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駄犬とは四季流の氷菓の呼び名。庭とはこの街の呼び名。どちらも四季の傲慢さをうかがわせる。「氷菓は何をしてるんですか?」と千佳が尋ねてみるが、うすうす予想していた通り四季は意地悪に首を横に振るだけ。
「千佳自身の目で確かめることですわね」
それっきり四季は人混みの中へ入り、通り過ぎる人達へ老若男女問わずに花を渡していく。ただ花を配るだけでアンケート調査も怪しい勧誘もなし。花に広告ビラらしきものが付いているわけでもない。見返りが不明な四季の行為に花をもらった誰もが不思議そうな顔をしていた。
「あいかわらずよくわからない幽姫だわ。実力は認めるし助けてもらった恩もあるけれど、はっきり言って変人ね」
「四季さんは悪い人じゃないよ」
良い人でもないけれど……と千佳は胸の中で付け足して、瑠璃といっしょに家を目指して街を歩く。
「やっぱり氷菓だったのね。あの子、いったいどう出るつもりかしら」
「直接会って話すしかないよね。危険かもしれないけど」
四季の言う、千佳自身の目で確かめろとはつまりそういうことだ。氷菓側から接触してくるのを待つか、それとも千佳達が動いて氷菓を見つけ出しコンタクトを取るしかない。
雪の降る中を歩き、三十分ほどかけて自宅にたどり着く。瑠璃には幽世から移動してもらい、千佳一人で玄関に上がると、家族以外の靴が置いてあるのに気がついた。千佳と同年代と思しき、女物の靴だった。
キッチンに行き、冷蔵庫から牛乳を出して飲もうとコップを用意していると、リビングでテレビを見ていた母親に「桃香ちゃんが来てるわよ」と言われた。千佳が外出していたので雪の中を帰ってもらうわけにもいかず、千佳の部屋で待っているように言ったらしい。
桃香とは今夜、年が明けたらすぐに神社に初詣に行くと以前から約束してある。しかし、こんなに早く来るとは聞いていなかった。まだ年が明けるまでには三時間はある。予想外の事態に千佳は緊張で胃が痛くなるのを感じながら、コップに注いだ牛乳を一気に飲んだ。
階段を上がると、千佳の部屋へと続く廊下に瑠璃がたたずんでいる。
「千佳。中に人がいるわ。泥棒とかではないと思うけれど」
幽世側から現世の千佳の部屋へ転移しようとした瑠璃は桃香を見たはずだ。だからどうするべきか迷い、廊下で千佳を待っていたらしい。
桃香には秘密にしていることが色々とたまっている。近いうちに必ず話すと約束もしてある。初詣の際に隠し事をあれこれ聞かれることは覚悟の上だったが、桃香は年が明ける前から徹底的に聞き出すつもりらしい。
千佳は腕を組んでうなり、頭をひねって知恵を絞り出そうとする。やがて苦肉の策を思いつき、「こういうことにしましょう」と言って瑠璃に耳打ちする。
これからの作戦を瑠璃に理解させた後、千佳は部屋のドアを引いて中へと踏み入る。母親が用意した座布団に座っていた桃香は千佳を見るなりあふれんばかりの笑顔を浮かべたが、後ろに立つ瑠璃の存在に表情が固まった。
「千佳ちゃん、その子、誰……?」
「紹介するよ。この子は瑠璃。私の従姉妹で、年末だからちょうど私の家に遊びに来ていたの」
「……よろしく」
瑠璃は桃香を見下ろしながら最低限の挨拶を済ませると、千佳に習って桃香の前に座った。愛想とは完全に無縁の、他を寄せつけない凛とした気高さと冷たさをかもし出す瑠璃。先行きが不安で千佳の背中にじっとりとした汗が浮かぶ。
千佳の精神は鋼の強さを備えたはずなのにただならぬ緊迫感で心臓が高鳴る。瑠璃は幽姫でも外見は人間とまったく変わらない。ばれないはずだ。広場で人のふりをして堂々と花を配っていた四季を思い出し、千佳は無理矢理自分を安心させようとする。
いつまでも瑠璃のことは隠し通せない。瑠璃がいないと桃香に話すことは瑠璃を否定し桃香も裏切る最悪の選択となるだろう。いつかは絶対に瑠璃のことを教えなければならないのだから、桃香と瑠璃がそろっているこの時を活用しようと千佳は思い立ったのだ。
「前に言った、守りたい人っていうのはこの従姉妹の瑠璃のこと」
きょとんとした顔で桃香が瑠璃の顔に見入る。瑠璃は小さなため息をつき、気が乗らない様子で指に長髪を巻き付けて遊んでいる。
「瑠璃の家は神社でね。そこの一人娘の瑠璃は巫女さんをやってる。退魔の力に秀でた、ものすごい霊能力者なの。それでね、瑠璃の親戚の私にも血の繋がりのせいでちょっとした霊視の能力があって、昔からちょくちょく幽霊を見てたんだよ。あ、部屋の四隅に盛ってある塩は瑠璃から教えてもらったおまじない。悪いモノが近寄ってこないためのね」
あまりに口から調子よく嘘がすべり出すので千佳自身が驚くほどだ。心が強くなるということは平気で他人を欺けることでもあるのかと笑顔の裏で千佳は思う。
