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作者が今週末に県外へ引っ越しをするため、次回の更新がいつもより多少遅れます。
氷菓が瑠璃に向けて放ったモノは大きすぎる飴玉だったのだ。それを大砲の弾丸のように射出して相手にぶつける攻撃らしい。
武器が使えなければ近づいて素手で氷菓を倒すしかないが、氷菓はそういう手段をとる敵への対策をとっている。しもべのクマァで近づく敵の動きを封じ、攻撃して排除させているのだ。いくら瑠璃やトラでも素手ではクマァを倒すことなどできない。瑠璃達からは近づけないが、氷菓は巨大な飴玉を撃ち出す遠距離攻撃をとることができる。あまりに不公平な戦いだった。
重い飴玉の直撃を受けた瑠璃のダメージは大きい。息は乱れ、足がふらついている。トラもがれきの中から何とか立ち上がるが、表情に焦りと苦痛の色がにじんでいた。
氷菓がトラの前へ跳び、トラは反射的に後ろへ跳んで逃げる。しかし、その途中で足が動かなくなる。
「なっ……!?」
クマァの身体から飛び出した無数の細い腕がトラの身体中をつかみ、移動を不可能にしたのだ。
氷菓はトラに向けて至近距離から巨大なピンク色のこんぺいとうを撃ち出した。回避不能のトラは正面からまともに食らい、その威力で口から血を吐き出す。とげがたくさんついたこんぺいとうの弾丸は球状の飴玉よりもより殺傷力が高い。
触手を操ってトラを後ろへ放り捨てると、氷菓は遠くの瑠璃を見る。それと同時に、瑠璃は左右から迫る巨大な円盤にはさみこまれた。瑠璃の身体よりも大きな円状のクッキーだ。
その直後、クッキーで視界と動きを封じられた瑠璃の真上から大きなドーナツが降ってきた。重量たっぷりのドーナツはクッキーごと瑠璃を押しつぶし、クッキーの破片が周囲に飛び散る。
「何なのよ!? このふざけた攻撃はっ!」
両手の剣でドーナツを斬り裂いた瑠璃が脱出するが、彼女の怒りの表情はすぐに驚愕へと塗り替えられる。自身の上半身ほどもある四角いキャラメルが四方から大量に飛びこんできたからだ。
瑠璃は次から次へと飛んでくるキャラメルの弾丸を剣ではじき、斬り続けるが、その途中で両手の剣がクッキーに変化して砕け散る。それでもなお飛んでくるキャラメルを防ぐことができず、硬いキャラメルの砲撃を全身に被弾。
痛みで両ひざを突く瑠璃の上には氷菓が跳んでいた。そのまま宙空でクマァの口を瑠璃に向けて緑色の飴玉を射出し、無防備の瑠璃を真上から押しつぶす。
着地し、けらけらと余裕の笑いをもらす氷菓の後ろからトラが飛びかかるが、氷菓が振り向くまでもなく腕の中のクマァが反応し、黒い大きな握り拳でトラを殴り飛ばす。
たび重なるダメージに瑠璃もトラももはやぼろぼろだった。二人はかろうじて立ち上がるが、氷菓への攻撃どころかろくに動くこともできない。
広い交差点の真ん中に立つ氷菓。瑠璃とトラは距離を取りつつ敵の動きをうかがうが、クマァの口が開いた次の展開に息を呑む。口の中から大量の不浄霊が飛び出したからだ。
「何なんだよこいつ……!? 戦いに不浄霊を使う幽姫なんて聞いたこともないぞ!」
氷菓達三人を取り囲むように配置された不浄霊がそれぞれ目を覚まし、そばに立っていた瑠璃とトラへ襲いかかる。
普段ならば難なく倒せる雑魚敵でも今は状況が違う。瑠璃もトラも氷菓にさんざん痛めつけられ立っているのがやっとだ。四方から繰り出される拳や蹴りを避けきれずに吹き飛ばされる二人はたまらず武器を出した。
不浄霊の身体は大きく、しかも数が多いから視界が悪い。混戦状態となり、小さな氷菓を見失いながらも必死で不浄霊を斬り裂く瑠璃と、爪で引き裂くトラは少しずつ離されていく。
「ちくしょう、このヤバイ時に! こっちはそれどころじゃないんだ!」
両手の爪で胴体を真っ二つにされた不浄霊が黒い霧となって消えていく。呪いの霧を全身に浴びていたトラは、霧のすぐ向こう側に氷菓の真っ黒な姿を見た。氷菓の冷たい笑みに、トラの身体が凍りつく。
トラを包んでいた元不浄霊の霧が固まり、長方形の透明な飴となってトラを内側へ封じこめる。トラは驚きの表情のまま飴の中で停止し、ぴくりとも動かなくなった。トラ入りの飴は路面へ倒れ、その上へ氷菓が跳び乗った。
「トラはもう戦えないよ。あとはいよいよ瑠璃だけだね」
「げげげげっ。さあ、覚悟しなぁ、瑠璃ぃ」
氷菓は傷一つ負っていないが、瑠璃は傷だらけでもう戦える状態ではない。氷菓に怒りをこめた眼差しをむけるのが精一杯だ。
瑠璃の左右それぞれに立っていた二体の不浄霊が大きさはそのままの青いこんぺいとうと化し、間の瑠璃へ向けて高速で飛ぶ。満身創痍の瑠璃は避けることも剣で防ぐこともできずにとげ付きのこんぺいとうの挟み撃ちにあい、血を吐いてうつぶせに倒れた。それきり、瑠璃は立ち上がることができない。
