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彼女を死に至らしめた病気がどんなものだったのか、あたしはまだ聞いていない。しかしながら、病院という空間が人格に影響を与えたのだろうか、彼女は自分のことより他人のことを優先させなければ気が済まない性格だ。めぐみが悪夢にうなされるとき真っ先に飛んでいって手を握る姿は、白衣の天使さながらだ。
かといって、三つ指突いて旦那を迎えるというタイプでもなさそうだ。依存も従属も拒む、他を寄せつけない個性という芯が一本、彼女の中に貫かれているのだけれど、なんだか完全に方向がずれている。知識範囲も広いんだか狭いんだかよくわからない。この感覚は、あたしがバイクや工具の話題を出しても他の三人がついてこられないのと同じコトかもしれない。
特記すべきは、彼女がいちばん、コミュニケーションに気を払っているということだった。朝も夜も、食事は四人そろうまで待ちましょうと言う。食事中は、食事の量や味だけでなくて、発言の量にまで気を配っている。口数が少ない者に何がしか話題を振るのだ。冷蔵庫に貼ってあるマグネットつきのメモボードには、いつも何がしかゆきののメッセージが書きつけられていた。モスバーガーの店頭の黒板みたいな、どうでもいいけど、和む言葉。
それは思いやりとか気配り上手の範疇を越えているように思えた。気を払う必要のないところにまで気を払う。病院育ちで、人づきあいそのものに慣れない彼女は、思いつくすべてを実行しているのだろう。いずれ疲れてくるに違いないのだけれど、彼女はその加減がまだわかっていないらしかった。───正直、あたしには少々うざったかった。
そんなふうに観察しているあたし自身はというと、直に尋ねたわけじゃないけれど、つかみどころのない変なヤツと思われているようだった。
あたしは仕切屋のくせに独りが好きだ。ムリに会話に加わるなんてばかばかしい、そういう価値観の持ち主だ。仕切るのも、多人数が集まっていながら物事が進まずにうだうだしてる状況が嫌いなだけで、みんな仲良くよい結果をよい未来を、そんな明るい向上心で仕切ったことは、少なくとも生きている頃にやった記憶はない。リーダーってガラじゃないんだ。
初対面同士が突然共同生活を強いられたわりには、あたしたちはお互いすんなり打ち解けることができていた。少なくとも、生理的に我慢ならず顔をつき合わせるたびに背けるような関係はなく、みんなで暮らしていくことに問題はなさそうだった。だけど、完全に溶け合えなかった。心のよりどころをどこに置いていいかわからずにとまどうままだった。本当は、リーダーが求心力をもってそれを受け止めなければいけなかったのだと思う。あたしにそこまでの自覚はなかった。四人お互いに精神的な壁を作ったままの状況を、どうすべきか判断できないまま、バイクいじりてぇなあ、とうつろに考えていた。
そんなあたしを、ゆきのが厳しい目で見ていた。
交流を求めてそれが果たせないでいるゆきのと、交流自体を拒んでいるあたしとがいて、もちろんお互いにそんなこと口には出さず表向きは仲良く会話しながら、どうしても折り合えない難しい関係が生まれていた。
共同生活が、こんな息の詰まる状態になってしまった理由が、別にもうひとつあった。
あたしたちは第一に暇だった。朝起きて、朝飯食って、飽きる程度にトレーニングをして、昼飯食って、昼寝して、飽きる程度にトレーニングをして、晩飯食って、テレビ見て、寝る。他にやることも、変化も何もない。曜日の感覚は三日で消し飛んだ。そうなると、暇をもてあますこと以前に、女が共同生活する場において深刻な事態が発生しつつあった。
話題を増やす材料が乏しいのだ。要はネタ切れである。だったら顔つき合わせても黙ってるのが共同生活なんだろうけど、さおりはそれができない体質で、ゆきのは会話がないことを恐れる性分だった。
ペントハウスの生活は、束縛はなくとも結局籠の中の鳥だった。自由に使える金と、身分証明がない。それだけで、人間にできることがこんなにも狭まるなんて夢にも思っていなかった。暇はあるのに、暇があったらいつかは手をつけたいと思っていたことが山ほどあったはずなのに、いかに自分の生前の生活がモノやカネに依存していたかを思い知らされた。
だから、あたしたちの会話のきっかけに新しい話題を持ち込むのは難しかった。生前のお互いの詮索が主になり、やがてそれぞれに触れられたくない領域に近づいてしまっていたのだ。もうこれ以上、お互いの心に踏み込むことができない。
いつもなら、コンビニに並んだ新しいお菓子とか、友達が送ってきた冗談メールのなかみだとか、とりとめもなくくだらなく黙っていても情報は次々手に入るはずだった。それが今はない。ましてあたしたちには世代差がある。年代的に中央値であるゆきのが、共通の話題を提供していくタイプでないのが痛かった。それは、バイクを転がす以外にまともに趣味がなかったあたしにもいえることだ。ハヤリを追いかけるのはさおりとめぐみの仕事で、しかしこのふたりはひとまわり歳が離れている。SMAPが六人だったことをめぐみは知らず、逆にさおりはYa-Ya-Yahと言われて「チャゲアス?」と答えた。
だから、雑誌さえ手に入れられない現状、テレビが手っ取り早く話題を供給してくれるありがたいしくみであったのは確かだ。晩ごはんを終えて、暇をかこちつつテレビドラマをだらだら観て、俳優の経歴だのファッションだのについてだらだらしゃべくるのが、ひとつのパターンになっていた―――何しろ天井から下りてくる大スクリーンだから、どんな番組でも映画の迫力で見られる。今流れてくる、ひたすら垂れ流されてくる情報にえいおうと反応することで、あたしたちは心の平衡をどうにか得ていた。それは事実であって、善悪や好悪とは関係なかった。




