一週目 土
店に入ったとき注文したカフェオレを、トキさんが持ってきてくれた。
「遅くなってゴメン。今日は給仕が休みで、一人減っただけでも結構大変なんだ」
言い訳だね、と言って、トキさんが笑う。
私はカフェオレを飲みながら、覚えている限りの夢の内容を言った。
話している間に、ヒノ君がカバンから緑色のスケッチブックとシャープペンシルを取り出した。
メモを取っている。幼稚園児が描いたような絵が、ちらと見える。
ふとシャープペンシルを止めて、ヒノ君が顔を上げた。
「部活とかなさってますか?」
「うん、一応」
「毎日ですか?」
「月曜から土曜までは大体。でも日曜はお休みなの」
「大丈夫なんですか、今日は土曜です……よね?」
「今日は大丈夫。午前だけだったから」
ヒノ君は胸ポケットにシャープペンシルを差し込んで、スケッチブックをテーブルに置いた。
カバンの中にがさがさと手を突っ込んで、銀色の小さな缶箱を取り出す。
「とりあえず、一日分お渡しします。寝る前に飲んでくださいね」
ヒノ君が缶箱から白い錠剤を一つ出した。
ケースの裏に、"夢使い協会 水なし一錠"と印刷されている。
「今日はツキノがいないので、ひまわりさんの夢を直接見ることが出来ないんです。明日の三時にまた伺います。薬が合わなかったら、言って下さいね」
私が頷くと、ヒノ君はぺこりと頭を下げて、慌てた様子で扉を飛び出していった。
スケッチブックは、テーブルの上にある。
「千早ちゃん、コレ……」
「……忘れ物、だね」
「や、やっぱりっ?」
私はスケッチブックを持って扉を開ける。
急いだつもりだったのに、ヒノ君はいなかった。
探して、渡さなきゃ。
そう思って扉を出ようとすると、トキさんに止められた。
「夢使いだからね、自分の世界に帰ったんだ」
そんなことを言われても、ぴんと来ない。
どうしたら良いか分からなくて、スケッチブックの緑色の表紙を見つめていた。
「明日会うんやったら、持ってても良いんちゃう?」
店の奥から声が聞こえる。パティシエのヒタキさんだ。
「ちゃんと仕事の前に渡したりやー」
ヒタキさんはひょこっと顔を出して、泡立て器を振りながら言った。生クリームが飛ぶ。
私は頷いて、スケッチブックをカバンに入れた。
カバンを肩に掛け、千早ちゃんを振り返る。
「行こうか?」
「うん」
カフェオレ代を払って、私は店を出た。トキさんが、生クリームを飛ばすなと怒っている声が聞こえる。
もう一度道の向こうを見てみたけれど、ヒノ君の姿は無かった。
家に帰って、私は部屋のベッドに座った。
寝る前に飲むようにと言われた錠剤を手に、考える。
悪夢を止める、という割には、頼りない。
錠剤を机の上に置き、私はカバンの中身を確認した。ヒノ君のスケッチブックは、ちゃんと入っていた。
表紙の緑色は鮮やかで、留め金も歪んでいない。まだ新しい。
ヒノ君は、一体何を書いていたんだろう。
ヒノ君に悪い気もするけれど、スケッチブックを開く。
読めないような字――でも多分日本語で、ごちゃごちゃと何か書いてある。次のページには、芽が出たジャガイモのようなものが描かれていた。幼稚園児がクレヨンで描いたような、勢いのある、でも上手とは言えない絵だった。
その次のページにも、読めないような字のメモがあった。菊谷ひまわり、芹千早さんのお友達、依頼者の人。そして、隅っこに書かれた"多分"という言葉。それだけは何とか読むことが出来た。多分、の続きはわからない。
母さんが、ご飯が出来たと呼んでいる。