3-11
あたしは、しばらく思いをめぐらすうちに、滅亡という言葉が心の底にゆっくり落ちていくのを感じていた。目の前に現実として置かれてみると、まるで恐怖や驚愕を伴わなかった。
少なくとも、自分の死よりは軽い言葉だった。自分の死より、他人すべてが死ぬ方が単純なことに思えた。
ゆきのにはそうでなかったようだ。彼女はうろたえていた。
「そんなことは……そんなことは、……何か、方法があるはずです! このまま、そんな、終わりだなんて!」
そしてはっと思い出して言った。「クリスタルはさっき、『それ以外に地球を救う術はない』と言っていました。クリスタルは何か知っているんじゃないんですか。モーリオンはサイボーグなのに社長をしているように、あなただって知らない何かが彼にはあるんじゃないんですか。───本当は方法があるんでしょう、方法が、チャンスが! 星ひとつがそんな無責任な無作為で消えてしまう前に何とかする方法を……」
「そんな方法はありません。はったりですよ、はったり。そういうふうにあなたが惑うのを狙っているんです」
サンフラワーはそう言ったが、いちど揺れ始めたゆきのの心の振幅は広がる一方だった。ついに思い詰めた顔で立ち上がり、そして言った。
「みずきさん、みなさん、ここを出ましょう。クリスタルは、私たちを人として迎えてくれると言っていました。かけがえのない地球を、まるでビー玉で遊ぶように扱う誰かについていくことはありませんよ! そして、地球を救いましょう!」
「落ち着け、ゆきの」あたしは言った。あたしにはゆきのほどの振幅が生じなかった。あきらめに似た気持ちが浮かび上がってきていた。「サンフラワーにとってビー玉なら、クリスタルにとってもビー玉なんじゃないのか」
「みずきさんまで」突き放す言葉に、ゆきのはさらにとまどったようだった。「私、『どうにもならない』なんて答えじゃ納得しませんよ!」
大きく嘆息して、それから、サンフラワーはきっぱりと言った。
「なら、はっきりした答えを言いましょう、ゆきのさん? ───ここから出て行くことは許しません。クリスタルが、資源盗掘どころか地球文明への干渉さえも望んでいるとなれば、なおさらです。もしそうするなら、僕はあなた方を破壊します」
ゆきのもきっぱりと答えた。すっくと立ち、胸に手を当てて、誇り高く宣言した。
「ならそうしてください。私を殺してください。廃棄してください。滅亡を待つだけの未来に、私は荷担できません。荷担するくらいなら、この体、いりません。もともと死ぬべき存在だったんです、かまいません」
サンフラワーは、ぽりぽりと頭を掻いた。厳しい目でゆきのを見た。
……しばらく黙って、
それからこう言った。
「そんな身勝手なこと、すぐに言えなくなりますよ」
「何が身勝手ですか?!」
「お渡しするものが、あります」
サンフラワーは、背後の机の上に放り出しっぱなしにしていた紙袋から、紙封筒を四つ出して、あたしたちにひとつずつ、手渡した。あたし以外の三人は角1サイズの厚みのある茶封筒なのに、あたしだけなぜかやたら小さい、薄っぺらな長4定型だった。
「ゆきのさん、開けてください。あなたには、四月から、そこに行っていただくことになりました」
言われるままに、封を切って、中身を見たゆきのは、……びくん! と激しく体を震わせた。封筒を抱え込み、背を丸めて、「あ、あ……」苦悶とも絶句ともつかないうめきをいくつか漏らした後、
彼女は、激しく泣き出した。
あたしはびっくりした。こんなゆきのを見るのは初めてだった。いつも冷静沈着、優しい知性派のゆきのが、周囲の目もはばからず涙をぼろぼろ流し顎から滴らせ、号泣しているのだ。
「まだ、人類の未来がどうのこうの言えますか、ゆきのさん」サンフラワーは静かに尋ねた。ゆきのは首を激しく横に振った。「あなた個人が、星の未来に口を差し挟むことが、どれだけ身勝手で出しゃばりでみっともないことか、わかりますか」ゆきのは首を激しく縦に振った。「それでいいんです。知性とは、そして個性とは、本来そうあるべきものです」涙を撒き散らすほどに、ゆきのはまた大きくうなずいた。
あたしたちは目を点にして、……それから、自分たちにも渡された封の口を、それぞれ切った。
「あぁぁぁぁーーっ!」
ひとめ見た瞬間大声をあげたのは、めぐみだった。口を大きく開けたまま、漏れ出た感嘆の言葉だった。
めぐみは中身を引っ張り出して、見せてくれた。
「学校案内……」
「あたし、会社の案内が入ってる」さおりが言った。
あたしの小さな封筒に入っていたのは、……住民票が一枚だけ。
「こりゃなんだ、ヒマワリ?」
「え?」サンフラワーは心外だという顔をした。「予備校に行きたかったですか、みずきさん?」
「……ごめんこうむる」
ともあれ、……あたしたちは、ゆきのが収まるまでしばらく待たなければならなかった。
ゆきのの封筒に入っていたのも、むろん、とある私立高校の入学案内だった。ゆきのはただ、学校に行きたかったのだ。それが果たされずに、未練のままに死んだのだ。地球の滅亡を傍観荷担するくらいならこの世から消え去った方がましと見得を切ったところに、彼女にとって最も望んでいたものが目の前に転がってきた。
人類の未来というあいまいなもの、あるいは自分以外の何かのための正義感。他人のことを優先するゆきのにとっては当然の主張だったろう。けれど、学校へ行きたいという個人の欲望がはるかに勝った。彼女は、それを認めざるを得なかったのだ。……なんでそうまでして学校に行きたいのか、あたしにはよくわからなかったけれど。




