3-07
圧縮された体はみるみるうちに元に戻っていく。はがれ落ちた分、元の水飴状の体が露出しており、アーモンドクランチをかけたゼリーが震えているように見えないこともないが、いや、そんなおいしそうな話からは程遠い。また長く触手を伸ばして、新たな鎧を取り付けていた。
「ゴミをはぎ取ったのをムダにするこたないだろ! さおり、ショットを撃ちまくれ! 修復させるな! ゆきの、キャプチャーモードってどれくらい近づけばいい?」
「一〇メートルくらいです。気をつけて!」
ローズアームズ同様、少し念じると、銃口の周が少しだけ広がり、錐形に変わった。キャプチャーモードに変わったしるしだ。
「よっし、みんな撃ち続けててくれ!」あたしはヌガーとの間を詰め、キャプチャー弾の狙いを定めた。みなのローズショットの援護で、ヌガーはなかなかゴミ鎧を再装着できず、体を復元するのに手間取っていた。元の状態に戻れず、焦り気味に触手を多数地面に垂らしている。
今まさにトリガを引こうとしたときだ。ヌガーがあがきを見せた。照星を見つめるあたしの視野が、泡混じりの透明な何かで埋まった。ヌガーがあたしめがけて触手をすっ飛ばしてきたのだ。
「みずきさん、危ない!」
ゆきのの声がしたが間に合わず、とっさに避けようとして、けれど動いたのは顔だけだった。構えていたローズショットが触手の中に包み込まれた。ショットを持っている手もまた、ねばつく触手に絡め取られてしまった。
「くそ……」水飴の粘り気と、ゴムの弾性を兼ね持つ触手。どうしても振り払うことができない。触手は勢いよく縮み、あたしはヌガー本体に引き寄せられた。それと同時に本体から大量の触手が一斉にわっと伸びてきて、あたしの体をぐるぐる巻きにし、力を込めて締め上げ始めた。
「く……」
触手の先がいくつにも分かれて、腕を脚を絡め取り、締め付けてくる。身動きが取れない。かかとのスラスタはどうにか無事で、体を少しでも引き離そうとしてみたが、触手がゴム同様に伸びるばかりで、まったく振りほどけそうになかった。
「触手緊縛……」ゆきのがうなった。「シュミの世界ですね……」
「何に感心してんだゆきのぉぅっ!」悪態をついたとたんに、顎周りまでが触手に覆われた。叫んでると何か口の中に入ってきそうだ。やべっ、気色悪ッ。
「それにぬるぬる~ローションプレイだ☆」さおりまで調子に乗っている。だからこれ、シミュレーションじゃないってのに!
会話が何のことかわからず、しばしぽかんとしていためぐみが、はっと気づいてあたしを助けに来た。
「お姉ちゃんを離せ!」
今度はローズアームズを剣の形状にして、あたしを束縛する触手に斬りかかった。が、ゴムの弾性と水飴の粘性を持つ触手は、剣で斬ってもすぐにまたくっついてしまう。逆にめぐみにも、新たに生じた触手が鞭のようにしなって背後から襲いかかった。
「いやーーーぁっ!」
斬りかかるための接近が凶と出た。逃げ道はなく、彼女もあっという間にぐるぐる巻きにされてしまった。
ふたりを行動不能にしたことで、ヌガーはこの状態の方が戦いやすいと悟ったらしい。ゴミを身にまとうことをやめ、不定形のアメーバのような姿でゴミの山の上に広がった。あたしたちはカビの胞子のようにその体の上に持ち上げられた。
なんとか振りほどきたいがどうにもならない。ていうか、この状態ってつまり、さっきすっ飛んできた洗濯機と同じポジションじゃないのか。つまり、パンチの先っぽ。
……ビンゴだ。ヌガーはあたしとめぐみを空中でぐるんぐるん振り回し始めた。視界が上下左右ぐるぐる入れ替わる。ゴミと星空と暗い森と透明な触手が行き来する。気分が悪くなるわけじゃないが、ジェットコースターどころの騒ぎでない視界の目まぐるしさに、反応も対応もできない。「ぅきゃーぁっ!」まだ顔を覆われていないめぐみがたまらず、また悲鳴を挙げた。
ヌガーはそうして触手を長く伸ばしたところで、標的へ向けて一気にゴム腕を伸ばす。あたしはさおりに、めぐみはゆきのに───さおりはさっと避けたが、ゆきのはめぐみを助けようとしたのか、それともスピードのない彼女は純粋に速度が足りなかったか、ガシャァンと痛い音がして、触手めぐみパンチの直撃を受けた。一瞬制御が効かなくなって高度を落とすゆきの、すると別の触手がアメーバ状の本体からわさわさと伸びてきて、彼女を捕らえた。ゆきのは逃れようとしたが、いったん捕まってしまうとこの触手は離れてくれない。たちまち、あたしたちと同じぐるぐる巻きの憂き目をみることになった。
一分足らずで一気に三人が捕縛され、形勢逆転。笑い事ではなくなってきた。
防性粒子の減少は見られない。攻性粒子の攻撃じゃないからか。しかし、触手の締めつけは強烈だった。あたしたちの戦闘形態を形成する金属は、モーリオンのミサイルの直撃を受けてもびくともしなかった、しかし、装甲の覆われていない関節部分に直接圧力がかかると、内部の機構がぎりぎりと体の中できしむのがわかる。そうか……あたしたちは不死身だけど、「壊される」ことは、可能性としてはあるわけだ。
何より、痛みが、きつい。呼吸していないのに、息が詰まる感覚。壊されるより先に、失神しそうだ……っ!
