人間関係矢印コミュニケーション
人間の関係性ってやつについてだろう?君が悶々として悩んでいるのは。
僕が思うのはだな。まず人それぞれにそういった他人とのコミュニケーションに関する体力みたいなのが設定されているんだ。その量は人それぞれだと思う。だけど、おそらくそれは他者承認からくる根源的な誰もがもつ欲求からきているものだと思うから、それはひとそれぞれだとしても、そこまでバラつきは無いと思うんだ。それでね、人は、その体力ともとにして、人とかかわっていくことになるんだけど (僕の考えではね) 、そこからは、そのエネルギーは面積と深さによって分けられると思うんだ。つまり、幅広く人間関係を持ちたいならそれはつまり面積が広いってことで、相対的に深さで見れば浅くなるんだ。逆に、面積が小さいなら、深さは深くなる。
だけど僕がここで言いたいのは、幅広い人間関係を持つやつは人間関係が浅いってことじゃないんだ。微妙な違いなんだけど、幅広く人間関係を作るなら、その場合は適当にしなきゃいけないってことが僕は言いたいんだ。いままで面積が小さくて深さが深いようなエネルギーの配分をしてきた君は、そのままの深さでその面積を広げようとする。しかしだな、僕の今いった考えだと、そうすると君の許容量を超えてしまうことになるね。そして君はすごすごともとの面積に戻し、いままで通りが続いていく。
「だからね、傍から見ているとあまりにも君が不憫で僕は忠告するんだけど、」
その時教室の前のドアから数学の先生が入ってきた。「きりーつ」「きおつけー」「れい」
「つまりだね、」
顔を近づけて、小声でささやくように言う。
「つまりだね、君は、もっと適当に人間を扱ってもいいと思うんだよ。僕は。君は人ひとりに対して親切すぎる。その深さは僕も目を瞠るほどだ。とても大きな面積を作れる人も才能だと思うけど、とても深くできる人も才能だとも思うよ。だけど君、もっと適当を学ばないと潰れちゃうよ。」
隣に座る関口くんはそう言い終わると体を元に戻して難しそうな本を開いて読書を再開した。
関口くんはいつも難しそうな顔をして長い脚を組んで難しそうな本を読んでいる。授業はいつも聞いていない。だけどそれはみんな同じだった。
関口くんにかんして言えば、彼には面積なんてものは存在せず、つまり深さも生じず、彼の言う誰もが持つ根源的な他者承認の欲求を完全に自分の内側に溜めこんでいる人間ということになる。
それはそれでまずいと思うけれど・・・。だから僕はとても驚いた。彼がこんなに長く話したのも初めて見るし、僕の事を心配してくれているようだったのにも驚いた。
僕はこれからどうすればいいんだろう。
それは関口君の言った通り、絶えず僕を悩ませていることだった。ある日期末テストが終わって家に帰る途中、ふと、本当にふと、このままでいいんだろうかという疑問が僕の頭に降ってきた。僕は何も知らずにただ時を通りぬけていくんじゃないのかと、恐くなった。そこで僕は、一日に一人誰かに話しかけるという目標を立てて、昨日までのおよそ一週間、目標をこなし続けてきたのだ。しかし、当然ものの見事に空回りする。空気が読めていないというかんじだ。そもそも読むも何も、僕に関する空気が流れていないところに僕という空気が入り込むわけだから、どうしようもないものなんだけど、この一週間、全く何のとっかかりも得られずにいた。そしてすごすごとなにもなかったかのようにしようとしていたのだ。
ただ、僕はこの時点で、つまり、関口君にエネルギーと面積と深さを聞いた時から、僕の悩みはほとんどなくなっていた。
僕は、面積が小さくて、深いほうでもいいと思った。彼がそういう人間だったからだ。関口君は、面積が少しでも与えられれば、その深さをとても深くすることのできる人だった。彼が重い口を開いた時、面積を僕一人分つくってくれたとき、僕にはそれが分かった。そして、僕はそのことが非常にうれしかった。




