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ローズフォース  作者: DA☆
Procedure 4 桜霞
69/140

4-07

 マンションに戻り、いつもの革ジャンを羽織ってエレベーターで地下へ降りる。レッドヴァインは、砂埃や蜘蛛の巣がかかったままの、掃除のされていない蛍光灯に照らされていた。あたしは赤いボディに跨ると、気が滅入る暗さから急いで抜け出した。


 久しぶりの町乗りは心地よかった。しかし、サンフラワーの言葉がどうにも心にのしかかってきてしょうがなかった。ぬるい風を切りながら、聞かされたありがたくない宿題を振り切ろうとしていた。あぁ───この風には湿気がある。雨が、降るだろうか。


 必要かどうか示せと言われてもな。ゆきのがいないと、いろいろ困る。彼女はあたしたち四人の中で最も博識だ。その知識がないと成り立たないことがたくさんある。何より、もろもろの家事を彼女に依存しきっている。


 戦闘においても、確かに彼女はほとんど前面に立たないが、それ以外ではあたしより仕切りが上手だ。何しろ、彼女がいないとあたしたちは戦闘空域に到達することもできないのだから。


 ……でもそれは、置き換え可能な役割、か? あたしはゆきのを、便利な道具としてしか考えてないってこと?


 そんなことはない。ゆきのは必要な人だと思う。……いつも近くにいて存在を意識しない存在がどう必要かといわれても、すぐには思いつかないのが普通だろう。さおりやめぐみだってそうだし、友達、親、あるいは空気や水だって同じだ。


 だけどそれ以前に───そうやって彼女の中に価値を見出そうとするときに、なぜだかあたしはどうしてもゆきのに引け目を感じてしまうのだ。あたしには、彼女の気持ち、彼女のパーソナリティがよくわからない。うまく、折り合っていけそうにない。


 ───ゆきのの笑顔を思い出す。


 ローズフォースになったことを、「与えられたチャンス」と呼び、最も肯定的に受け入れたゆきの。学校に行きたいという欲望をさらけ出し、それが受け入れられると信じて疑わないゆきの。


 彼女は未来への期待を誰よりも強く持ち、未経験のことや知らないことにひとつひとつ取り組んで成長や進歩に変えようとしている。死体となりモノとなり永遠に閉じた時間の中で生き続けることを知っていても、それが糧になると信じている。だからこそ、地球が滅亡することを聞かされて、あんなにうろたえたんだ。


 あたしは行く先に輝きを感じない。明日も、五〇年後の暗澹とした結末も、たいして変わらないことのように思えてならない。無関心に、遠い目をして、何も変わりゃしないのに、とつぶやきたくなる。そうだ。あたしにとって未来とは、生きていた頃も死んでいる今も、繰り返される日常の延長でしかない。さして必要でもないのに、勝手にやってくる。あぁ───こんなことを考える自分に、なおさら滅入る。


 マジメに勉学して、マジメに部活動などしていれば、もっと明るい未来、あるいは、失ったことが悔しくて取り戻したくなるような未来が、あたしにもあったんだろうか。それとも未来というものは、ずっと病気だったり、虐げられたりして、初めて見えてくるものなんだろうか。


 彼女の輝く未来があたしにはまぶしく、妬ましい。前向きな彼女が正しくて、ネガティヴなあたしが道を誤っているのだ。そんなことは───そんなことは、わかりきったはなしなのだ。




 シトリンを探せったって簡単に見つかるはずもない。与えられた宿題を考えるうちに、あたしはいつしかバイクの行く先をゆきのの高校の方へ定めていた。


 ゆきのの高校があたしたちのマンションから徒歩圏内にあることは先にも述べた。マンションは駅前に通ずる路地沿いに建っており、彼女の高校は駅を挟んで対称といえる位置にある。サンフラワーがローズフォースの都合で選んだ高校のはずだが、行き帰りに徒歩で駅前商店街を通るのは、むしろ主婦業を両立するゆきのにとって好都合だった。……あのカワイイ制服でスーパーの袋をぶら下げて帰ってくるつもりだろうか。それはそれで、ゆきのらしいというべきか。


