたしは結局、お手盛りの可能性、道徳的な未来、マーケティングに基づいた夢と希望、子供という子供に一様に与えられるそんな正義を一様に受け取っていた。それはいつも、あたかも自分だけに特別な何かを託したかのようなオブラートに包まれている。


 あたしにしかできない、あたしのためだけの、あたしが今すぐ実行すべき未来に向けた行動、そんなものはこの世にはないんだって、いつ頃からか割り切っていた。そういうキャッチコピーがついていても、ほんとうは誰にでもできて、あたしよりもそれを上手に小器用にこなせる誰かが必ずひとりはいることだった。


 ローズフォースだけは、確かにあたしたちにしかできない。でもそれは、あたしたちが死んだからだ。死んで、地球上にたった四つしかない道具になったから。精神体たちにとっては、より優れた高機能な製品に置き換えの可能な、モノとしての価値だ。


 けれどクリスタルは、ヒトとしてあたしたちに呼びかけているのだという。


 「レッドローズ」クリスタルは厳かに言った。


 「……なんだよ」


 「地球が滅びることは、知っているね」


 「ああ、……サンフラワーに聞いた」


 「ならなぜ、何のために戦う? 君たちが戦う理由など、何もないだろう」


 「理由があって戦ってるんじゃない」あたしは答えた。「今のあたしたちは兵器なんだ」


 「それで本当にいいのか? ブルーローズやサンフラワーの言いなりで?」クリスタルは肘から先をカウンターに置き、身を乗り出してあたしに問うた。「君たちは兵器である自分から抜け出したいとは思わないのか?」


 「何が言いたい?」あたしはクリスタルに反問した。「誘導尋問は願い下げだ」


 「君たちは生きた人間に戻りたくないのか、ということだ。つまり───生き返る可能性があるということだよ」


 「冗談だろ? 死亡届が出て、葬式をきっちり済ませた。それはもう届かない望みなんだって、叩き込まれるだけ叩き込まれてるよ」


 「いぃや。たとえ死亡届が出され、一時戸籍が失われても、ほんとうは生きているとわかれば戸籍は回復できる。現実に、失踪者がひょいと戻ってきた場合にはあることだ。君たちにも適用できるだろう。紙に書いてあるだけの日本の戸籍は、運用は固陋(ころう)だが、ばかばかしいほどの柔軟さを含んだ優秀なシステムだ、望みはある」


 「でも、もうあたしらはサイボーグで、適用されるのは宇宙法だ。違うか?」


 「そのとおり。だから問題は宇宙法をいかにクリアするかなんだ。つまり、ロウシールドなんだよ。ロウシールドの束縛さえ破れれば、君たちは生き返ることができる。そしてそれは、地球という星が滅亡の運命から逃れる可能性でもあるんだ。


 生き返ることと地球を救うこと。それはどちらも、ロウシールドの束縛を破るという目標を達成すれば実現する。どうだ、心から望んで挑む目標だと思わないか?」


 あたしは首をひねった。「そうかもしれないけど、……意味がわからん。なんでそうつながる?」


 クリスタルはここぞと身を乗り出してきた。「サンフラワーは何と言った? ───きっとこう言ったはずだ。地球は滅びる。そのことに我々は介入しない。地球が滅びるならそれは地球自身の問題であることを明確にしなければならない」


 「あぁ、確かにそんなことを言っていた」


 「地球が現状のままなら五〇年後に滅びることは俺の試算でも間違いない。だが、逆にこうも言える。我々が介入すれば地球が滅ぶ確率は一〇〇パーセントではなくなる。


 介入を阻むもの、それはロウシールドだ。ロウシールドによって地球と宇宙は隔てられている。ロウシールドが、君たちの死を定義するとともに、地球の滅亡を不可避にする根拠となっている。ロウシールドは、君たちも含めて地球のあらゆるものを束縛する、巨大な枷なんだよ。


 ロウシールドを発生させるシステム、ロウシールドユニットを破壊するんだ。そうなれば、ロウシールドによって歪められている虚像がすべて白日の下にさらされる。その意味がわかるか?