初めて見る瑠璃に、桃香は半信半疑といった表情を浮かべている。それも無理もないと千佳は思う。いきなり巫女だの退魔だの幽霊だのといった非現実的な話を持ち出されたところでうさんくさいときっと思うはずだ。しかし、千佳にはこの程度の作り話を用意するのが限界だった。
千佳の不安に反して桃香は笑い飛ばすこともなく、真剣に千佳を見つめる。
「千佳ちゃんが幽霊を見ているなんてちょっと信じられないけど……千佳ちゃんが昔からずっと私達には分からない何かと向き合ってきたのは知ってる。幽霊が見えるってのは信じるよ。テレビにも、そういう能力者ってよく出てくるし。でも、千佳ちゃんは私をだっこして河の間を跳んだよね? あのものすごい力はどういうこと? 幽霊が見えることとどういう関係があるの?」
「それは……」
「千佳ちゃん、また雰囲気が変わったよね? いったい何があったの?」
やはり桃香の勘は非常に鋭く油断ならない。千佳が瑠璃の呪いをさらに吸って変化したという経緯は知らなくとも、現在の千佳の状態からこの数日のうちに何かが起こったことにあっさり勘付いている。だが、桃香にここまで問われることは千佳の計算の内だった。
「瑠璃の神社に、悪霊が憑いた西洋人形が持ちこまれたの。巫女で霊能力者の瑠璃がお祓いをしようとしたんだけど、瑠璃一人じゃ無理だから親戚の私も手伝ったんだ。私にも少しは能力があるからね。目には目を、悪霊には神霊をってことで私の身体にも力の強い善良な霊を取り込んで能力を上げたんだ。だから桃香を抱いて跳べるくらいの力が出せた。でも人形に憑いた霊は強力で、パワーアップした私と瑠璃でも祓えなかった。そこで私はさらに格上の霊を取り込んで戦うことにした。そうしてようやく、このあいだ悪霊を撃破することができんだよ」
長くしゃべり続けたせいで千佳は「はあ、はあ」と息が切れ、同時に興奮で顔が赤らんだ。そこには嘘を言っていることへの緊迫感が少なからず含まれていた。
「あんまり分からないんだけど、もう退治できたんなら千佳ちゃんは元に戻れるんでしょ?」
「いや、多分ずっとこのままかと」
目を伏せてぼそぼそとしゃべる千佳に桃香の顔が凍りつく。そして千佳の隣に座る瑠璃に激怒をこめた目を向ける。怒りのあまりに桃香の肩はかすかに震えていた。
「退魔とか、悪霊とか、何がどれだけ難しいのか素人の私には分からないよ。でもそんな危険で取り返しのつかないことにどうして千佳ちゃんを巻きこむの!? お祓いはもともと、お家が神社の瑠璃さんの役目だったんでしょ!?」
それまで大人しく髪をいじくっていた瑠璃に目を向けられ、桃香はびくりと震えて千佳の背中の後ろに隠れてしまう。怒りの震えは恐怖の震えへと変わっていた。勘の良い桃香は瑠璃から伝わる人ならざる気配をかぎ取ったのかもしれない。幽姫という正体は分からないにせよ、とにかく得体の知れない怪人物だと直感しているらしい。
「私のしたことは謝って済むことじゃない。千佳にも、それからあなたにも、悪いと思っているわ。どこまで言い訳したところでこの私が元凶なのは間違いない。でも、千佳は自分から進んで犠牲なってくれた。その尊い意志だけは何があっても否定してはいけない。私はそう思っているわ」
「ひ、ひ、開き直ったつもり……? いくら千佳ちゃんの親戚だからって、千佳ちゃんが瑠璃さんのために犠牲になっていいはずがない……」
「ええ。だから私には責任があると考えているわ。これからずっと、千佳のそばについて守っていくつもりよ」
瑠璃の言葉に桃香はあっけにとられて口を大きく開き、その直後に猛烈な怒りに駆られた。
「大きな、大きなお世話っ! 千佳ちゃんにはずっと私がついてきたんだから! これまでも、これからも私だけがいればいいんだから!」
「もういっしょに暮らしているわ」
「千佳ちゃんを変な道に引き込むのはやめてよ! 退魔とか、悪霊とか、そんな恐いことはもうたくさんなんだから! 私が千佳ちゃんを普通の中学生に戻すんだから!」
「そうしてもらえると助かるわ。私には戦う以外に何の能もないから、そういう複雑なことは無理なの」
桃香と違い、瑠璃は張り合ってない。自身の非を認めた上で、これから自身がすべきことを冷静に述べているだけ。破滅を覚悟し敗北を許容している瑠璃のような者は異常に強い。形勢は熱くなった桃香が一人相撲をとっている形だった。
それに加えて、普段通りの安全な友達付き合いを続けようと主張する桃香と、千佳のために命がけで戦おうとする瑠璃では背負うものの重みが圧倒的に違う。桃香の不利は誰が見ても明らかだ。
瑠璃の美しい顔と艶やかな長い黒髪、そして刃のような冷たくて凛とした態度に桃香は全ての点で劣っていた。何を言ってもびくともしない瑠璃とその美貌に気圧され、桃香は半泣きになっていた。
「あ、あなたにとって千佳ちゃんは何なのよ!?」
次々回のアップ分で完結します。




