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初登校の時を迎え、めぐみとゆきのは、ふたりとも喜びと不安の入り交じった緊張気味の面持ちながら、元気に手を振って玄関を出て行った。さおりも研修のスケジュールが決まり、うんざりした顔をしながらも「いってくるねー」の声は朗らかだった。
後々もそうなのだが、めぐみは八時半始業で徒歩五分、ゆきのは八時四五分始業で徒歩二〇分、さおりは九時始業で徒歩と電車乗り継ぎで通勤に三五分かかる。したがって、三人は八時二〇分にそろって出て行くのである。ゆきのの入学式に関していえば開始は午前一〇時からというお達しだったが、待ち切れない彼女はその時間にさっさと出ていってしまった。
彼女らを送り出すと、あたしは独り、部屋に残された。朝の日常にざわめいていた部屋は静まり返った。リビングで、足の長いじゅうたんに座り込むと、時計が逆回しになって夜中に戻っていくような錯覚があった。
こうしてこの部屋にいるのは、初めて目覚めた夜明け以来かもしれない。けれどあの時とは違って、バルコニーでゆきのが干していった洗濯物がゆらゆら揺れていた。陽光を受け止め遮り、窓際が日向になったり日陰になったりを繰り返す。
すっかり四人暮らしの騒々しさに慣れてしまった自分がいる。こういう静寂の方が好きだし、孤独なんてものはもとよりぜんぜん平気だが、落差に居住まいの悪さを感じてしょうがなかった。
プレステでもありゃあ何とかなったのだろうが、ひとりで時間をつぶせる娯楽品はまだこの部屋には仕入れられていない。花まるマーケットの薬丸裕英を喜んで見るには幸か不幸か若過ぎて、あたしは一時間で限界に達した。暇だ。壮絶に。
テレビのチャンネルを、フライングローズに通ずる直通回線に切り替え、サンフラワーを呼び出した。
「ヒマ。暇」
「……そのネタ、二度と使わないでくださいね。おもしろくないですから」
「誰がネタを言った?」
あたしはちゃぶ台に両頬杖などついて、顔を斜めにして、思い切りかわいこぶって甘え声を出してみた。「ひまぁ、やっぱ予備校でいいから行く~ぅ」
「何を今さら」表情も変えずにばっさり切り捨てられた。ちぇっ、こんな恥ずかしいマネめったにしないのにさ。
スクリーンに、サンフラワーの顔が映し出されている。例の保健室にいるらしく、彼の背後にはいくつかの棚と白い壁が見えていた。このスクリーンを介して彼と話すのはもういつものことになっていたが、朝っぱらにふたり差し向き合うのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「僕だってあなたを暇にしておくつもりはありませんよ」サンフラワーは言った。「仕事があります」
「仕事ぉ?」
あたしの不満そうな顔を意に介しもせず、彼は相変わらずヒマワリ顔のままで続けた。
「あなたに予備校を準備しなかったのは、ひとりはいつでも動ける遊撃手でいてほしい、という意味もあるんです。用があればこき使うつもりだったのは当初からの予定ですよ」ヤな奴だな。
しかし、ここで断る権利はあたしにはないのだ。「……どんな仕事なんだよ」
「えーとですね。さおりさんにも確認してもらったとおり、クリスタルとアメジストとモーリオンは鈴木商事にいます」
「そうだね」
「シトリンの居場所がわからないんです」
シトリン。懐かしい響きすらした。名前を聞いたとたんに、彼女との戦いが思い出された。あれからまだ数週間しか経っていないのに、物心ついて最初の記憶のように、くっきり覚えている部分とおぼろげな部分がにじむ境界を挟んで同居している。……まぁ、まさしく最初の記憶には違いない。
月と地球の間に浮かんでいた、フライングローズの上甲板で行われた戦闘───クリスタルとブルーローズ、そしてあたしとシトリンが戦った。彼女はクリスタルとともに地球に降下したはずだ。クリスタルのすぐ近くにいないのだとすると、……どこにいるんだろう?
「探せって? あたしに?」
「そうです」
「手がかりがなんかあんのか?」
「ありません。まったく」
「人バカにしてるだろ、てめぇ」あたしは身を乗り出してスクリーンの中のサンフラワーにデコピンをくれてやった。サンフラワーに手がかりがないなら、あたしにだって「地球に降下した」ことしかわからない。「世界人口六〇億の中からどーやって探すんだよ!」
「シトリンは戦闘を目的とした下位精神体ですから、クリスタルの命を受けて何か行動を起こすとすれば、我々への直接攻撃です。モーリオンの攻撃は暴走でしたが、シトリンに限っては、牽制としての戦闘行動を命じられる可能性がないとはいえません」
淡々と説明しながら、サンフラワーは痛そうにデコをなでている。合わせてくれたのか、本当に衝撃が伝わるしくみなのか。
「もしクリスタルにその意図があるならば、彼女は即襲撃が可能な近距離にいるでしょう。彼らは我々の居場所を把握していますからね。まぁワープができる我々にとって、どこまでが近距離かって問題はありますが」サンフラワーはここで声のトーンを少し落とした。「……それに、あなた方四人の中で、シトリンの顔をきちんと覚えてるの、あなただけでしょう」
「そらまぁ、殴り合ったからな」
そうか。その意味では、探せるのは確かにあたしだけだ。
……あたしは思い出せるけれど、あとの連中はどうだろう? 我を失っていためぐみは論外、さおりは鳥頭だから期待するだけ損をする。可能性があるとすればゆきのだが……どうだろう、彼女は、覚えているだろうか。
シトリンのワープアウトに気づいたのは彼女だったが、レーダーで顔が見えるわけじゃない。対峙したときに、ブルーローズに似た感覚はわかったものの、細かな顔立ちをくっきり覚え込めるほどの近距離にはゆきのは近づいていない。それに彼女はあのとき、めぐみをかばうことを優先していたから、他人の顔を脳裏に焼きつけられる状態ではなかった……と思う。
「全員に彼女の画像を見せて覚えてもらうのが手っ取り早いですけどね。あのときの戦闘って、みなさんあんまり思い出したくないと思うんですよね。まして登下校時に鵜の目鷹の目でいてくれって言うのは、いささか士気を下げそうです。ですから今のところは、あなたが覚えているのならあなただけにお願いしようと思って」
なるほど。それは言えてる。普段はあたしたちをモノ扱いするくせに、いざ作戦行動ともなると妙なところまで気を遣うもんだな。効果的な運用を第一に考えた、ってトコかもしれないけどさ。
「わかった、引き受けるよ───でも、あてもなく探すってか?」
「そういうことになりますが、あてがなくてもあなたがその気になる準備をしていますよ」サンフラワーはうれしそうに言った。「フライングローズに来てトレーニングルームに入っていただけますか」