 地球上のすべての天体望遠鏡に新たな映像が映る。この星が全宇宙の垂涎の的であり、無数の宇宙船に十重二十重に取り囲まれ、狙われている状況を地球人は知る。異星人たちが所有する、地球の水準をはるかに超える道具、能力、あるいは武器が見えるようになる。連中の武器は、ロウシールドの制御を受けぬままに飛び交えば、地球にとって強力すぎる代物だ。文明を破壊し、命を奪うだろう。悪意のある異星人が襲ってきたように彼らの目には映るに違いない。


 地球の全人類は、焦り、恐怖し、怯懦に震えるだろう。しかしわずかな勇気ある者はその侵略行為に対し反旗を翻すはずだ。我々から見れば蜂の一差しにもならない貧弱な兵器を振るい、地球に降下する者に、あるいは宇宙空間の船団に攻撃を加えるだろう。


 そのもがきが向上心となり技術の躍進へと結びつくなら───もしかしたら地球の文明は、外宇宙に飛び出し、異星人や我々精神体とコミュニケーションを取れるまでに向上するかもしれない。地球文明に介入する行為の是非はともかく、そうなれば、滅亡とみなすための前提は崩れる。アセスメントの結果は破棄され、いつか地球はこの巨大な銀河のコミュニティの一員として迎え入れられることになるだろう。地球は惑星国家としてひとつに団結し、再び繁栄への道を歩み出す」


 「それってさ」あたしは口を挟んだ。「『インディペンデンスデイ』だ。戦争をやりたがる強い国の理屈だ」


 「他人事のように言うね」クリスタルはにやりとした。「なら考えてみろ、今この星でいちばん強いのは誰だ? ───君だよ、違うか?」


 あたしはぞくっと何かが背筋を駆け上がるのを感じた。


 「いま現在、宇宙法の存在と対抗できる能力を持っている人間が他にどこにいる? 君たちだけだ。君たちにしかできないんだ。恐怖する地球人たちの前で、君たちが反旗を掲げ、異星人との戦闘の最前線に立つんだ。そうすれば、この未熟な文明しか持たない地球という星にも、勝機が見えてくる。君はその強い理屈を、胸を張って宣言していいんだよ。


 地球を滅亡から救うため、地球人類を理性ある向上に(いざな)うため、地球全土を心理的に掌握することこそ、君たちの究極の使命なんだ。何より重要な、君たちにしかできない君たちの仕事なんだ。力強い向上心で宇宙に近づく努力を、全人類に求めていくんだよ。


 わかりやすい言葉でたとえるならば───君自身が、『希望の光』になるんだ。地球に迫り来る悪の異星人と戦い滅ぼす正義の味方さ。───死んだはずの美しき乙女たちが、地球を守り戦うために再度生を得て蘇る。ドラマチックだろ?」


 「……ローズフォースを、そんなふうに……」思ってもみなかった視点に、あたしはほうけた顔でクリスタルを見つめた。


 「どっちがいい? ブルーローズに兵器として扱われ、生まれ故郷である星の滅亡をなすすべなく見つめるのと、この俺とともに正義の味方として戦い、この星を滅亡の危機から救えるかもしれない可能性に賭けるのと。……俺なら、迷わないがね」


 「サンフラワーは、『個人が星の未来に口を挟むことはみっともないことだ』って言ってたけど……」


 「それは、サンフラワーが間違っている。じゃあ誰が星の未来を決める? 未来がある以上、そこに起きる出来事は大なり小なり誰かが実行していることだ。その実行者が君であって悪い理由は、何だ? ない、そんなものはない。まだ決まっていない未来があるなら、君が決めればいい。誰かが決めてしまった未来があるなら、君が塗り替えればいい。君はそれができる存在なんだ。だったらなぜそうしない?」


 あたしは……そんなものすごい存在になれるんだろうか。あたしは顔を伏せた。クリスタルが言葉の中にちりばめた魅力的なフレーズが、何度も繰り返し頭の中に響き渡った。突拍子もないけれど、なんだかものすごくいいことのような気がした。不安も大きかったけれど、好奇心というか期待感というか、何もしないでいるよりは、嘘っぽく突拍子もないことであっても、目的を持って何かできるという選択肢に心ひかれた。


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