「あれあれ? もう終わり? やっぱり瑠璃って弱すぎ。氷菓が強すぎるのかな」
トラの上から飛び降りた氷菓が瑠璃の前にしゃがみこむ。氷菓の挑発的な言葉にも、瑠璃は地べたに顔を伏せたまままったく動かない。もう彼女は立ち上がることができない。すでに意識を失っているのは明白だった。
「つまらないなあ。がっかりだよ。でも、氷菓が上だって証明できたんだし、もう終わりでいいか」
氷菓は小さなため息をつき、そばの人家の屋根へと跳んだ。それと同時に周囲でうごめいていた不浄霊達がいっせいに色とりどりの飴玉と化す。
巨大な飴玉の群れは粉々に砕け、その破片が氷菓の頭上に集まっていく。破片の集合体は球状に固まり、一個の虹色の飴玉に変わった。これまでの飴玉とは比べものにならないほどの大きさで、すぐ下に立っている氷菓が豆粒のように小さく映る。
「これで剣の瑠璃もぺしゃんこだね! お菓子の氷菓の勝ちっ!」
それまで氷菓の頭上で静止していた虹色飴玉が瑠璃に向かって落下する。あまりに大きい分速さに欠けるが、押しつぶされればひとたまりもない重さだ。
近くの家を巻きこんで破壊しながら飴玉はゆっくりと落ちていき、最後には地響きを立てて着地する。
氷菓は小山のような飴玉の頂上に跳び移り、「やったやった!」と歓喜の声を上げながらクマァを振り回す。
「いや、まだだ! まだ終わってねぇ!」
「え?」
もうもうと立ちこめる煙の中に……一人の少女が立っていた。千佳だ。飴玉のすぐ横に立つ千佳はわきに瑠璃を抱え、脚を震わせながら氷菓を見上げていた。
氷菓と目があった瞬間、千佳は路面を駆け抜けて飴玉の巻き添えをのがれたトラの前へたどり着く。そしてトラ入りの四角い飴を持ち上げて肩に担ぎ、そのまま氷菓に背を向けて道路の先へ逃げていく。
「何、あの人間? あんなのいたっけ?」
「瑠璃の隣にいた人間の娘だろぉ。追いかけないと瑠璃に逃げられちまうぜ」
「……ちょうどいいや。楽勝すぎて退屈してたし」
氷菓はにたりと笑い、屋根から屋根へと跳んで千佳に抱えられた瑠璃を追いかけた。
全速力で路地を走りながらも千佳は恐怖で震えが止まらなかった。歯はがちがちと鳴りっぱなしだし、瑠璃を抱えた右腕とトラ入りの飴を支える左腕もまるで壊れてしまったかのように震え通しだ。
「このまま直線的に移動しろ! とにかく氷菓から遠ざかれ! 追いつかれたら最後だぞ!」
忍の声に返事をしたくても口がまともに動かない。頭の中はほぼ真っ白で複雑なことは考えられない。
右手の指がなま温かいもので濡れているのに気づき、それが瑠璃の身体から流れる血だと知った。
「るり! るりっ!」
声を裏返しながら必死で呼びかけるものの、瑠璃はぐったりとうつむいたままでまるで動かない。支えられていない手足がぶらぶらと人形のように揺れているのが痛ましい。
左肩に担いだトラは透明な飴の中で目と口を開いたまま少しも動こうとしない。猫耳としっぽも完全に固まっていて、まるで時間が止まっているかのようだ。
「忍、トラは大丈夫なの!? ま、まさか、死……」
「人間でいう仮死状態に陥っているんだ。幽姫は亡霊側の存在だからこれくらいじゃ死なないけれど、それでもかなりまずい状態だな。瑠璃やトラのことよりも今は逃げることに全神経を集中させろ」
忍のサポートで走る途中に出遭う不浄霊達の注意をそらし、わきを素通りして逃げまくる。逃げること以外は考えるなと言われても、混乱の極みにある千佳には集中することなどできなかった。
瑠璃とトラが氷菓に押され始めた時から、すでに忍は何度も千佳に逃げろと言っていた。忍の現在の主は創り主の瑠璃ではなく千佳だ。だから瑠璃よりも千佳の身の安全を優先することは道具の忍にとっては当然の判断なのだろう。
氷菓は標的の瑠璃以外に眼中にない。瑠璃との戦いに氷菓が夢中になっている時ならば千佳は簡単に逃げることができる。しかし瑠璃がやられるまでその場でじっとしていたり、ましてや瑠璃を助け出そうものなら千佳まで氷菓の標的になり、結果的に犠牲者の合計が増えるだけ。そんな簡単な損得計算は忍に言われるまでもなく千佳にもできていた。
逃げたかったり、助けに入りたくても、足が震えて動けなかった。だが瑠璃が山のように大きな虹色飴玉に潰されそうになった時、勝手に身体が動いて屋根の上から飛び出し瑠璃を助けてしまったのだ。
いくら千佳の身体能力が人間離れしていても二人を抱えて走るのは足腰への負担が大きい。特に左肩の飴に包まれたトラが重くてスピードが落ちてしまう。思うように走ることができない焦りで心臓が高鳴り、緊張と恐れで口の中が乾いていく。
「……ダメだな。きっちり後ろについてきている。このままだとすぐに氷菓に追いつかれて千佳まで死ぬぞ!」




