あの夏、先輩と私。
こんにちは。今回はマジで短い想い出の恋です。読んでみて下さい↓↓
「久しぶり」
「久しぶりです」
「元気だった?」
「…はい」
大好きでした。
あの日までは…。
私が好きだったのは、杜先輩。
遠すぎる存在で話しかける事さえもできず、憧れ、恋焦がれた人。
別に顔がいいとかって単純な話じゃない。
何かに秀でてるわけでもない。
けれど…好き。
『だった』あっ、今、すれ違う。
夏の匂いと杜先輩がつけていたアナスイの香水が混じり合い、瞬間香る。
トクン胸が独りでに高鳴ってしまう。
〜♪♪〜♪〜〜♪〜♪〜♪〜携帯のメロディは『ラムちゃんのラブソング』で特別なメールを受信した事を知らせる。
私は知っている。
あのメロディは、杜先輩の…杜先輩の…好きな人からだって事を。
「杜ぃ〜今の鈴からだろ?」
「ん〜」
カチカチッカチ鈴への返信メールを左手で打ちながら、友達への返事は曖昧に返す。
ズキン今度は胸が握りつぶされる。
「倖大丈夫?」
「ぅ゛〜ムリかもぉ〜」
「保健室いっといで」
「う〜ん」
ガラガラガラッ
「ヨウコ先生〜お腹痛いよ〜…いない」
倖と呼ばれる少女が保健室の引き戸を開けて勝手にベットに潜り込む。ガサゴソゴソ
「ぅー゛」
トロン♪段々…段々、体が下から吹く風に包まれるような感覚が倖を襲う。うと♪うと♪バサッ
「んのぉ!?」
夢の世界から突然ベットの上の現実に引き戻された。
「あっ!ごめん、ねっ」
「!!?…!!」
掛け布団を剥いだのは、杜先輩。
あまりに突然の出来事にいつもの少し低めの声が出ない。
「1年?おどろかしちゃってごめん」
「はい!いいえ!…?ぅあ1年ですけど」
実は倖がこんなに驚いたのには、好きな杜が目の前にいた事と、もうひとつ大きな理由がある。
それは…。夢を見ていたから。杜と肩を並べて歩いている夢を。
「…ぁ、あ、」
「あ?」
「あの!」
「ん?」
「杜先輩!好きです」
言ってしまった。
実らない恋なんて言わないと誓ったのに。
いつも心の中に留まったままだった気持ちなのに。
「…俺の事…俺、ってゆーめー人??」
「…ちがぁーいます」
「ぇえ!何それ。傷つくな」
「あっ、ごめんなさい」
「俺の事知ってるんだよね?」
「はい」
「名前は?」
「1年A組倖です。好きな食べ物はチョコで、猫が好きで、犬が好きで…」
「ぷはっ」
自分について、これほどまでかと思うほど動く口が止まらない。
「う?」
「よし!今日から『さっちゃん』な」
わしわしわし杜は倖を『さっちゃん』と呼ぶ事にした。
そのさっちゃんの頭を犬にやってみるように撫でる。
「さっちゃん」
「っはい!?っとととぉ」
杜は倖に向かって光るなにかを投げてよこした。チャリン♪
「ナイスキャッチ!」
「200、円?」
「授業終わったら買ってきて。コーヒーな」
「はーい。2本ですかぁ?」
「いんや。ちゃんと、おつかい行ってこれたら1本さっちゃんのな」
「はーい♪」
この日も気持ち良いくらい天気がよかった。
授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り響く。
タッタッタッキュッぴょこっ!3年D組の窓から顔を二、三度覗かせて、杜を探す。
「ぷ、さっちゃん」
「杜先輩!今笑いませんでしたか?」
「そんな事、ぷはっ」
「ぶぅー。はい、コーヒーです」
「サンキュ」
わしわしわし
「わきゃ!」
仔犬と遊ぶ無邪気な子供の笑顔で倖の頭を撫で回す。
「さっちゃんは何飲んでんの?」
「オレンジジュース100%です」
まるで格さんが葵の御紋を悪代官に見せつけるようなポーズをとる。体制を戻して、倖は話を続ける。
「って、先輩!聞いてますかぁ?いいんですかぁ?」
「…ぇえ、ぁあ。ごめん」
