3-09
メンテナンスは滞りなく済んだ。
ヌガーに締め付けられたダメージは大きく、内部が少しきしむような感覚があったが、粒子プログラミングには影響なく、人間形態に戻ってリセットがかかれば問題なかった。
サンフラワーは少しデータの検証をすると言って部屋を出て行き、例の保健室にあたしたち四人が残された。
別に筋肉が痛むとか、膝が笑ってるとか、そんなんじゃないんだけど、けだるさが全身に満ちている。それぞれに、継ぎ目のない天井を見上げてしばらくぼうっとしていた。
「はぁ~、つっかれたァ!」さおりがひとことで言い切った。まぁ、そういうことだ。
疲れるというのは、科学的には筋肉に乳酸がたまる現象なんだと、保健の教師は言っていた。乳酸だかビフィズスだかカゼイシロタだか知らないけれど、筋肉はなくとも結局判断するのは脳なわけで、痛みと同じように疲れもまた感覚として吐き出されていた。
ほんとうに脳が感じているのかサンフラワーの粒子プログラミングによって作り出されたものなのか判断つきかねるけれど、そうして顕れる実感があれば、戦闘人形の自分に満足できてしまいそうだった。
だがそこで気を緩めてはいけなかったのだ。さまざまな問題が、このときから連鎖を始めていた。
「ねぇねぇ、みずきぃ」さおりが言った。
「なに?」
「おフロ入りたい。あたしがやっつけたんだからあたしが一番、いーよね?」
「あー、そうだな、今回はな。……これからもそうしよっか、トドメ刺したら一番風呂」
「別に汗をかいたわけでは……」戦闘形態は汗をかかない。ゆきのの入れたくちばしは正論だが、
「気分の問題!」さおりは言下に切り捨てた。そりゃ同感だ。「なぁんか三年分は働いた気がする~、かったり~」うーんと伸びをして、それから、ぽそりと言った。
「……コレって、いつまでやんのかなぁ」
疲労感が、その言葉を表に出させてしまったのかもしれなかった。
かなりふざけた相手ではあったが、今日のコレがあたしらの仕事、ということになる。ここしばらくの籠の鳥生活を体験してから、その仕事について考えてみると、さおりのその言葉は、思いのほか重たかった。
クリスタルをやっつけるまで、だろうか。いや、ブルーローズの話を思い返すに、クリスタルを排除すれば異星人襲来が打ち止めになるってわけではないはずだ。異星人やら精神体やら、いったいどれほどの未知の存在が地球にやってくるのか、想像もつかない。かといって、永遠……というのも想像がつかない。
クリスタルの言葉を思い出す。彼はあたしたちを生きた人間に戻せると言った。兵士として迎え入れると言った。どういうことだ? 自由な生命、そんな結末があたしたちにあるのか? 彼に従えば、そうなるように変わっていけるのだろうか。あいつは期待感だけ与えていった。思いを寄せたいようでいて、突き放したかった。生きていたとき、あたしはそういう期待感からはいつも距離を置いていたような気がする。
「どうだろうな……今のあたしらはモノなんだから……」あたしはこう答えた。「あの精神体どもが飽きるまで、なんてことじゃないのか」
「そんなの、やだぁ」めぐみが言った。「じゃ、いつか捨てられちゃうの? おもちゃみたいに?」
「ゆきのはどう思う?」
あたしはゆきのに振ってみた。「宇宙法適用存在」のことをいちばんよく把握しているのは彼女だからだ。
ゆきのはひとつ首をひねると、意外なことを言った。「……私たちの寿命が先に来そうな気がします」
「え、この体は不死身だってヒマワリ言ってたじゃん」
ゆきのは即答した。「脳にはあると思います」
「体は死ななくても脳が死ぬ……ってことか?」そうだ。脳みそだけはそのままなんだ。ふぅ、とあたしは息をついた。「ヒマのことだから『部品の劣化』みたいな話になるんだろうけど。つまりなんだ、あたしらは老衰や病死はない代わりに確実にボケるってことか?」
「そうですね」
「やーん」めぐみが眉をひそめた。「それ、もっとやだぁ……」
あたしは腕を組んだ。
「いつ頃になるんだろうな……」
「さぁ……今の脳にどれくらい負担がかかっているかによるんじゃないですか? いずれにしても、人間の限界を大きく超えるということはないと思います、せいぜい百歳くらいじゃないかしら」
「そんな先のコト、来てから考えればいーじゃん」さおりは言ったが、
「百年後とは限りません、明日、なるかもしれませんよ?」
「ソレヤダ!」……その反応が当然だよなぁ。
確かに、その不安を抱えながら戦い続けるっていうのはちょっとつらいな。働くだけ働いて壊れたらポイなんて、いくらモノの立場としてもごめんこうむりたい。