その前に、何とかしなくちゃ。しかし、……頼みは、さおりだけか!
役立たずとはいわんが、的確な判断力、なんてものは望むべくもない。この状態で何ができる?
ヌガーはいよいよかさにかかった。触手に捕らわれた三人をぶんぶん振り回し、他にも電子レンジだのホーローの風呂桶だのセダンのボディだの触手にひっつかんで、さおりに向けて立て続けに打ち振るう。振り上げられ、振り下ろされ、腐ったゴミ山に何度も叩きつけられた。それでもヌガーはあたしたちを放さず、触手を巻きつけたままだ。
さおりのスピードなら避けるのは容易で、実際彼女はくるくると踊るように華麗にその隙間をかいくぐっていく。だが、それだけしかできない。「どーすんのよこんなのーーっ!」泣きそうな顔で逃げまくるのが精一杯だ。こっちもこっちでぎゃあぎゃあ悲鳴を挙げることしかできない。口を覆われているあたしにはそれすらできない。
マジで、このままじゃ、壊されちまう……くそ、こっちが何かできりゃ……。
いまあたしに動かせるのは足先だけだ。……かかとのスラスタは反応するな。
他に何もないのなら、それをするしかない。あたしはスラスタを最大出力させた。奇跡でもまぐれでも偶然でもいいから、ヌガーから逃れられる方向へ、離れる方向への移動を試みた。
ヌガーの触手はやはりゴムひものように伸びるばかりだ。スラスタの方向を調整すれば、ゴム触手が縮む動きを止めたり、振り回す行為に抗ったりすることはどうにかできるものの、体に巻きついた触手はどうしても離れてくれなかった。……ムダか? ムダなのか?
「ムダじゃありませんよ!」まだ口を覆われていないゆきのが、ドップラー現象が起きるほど振り回されながらも大きな声を出した。何かに気がついたらしい。「めぐみちゃんも、少しでもヌガーから離れて! 触手を、めいっぱい伸ばすんです!」
そうしたら……どうなる? 声の出せないあたしは、せいぜいゆきのを睨みつけてそう訴えかけた。するとゆきのが答えるには、
「ゆうとぴあもびっくりでぇす!」
いや、そのセリフの意味はわからないが。ゆきののしたいことはなんとなくわかった。幸いにして、触手群は腕も脚もがんじがらめにみなを縛り付けていたが、足先までは覆っておらず、かかとのスラスタは全員動かせる状態にあった。
あたしは再度かかとのスラスタを最大出力させた。ゴムの縮む動きに抗い、ひたすら触手が伸びるように。
するとどうだ。今度は、あたしだけが伸ばそうとしているのではない。ゆきのとめぐみとで三方向から引っ張ると、ヌガーの不定形の体が、歪んだ三角形になった。伸びてどんどん伸びて、縮もうとする力はうんと強まるものの、ヤツがさおりを捕まえようと伸ばす別の触手は、逆に長さがどんどん短く細くなっていく。なるほど、ゴムの伸びる長さに限界があるように、ヌガーの体にも限界があるのだ。
そして、ヤツはあたしたちを放してくれないのではなかった。自分からは放せないのだ。壊すなり壊されるなり、叩きつけて他からの力が加わることで、初めて切り離すきっかけとなるのだ。
あたしとめぐみとゆきのは、ヌガーの体を引っ張りに引っ張り伸ばしに伸ばして、お互いが点に見えるほどの距離をとった。今やヌガーは、三点を固定された軟体動物に過ぎない。触手攻撃がなくなれば怖れるものはない。
さおりは少し不思議そうな顔をしながら、あたしとゆきのとめぐみで作るゴムの三角形の中心に近寄っていった。触れるくらいの距離まで近づいてから、あたしがやるの? と自分を指差す。あたしは遠く離れた彼女に見えるようにぶんぶんと大きくうなずいた。
「ゆきのー、きゃぷちゃーもーどってどーやるぅ?」
「なると思えばなりま……うぷぷ」ヌガーの最後のあがきは、ゆきのの口を覆うことだった。攻撃の発端といい、どうもヌガーは黄色い声というのが苦手だったのかもしれない。女は黙ってろってか? 冗談じゃない、モーリオンじゃあるまいし。
さおりの手の中のローズショットがその形を変える。
三角形となったヌガーの体の中心点は、淡い色で光っている。あぁ、タイヤの奥にあったあの目か。
さおりは、その中心点に銃口を向けた。彼女は攻撃の衝動が強いタイプではない。好んでする行為とは言い難く、眉間にしわを寄せ、目を背けるようにしながら、彼女は引き金を引いた。すると、放たれた投網のような形の光が、ヌガーにしっかりと絡みつく、あたしたち三人を捕まえている触手だけが、網目からどうにかはみ出していた。
キャプチャー光弾がどのように異星の輩を苛むのか知らない。しかし捕らえられたヌガーは観念したようだった。一瞬触手の締め付けがきつくなり、そして急速に力を失い、弛緩した。びゅんと勢いよく縮んで、やがてヌガーの体はバスケットボール大の光る網の中に圧縮された。
同時にあたしたちも解放され、夜は何もなかったような静寂を取り戻した。




