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まさか、ガクシュウしたことがイザというときにほんとうに役立つなんてさ!
シトリンは今度もためらいなくトリガを引いた。光弾が、雨とともに雨あられと降り注いだ。「ほら、こないだみたいにあたふた逃げてよ!」足の先に、脇の下横に、嘲笑うかのように続けざまに着弾する。……いや、本当に狙いが外れてるのか?
いやさ、油断禁物ってな、今さらそんな攻撃にあたふたするものか! あたしは肩からローズアームズを取り出すと、シールドに変形した。ショットの威力は百も承知、透過してもたかが知れている。
最初で最後のチャンスだと思った。あたしはシールドを前面に押し出し、ショットの光弾を受け止めながら、上空のシトリンに全速力で突っ込んでいった。予想していなかったのか、シトリンははっと体を硬直させ、射撃の構えを解くのが一瞬遅れる。一瞬で十分、あたしはアームズを放り捨てると、彼女のショットを持った腕を両手でとっ捕まえた。そこで垂直方向の動きを止め、しかし勢いを利用しスラスタの力も借りて、ハンマー投げのようにシトリンの体をぶん回す。そして遠心力にまかせて勢いよくシトリンを投げ飛ばした。───ビルの、灯りのついている窓に向かって。
雨天時の戦闘に関するサンフラワーのレクチャー。それは───雨、雪、強風といった荒天時は、たとえロウシールド内にいたとしても、地球人に認識されうる距離に近づいてはいけない。
サンフラワーが例示したシチュエーションは地面ぎりぎりの話で、人混みの中や横断歩道上、というようなことだったが、応用を利かせればこういう芸当もできるってことだ。
ロウシールドの向こう側、ビルの窓の内側では、背広姿の誰かが窓際に立って、缶コーヒーを手にビルの外を見つめていた。おそらくはビルのテナントである企業が、休憩か喫煙のためにフロアの一角を区切っている、そんな部屋の窓だった。背広氏は少しいらだたしげで、急に降ってきた雨を見ながら、これが果たしてやむものか、あるいは傘なしに帰れるかを算段しているようだった。
もともとロウシールドによって、あたしたちの姿は背広氏には見えない。しかし雨粒は、彼の認識しうる範囲内においては、自然に降っているように見えなければならない。彼が、雨粒が存在するあるいは窓を打つ滴があると認識するのならば、たとえ液体であろうと、その動きは決して阻害されない。あたしが棺の台車に踏まれたのと同じ理屈で、雨粒はシトリンの体を貫くのだ。
「あ?!」シトリンの動きが止まる。彼女は今、針の雨にさらされているも同然の状態になった。彼女に痛みはないだろうが、動きが自由にならない戸惑いはあるはずだ。「これ……、な……?!」そもそも、シトリンには何が起きたかわかっていないようだった。彼女もロウシールド内でしかも雨天の戦闘は初めてだろうから、さもあらん。もっとも、今日の天候が雪や霧なら、この位置のあたしだってどうだったか。
「逆転だ、チクショウ」今度はあたしが憎まれ口を叩く番だった。展望が開けて、脳みその表層にこびりついていたネガティブな憤りが、いくらか溶けて流れていくのを感じた。「ショットがシールドで防げることも、人間様に近づいたら危ないってことも、モーリオンに見せてやったことだぜ? おまえら、話し合ったりしないのかよ?」
「モーリオン? あんな奴の話、しないでよ」意外にも、苦痛を感じるはずのないシトリンの表情が歪み、はっきりとした嫌悪を見せた。どうやらモーリオンとは、目を合わすことさえ拒んでいるようだった。
「……ずいぶんと嫌われたもんだな」
「あんたらなんかに負けたくせにね。クリスタル様、あいつに妙に甘くってさ」
「そりゃあ、負けて逃げたからって見捨てるわけにもいくまいよ」あたしは言った。「クリスタルとモーリオンは表向きビジネスパートナーなんだろ」
「あんた、アメジストとおんなじこと言うのね。フユカイよ」シトリンの顔がなお歪んだ。「あんたも、モーリオンも、アメジストも嫌い───ビジネスなんて、あたしにカンケーない!」
「そりゃあ、キャラのオイシイとこだけ選んでオタノシミな奴にゼニカネの話はいらんだろうさ!」
「ウルサイッ!」シトリンは金切り声をあげた。
今まで動揺していたのはあたしだったのに、このやりとりで心理的に一気に逆転したようだった。あんなにあたしをビビらせていたくせに、シトリン自身も、ずいぶんともろいもんだな?
西の方では雲が切れ、急速に雨は弱まりつつあった。通り雨だということはわかっているし、いつ背広氏の休憩が終わるかもわからないのだ。早めにケリをつけなくてはいけない。
雨が弱まって体の自由が利き始めたのに気づいたのか、シトリンが大技の準備を始めていた。攻性粒子の凝縮球シトリンスターを、頭上と両手、三角に配置されるように同時に発生させたのだ。……大技かもしれなかったが、ドのつく隙でもあった。すべての星がビーチボール大まで成長するには、それなりの時間がかかったからだ。
この隙を逃す手はない。シトリンが少なからず動揺している今を逃す手はない。奥の手を使うときだ。駐輪場の状況はわからない、だが、あたしはこのタイミングに賭けた。
「Climbing, Red Vine!」あたしは叫んだ。
……何も起こらない。また、ダメなのか? いや……今度は、光の粒子が少しずつあたしの周りに集まってくるのがわかる。駐輪場まで距離があるから、スプラウト化するまでにタイムラグが生じているのだ。完了までの数秒が数時間に感じられた。
背広氏が窓に背を向ける。シトリンを束縛する檻が解ける。
「シトリン・トライスター!」
同時に、三つの光球とともに、しゃにむにシトリンが突っ込んできた。くそ、間に合え!
……祈った瞬間に、繭が発生した。粒子に変わり取り込まれたヴァインが、繭の中で躍っている。三つ星をまとめてあたしにぶつけようとしたシトリンは、生じた繭に激突し、弾き飛ばされた。
クライミング時の繭は変身時と同じもので、防性粒子で構成されている。それは、うまく使えば、一瞬の間、全方向からのあらゆる攻撃を、衝撃すなわち苦痛を受けることなく防御できるという意味でもあった。防性粒子の減少と、繭発生中は自由に動けないからその後の主導権を敵に渡すというリスクはあるが、覚えておいて損はない。なるほど、クライミングはタイミングだな!
繭の中に光の輪が生まれ、それらが一気にあたしの体を駆け上がる。体を覆う装甲の厚みが増していく。防性粒子が追加され、目の縁で明滅し続けていたHPギリギリの警告が消えていた。
心なしか小さく元気なさげに見えた薔薇飾りも、再び大輪に咲き誇っていた。頭の端々まで澄み渡って冴えてる───よし、もう少しやれそうだ。
「何よ、ソレ!」シトリンがまた突っ込んできて、あたしの目の前で突然ワープをした。また背後を取る気か? いや───今度は真下! シトリンの攻撃が、きちんと読める。読んだ後反応して、構えを取れる。ワープアウトの一瞬のタイムラグを、逃さずに行動できる。
シトリンが上下左右から連続して繰り出す攻撃を、あたしはすべて防ぎきった。最後のかかと落としを、足首をつかんで受け止め、そのまま真下に投げ落としてビルの底に叩きつけてやったとき、あたしは自分の反応速度が上がっていることをはっきりと実感した。心理的な敗北感もかなり薄れた。自分のできる範疇で───五分五分の身体能力で組み討つケンカなら、あたしはどうにかしてやるんだ。