そうだな……さっきの産廃のゴミたちも、意思があったらきっと同じことをぼやいたんだろうか。今思うと、自分たちがあのゴミを平気で壊せる価値観の持ち主だったことは幸いだった。あれはもしかしたらあたしたちのなれの果て、しかしシンパシーを感じてたらきりがないことも事実だ。
「ヒマに訊いてみるか……」
あたしがそう言ったところで、サンフラワーが保健室に戻ってきた。メンテナンスが終わった直後のサンフラワーは、相変わらず難しい表情をしている。
「……何かあったか?」
「え、いえいえ、なんでもありません」サンフラワーはすぐにヒマワリ顔に戻った。「ご苦労さまです。今日の調子で行きましょう」
サンフラワーは、大きな紙袋を持っていて、それをどすんと事務机の上に置いた。
「あ、とりあえずこれ、ごほうび。例のドラマの録画。デッキも後から持ってきますから」
そう言って、袋の中からVHSのテープを取り出した。
「ありがたくいただいておくよ」
「それからですね……」サンフラワーが他にも何か取り出そうとしたが、あたしはその前に尋ねた。
「あのさぁ、ヒマワリ……これ、いつまで続くのさ?」
「これって?」
「まぁ、なんだ、ローズフォースの任務……ていうかさ?」
あたしはぼかして訊いた。さすがに、いつボケるのか、とは訊けなかったからだ。
するとサンフラワーは、あっさりと答えた。
「この星の場合、五〇年と計算してますけど」
喜びとも嘆きともあきらめともつかないため息が、四人の口からそろって漏れた。……なんだ、それじゃあ、別にあたしたち不老不死でもなんでもないじゃん。平均寿命より短いくらいだ。若く美しいまま寿命を全う、とか言えば聞こえはいいけどさ。
「五〇年経ったら、あたしたち、どうなる? やっぱ……なんだ、廃棄処分か?」
「ブルーローズ様の判断によりますが、僕個人は、すぐに廃棄するには及ばないと思っていますよ」
「じゃあ、どうなる?」
サンフラワーはいつもの細目の笑みを見せながら言った。「なんだったら僕のペットとして飼ってあげてもいいですよ。みなさんは僕の造った最高傑作ですから」
ペットはねぇだろ。「それが余生ってか? あんまりうれしくないなぁ」
「余生……ねぇ、余生かも知れませんが。でも、それよりは、何か別の活躍の場を与えたいと考えています。みなさんに他の星で戦う気があれば、の話ですが」
「他の星? 他の星へ行けば、寿命が延びるのか?」
「は?」サンフラワーは、眉をひそめた。
……なんだか、話が噛み合っていない。
「ヒマワリ、何の話をしてる?」
「何の、って、話を始めたのはあなたでしょう」
「だから、あたしらが五〇年後にどうなるか、って話だけど」
「ですから、廃棄処分か、よその星へ連れていくか、僕がフライングローズで飼うか、といったところですが」
「……この星で、お墓に埋めていただくという選択肢は、ないんですか」ゆきのが割り込んだ。
「あるわけ、ないじゃないですか」
「……簡単に言うんですね……」
サンフラワーはう~んと首をひねった。
「確かにみなさんと何かずれがあるようです。『いつまで続けるのか』という質問はつまり、『自分の寿命がいつまでか』って話ですか?」
「最初から、そう言っています。他に何が考えられるんですか??」
ゆきのはやや怒りを込めた口調で言った。
「みなさんは不死身であることは、きちんと伝えたはずです」噛み合っていないせいか、サンフラワーの声もやや怒気を含んでいた。「そんな根本的な話をまたしなきゃいけないんですか」
「でも、脳はどうなりますか?」
「あぁ、……そういう心配をしていたんですか」
やっと腑に落ちたらしい。
サンフラワーは少し考えて、頭をくしゃくしゃとかきむしった。
「そっかぁ……う~ん、困ったなぁ。いえね、脳の延命はこちらでいくらでも方法はありますから、みなさんは、僕に廃棄される、という以外の寿命を考えなくていいんです。僕がメンテナンスする限り不死身です、それは間違いありません」
ちょっと安心した、のは束の間だった。
「じゃあ、ヒマさんは、何の話をしていたんです?」ゆきのが続けて尋ねると、
「いや、地球での仕事が終わったらどうしようかな、という。いずれにしたって五〇年以内に終わるんですから」
「あ、ヒマさんたちにも、任期があるんですか」
その言葉は、何でもない問いかけのようにあたしには聞こえた。しかし、
「……」
サンフラワーは、どういうわけだか絶句したようだった。
「確かに、私やブルーローズ様から直接のご説明はまだしていませんでしたけれども……」
どうにかそう言った後、サンフラワーはさらに長く言葉を失い、口をぽかんと開けていた。
それから、何度か口の中で言葉を選び直した後、
「ほら、地球って、滅びるじゃないですか」
国語審議会ご認定の曖昧口調で、サンフラワーはあたしたちに同意と確認を求めた。
今度は、あたしたちの方が絶句した。




