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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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あの日の記憶-1

 克也が次に目を覚ましたとき、隣には猿君がいた。克也は無意識に猿君に向かって手を伸ばした。猿君が握りしめてくれて温かい大きな手の感触を感じるとそこから体全てが生き返って行くような安堵感があった。しばらくそのままじっとしていた。猿君の手から注がれる温かさが体中に行きわたってから、首をめぐらすと病室には榊原教授がいた。遠く足元の方に最上がいる。カーテンが締まっており、時刻は良く分からなかった。


 克也はどこかの病院で目を覚まして以来、霧がかかったようだった思考がだいぶクリアになっているのを感じた。自分がどうしてここにいるのか、思い出そうとするといつもと同じようにすっきりと思い出すことができた。ここは東京の病院で、意識を失う前に自分を連れ去った細野と言う男が医者の格好をして現れた。注射を打たれそうになって、また閉じ込められていたときのように体が燃えるように熱くなったり、頭の中をひっかきまわされるような思いをしたりするのかと思ったら、恐ろしくて仕方なくなった。恐ろしくて叫んだところまでで記憶が終っている。気を失ってしまったようだ。


「江藤君」

 榊原教授が声をかけた。

「今回は大変だったね。気分はどうかね。」

 克也は自分の気分を振り返ってみた。今はもう怖くない。落ち着いている。

「大丈夫です。」

「それは良かった。」

 教授はそういうと、笑顔を浮かべた。

「今、山城さん達は警察の人とお話をしているが、終ったらすぐ戻って来られる。」

「警察?」

「そうだよ。君が巻き込まれた事件の捜査が始まっている。君を攫った犯人はもう殆ど捕まっているよ。何人か逃げたかもしれないが、いずれも小物だ。細野。名前で分かるかな。」

 そう言って榊原教授は克也が頷くのを確認した。

「うむ。細野も逮捕された。あとは事件について彼らに説明してもらうばかりだ。」

 榊原教授の説明を聞いて、克也はあの恐ろしい注射はもうないと思って安心した。

「そうですか。」

「江藤君、君も喋れるようになったら、何があったか警察に話をしなければならない。今は目が覚めたばかりだし、色々あっただろうから待ってもらうつもりでいるが、いつまでも何も話さないことはできない。分かるね。」

 榊原教授に覗きこまれて克也は「はい」と返事をした。

「もし、我々に話していいと思えたら警察に話す前に、一度話してみないか。今でなくてもいいが、予行演習と思って。」

 そう榊原教授が勧めるので、克也はゆっくりと頷いた。

「今、話してもいいですか。」

 そう問いかけると、榊原教授は少し驚いたようだ。猿君が気づかわしげに「無理は良くない」と声をかけてくる。

「僕は、大丈夫だよ。」

克也はそう言って猿君の手を握る力を強くして榊原教授の返事を待った。教授は戸口付近の最上を見やり、彼が頷き返すのを確認してから「構わないよ。」と答えた。



 克也は猿君の手をもう一度握り直してから話し始めた。

 吉野の車が尾行に会い、挟み撃ちされた挙句に銃を突きつけられて克也だけ連れ去られたこと。車でどこか遠くに連れて行かれ、細野という男に父の話を聞かれたこと。知らないと答えると何かの注射を受けて段々体が熱くなっていったこと。細野が父が会社の研究を盗んで逃げたと言ったこと。

 克也の頭の中で、それらの記憶は全て時系列できちんと整理されており予行演習などまるで不要のように滞りなく説明された。吉野の車が爆発したことを克也が誰からも知らされていないことに最上はこの説明を聞きながら気がついた。吉野は家に帰ると約束して克也と別れている。彼女が残された状況からみれば、その約束を守ることは絶望的だったはずだ。克也自身、そのことにどこまで気がついていたのかは淡々と話す克也の様子からはうかがい知ることはできない。


「二つ目の注射のあと、目が回るような感覚がして体中の血が熱湯になったみたいに熱くなりました。そこから頭の中で起きることと、感じることと、体がばらばらになって体は熱くて、感覚もそれを感じるのに、考えているのは全然違うことという状態が続きました。その途中で意識が無くなりました。その後、なんどか喉が渇いたと思って意識が少し戻ったり、また寝てしまったのか気絶したのか記憶がない時間が繰り返しあって、次にちゃんと目が覚めたのはここではない病院でした。和おじさんがいた、宮城の病院です。」

 熱に浮かされて寝たり覚めたりを繰り返していた間の時間の感覚がないので克也は何日自分が監禁状態にあったか知らない。実は監禁されていたのはたった一晩なのだが、克也はとても長い時間であるように感じていた。

「医者の格好で細野さんがやってきて、注射器を出したのをみたらまた打たれると思って恐ろしくなりました。」

「そうか。」

 榊原教授は言葉少なに頷いた。克也の言葉からおおむね自分たちの推理と違わない事実が確認できた。細野の精神状態が思ったより危なかったということが、事件を大きくし被害者の数を増やしたのだろう。そこまで調査が間に合わなかったことは悔やまれるが、正直もう一度やり直してもこれ以上のことはできなかっただろうという確信もある。


次回は、あの時取り戻した克也の過去です。

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