杜の目線の先を倖は気づかないふりをした。
「いいんじゃない?」
「えっ!ほんとですか?わ〜い」
「ん?」
「明日一日デート」
「明日じゃなきゃ、ダメ?」
「明日じゃなきゃダメなんです!!」
明日は8月2日、土曜日、おそらく澄み渡る青空。
今日の降水確率15%やっぱり晴れ。
私はココに10時と約束をした。
約束の時間から既に15分が過ぎている。
街は雑踏に溢れ、夏の暑さが蔓延していた。
「…遅いなぁ」
ひとつ溜め息をつく度に肺の中のいらなくなった二酸化炭素が逃げていく。
「はぁー…」
「待った?」
「杜先ぱっ」
声をかけられたのは、隣にいた女性。
杜かと思い、声がする方を見てしまってから溜め息をもう一度つく。今の溜め息は落胆の溜め息。
「はぁー。早くこないかなぁ今日は特別な日なのに…」
ぽつぽつぽつさらに1時間以上が経って雨が降り出した。
夏の雨は天の恵みに思えて気持ちよさそうだった。
けれど…倖の涙を隠す為の雨になった。
「杜…先輩?」
そこにいたのは杜。
と、女の子。
杜に笑いかける笑顔が眩しい。濡小走りに2人はこちらに向かってきた。
「さっちゃん!鈴、前に話したことあったよな?」
「この子がさっちゃん?こんにちは」
雨に濡れた髪が頬にかかり、どこか艶っぽい。
「…こんにちは」
「さっちゃん。ごめん!今日やっぱ一緒に遊べない。鈴が今日誕生日でさ。特別な日じゃん?お祝いしようって話になって」
「分かりました。今日は残念でしたけど。2人は楽しんで下さい」
「ごめんな」
雨のせいで視界が悪い中を独り帰路につく。
浮かれた心で通った道を今度は雨を連れだって、淋しく帰る。倖は泣いているのだろうか…
「さっちゃん!」
後ろから杜が声をかける。
「昨日は悪かった」
「いいです。別に」
「怒ってる?じゃ来週どっかに…」
「もう、いいですから」
半ば激昂気味に突き放す返答しかできない。
そこへ友人の1人が大きな声で倖を呼ぶ。
「オーイ!さっちゃーん!はいコレ」
手渡されたのは、手の平より少し小さい包み。
「昨日誕生日だったよね?そーいえば…前にゆってた、好きな人と一緒に誕生日を過ごすってできた?」
「ううん。できなかった。プレゼントありがと」
「そっか。じゃね」
今聞いた事実を杜は呆然として耳を疑った。
「さ、さっちゃん昨日誕生日だった?」
「はい」
「そっか…ごめんな」
「もう、いいんです。謝らないで下さい」
その時杜の目が自分を見ていない事に気がついた。
目線の先には自分ではなく、好きな人。
やっぱりどんなに頑張っても自分だけを見てもらう事はできそうにない。
「先輩」
「ん?」
「ずっと大好きでした。でも、諦めます。あの人のとこに行って下さい」
「…気持ちに答えられなくて、ごめん」
その後杜先輩たちがどうなったかは、知らない。
「あの後付き合う事になったんですか?」
あれから時間が経ったが一度は本気で好きになった人だ。恐る恐る後にどうなったかを聞く。
「鈴とは付き合ってるよ。最後にさっちゃんが背中を押してくれたから、自分の気持ちを伝える事ができたんだ」
「そっ、ですか」
改めて聞いてしまうと何だか心が苦しくなる。
「でも」
「でも?」
「あの後さっちゃんがいなくなって、後悔してる」
「何言ってるんですかぁ」
そんな事今更言ってほしくない。心を揺さぶらないでほしい。
「彼女を大切にしてあげて下さいよ〜」
「さっちゃん!もう一度。もう一度傍にいてほしい」
「…ダメですよ。先輩には彼女がいますし、それに今好きな人がいるんです。私だけを見てくれる大切な人が」
私は後悔したりしない。
杜先輩は好きだけれど、それは過去の事で私は私の路を歩く。
さぁ、あの人が待つ喫茶店へ急ごう。
おいしいコーヒーと好きな人が待つあの場所へ。