 駅近くの交差点で信号待ちをしていると、あの制服の生徒が何人も駅に向かっていく。今日は入学式だけだから、その後の各クラスの顔合わせや教科書販売の説明やなんかを含めても午前中で終わりだろう。あたしは路肩にバイクを寄せ、楽しげに行き過ぎる新入生たちの流れをバイザー越しに見た。親子で歩いていたり、あるいは同じ中学出身の者で固まっていたり、一様に表情は明るかった。


 おや───人の流れがふっと途切れた後に、見慣れたメガネと後れ毛が近づいてくるのが見える。ゆきのだ。ここで顔を合わせるべきだろうか。腰が引けて、一瞬逃げてしまおうかとすら思った。


 だが、ゆきのの隣には、もうひとり別の女生徒がいた。何やら仲睦まじく話をしている。その姿を見て、あたしはふっと気が抜けた。


 なんだ。すぐに友達ができたんじゃないか。少し安心して、同時に、たかがそれだけのことを想定できなかった自分がちょっと情けなかった。


 燃えるまぶしい未来は、そっちに負担してもらえばいいんだ。あたしはホワイトローズである彼女のことだけ考えればいい。あんまり心配することでも、なかったのかな。


 あたしはライトを彼女に向けてパッシングした。ゆきのが気づいてはっとこちらを向く───とても不審げな顔であたしを見た。心の底のネガティヴを見透かされたような気がして、一瞬背筋を縮めたが、すぐにフルフェイスのヘルメットをかぶったままだからだと気づいた。


 ヘルメットを取ると、ゆきのは目を丸くした。


 「みずきさん?!」


 彼女が歩道の縁石まで駈けてきて、あたしもできるだけ車体を路肩に寄せた。ガードレールを挟んで、向かい合った。


 「それ、いったいどうしたんです?」


 「ヒマワリがくれた。詳しいことは帰ったら話すよ───それより、後ろにいるのは? 初日から友達といっしょにお帰りとは、上出来じゃんか」


 「あ、はい、紹介しますね」


 ゆきのはその友達を路肩に呼んだ。ぱたぱたと軽い足取りで駈けてくる少女。すぐ隣まで来たところで、ゆきのは彼女に手を向けた。


 「こちら、広島もえぎさん。同じクラスになったんです」


 その顔を見た瞬間、あたしは息を呑んだ。……そして、広島もえぎの姿をじっと見据えた。


 ───染めているのか地毛なのか、豊かな茶髪を首の後ろあたりでリボン型のバレッタでまとめている。切れ長だけどぱっちりと開いた目に通った鼻筋、表情を作らなくても穏やかな微笑が口元に浮かんでいる。溌剌という感じも清楚という感じも兼ね持つ、芯の通った中途半端は、あまり表に出なくても存在感を発揮しそうな感じで、少年マンガによくありがちな、おせっかい焼きなヒロインを彷彿とさせた。彼女が友達になると、ゆきのは引き立て役に埋没しそうだった。


 そして続けてこう思う。───衣服やアクセサリーが変わると印象ってのは変わるもんなんだな。……そうさ、その目線、整った顔立ち、ついさっき見たばっかりじゃないか。


 「───よろしく」


 広島もえぎは目尻を下げてにっこりと微笑んだ。


 「ちわっす」


 あたしはもえぎに向かって軽く手を挙げ、にっこりと笑いかけた。


 うれしかった。


 ゆきのに友達を作る能力があったことがうれしかった。


 うれしかった。


 厄介に思われた仕事が、いきなり初日に終わってしまったことがうれしかった、そして───裏腹に、苦痛と憎しみが心の中に広がっていくのがわかった。


 天を仰いだ。弱り目に祟り目とはこのことだ。そこにいたのは、ゆきのの隣にいてほしくない最低最悪の存在だった。あぁ、ローズフォースのリーダーにとって、気を抜いて安らぐのはタブーだとでもいうのか。そしてゆきのの輝く未来が、またどさりとあたしの肩にもたれかかってきた。


 ゆきのが高校で初めて作った友人・広島もえぎ、その面がまえは、紛れもなくクリスタルの下位精神体シトリンだったのだ!


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