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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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逆襲-1

 克也と吉野の意識が戻り、かつ全員が東京に戻ったことで、事件が収束方向にあるという雰囲気が強まり日ごとに彼らを取り囲む空気は和らいできていた。

 克也も徐々に食事をとれるようになり、元気を取り戻して来ている。口数はまだ少ないが、あんな事件にあった後だ。精神的なショックが抜けていないせいだと誰もが急かさずに彼が話しだすのを待っていた。


 皆、なかなか病院から帰りたがらず、入院三日目を迎えてもなお連日夜半まで病院に残っていた。猿君、最上は2交代で克也の病室に張り付いている。まだ誘拐の主犯が逮捕されていないので警戒は緩められなかった。とはいえ、夜遅くに大人数が病室にいては克也が休めない。弾き出された面々は1階の広い受付ロビーで思い思いに過ごしていた。

 その日の午前2時過ぎ、克也の病室には乙女と針生と最上が残っていた。日中寝過ぎたのか克也は眠くないらしくぼんやりと窓の外を眺めている。乙女はじっと目を伏せて座っている。針生は壁に背を預けて今日の夕刊各紙を延々と呼んでいた。

「ちょっとタバコ吸ってきます。」

 最上が声をかけたが、針生がちょっと視線で了解を示しただけで3人とも大した注意を払わなかった。ドアがノックされたときも、最上が戻ってきたのだろうと同様に放っておいた。


「失礼しますよ。」

 声をかけられて初めて顔を上げると最上ではなく医師だった。中年の医師は軽く足を引きずりながら針生の前を横切って克也の様子を覗き込んだ。

「おや、まだ起きているんですか。眠くならないのかな。」

 反応の薄い克也に声をかけながら、医師は軽く触診していく。そのまま腕を取ると白衣のポケットから注射器を取り出した。

「微熱が続いているので、少し解熱剤を打ちます。早く体力を回復させた方がいいですからね。」

 誰にともなくそういうと注射針を天井に向けて中身を確認する。そのまま克也に針を刺そうとした手を後ろから針生が止めた。


「どうしました?」

 医師は驚いたように振り返った。

「針生さん?」

 乙女も、驚いて声をかける。針生は至って真面目な顔だ。

「その解熱剤、注射じゃないとダメですか。」

「と、いうと?」

「どうも、注射嫌みたいなんですよ。飲み薬とか、なんか違う形にしてもらえませんか。」

 そう言われて乙女が克也の表情を窺うと、確かに少しこわばっている。克也が高熱で倒れる原因になった薬剤も注射で投与されたと聞いている。注射器を恐れるのは当たり前と思えた。

「うーん、注射の方が早く効くんですよね。すぐ終わりますから。」

 医師はひかない。

「そんなに急がなくても、もう大丈夫なんでしょう?」

 乙女が別の医師の説明を思い出して聞くと、医師は困った顔をした。

「それはそうなんですが。」

 口ごもる医師に針生は後ろから更に声をかけた。

「それ、本当に解熱剤ですか?」

 医師は目を大きく見開いて針生の方を振り返った。医師の肘の当たりを掴んでいる手の爪の色が白くなるほど力が込められている。

「どういう意味ですか。」

「間違っていたら失礼。身内が危ない目にあってちょっと神経質になっているもので。どうも、彼が貴方に見覚えがあるようなんですが、でも彼の意識が戻ってから貴方が診察にくるのは初めてですよね?」


 針生の神経質とまで言われる鋭い感覚は伊達ではない。克也の示したわずかな変化に気が付いていた。緊張して体が硬くなり、結果として微妙に体の輪郭線が変わる。息が浅くなり、視線が定まらなくなる。その反応は医師が注射器を取り出す前、さらに言えば医師が克也の視界に入る前から起きていた。他の医師や看護婦と違う反応が気がかりで、注意深く観察していたが、注射器を見て怯えた表情を浮かべたところで確信した。克也は声だけでも一度聞いたことがあれば相手を判別できる。医師が入ってきた瞬間から緊張していたのは、あまりよくない邂逅のあった相手だと想定された。

 針生が目を見据えると医師は針生の腕を振り払った。何か叫びながら、なりふり構わず克也の腕に針を突きたてようと克也の腕を掴み直すと克也の口がかぱっと開いて言葉になっていない叫び声を上げた。

 乙女が克也の体を引き寄せるより前に医師は注射器の中身を流し込んだ。


「克也!」


 克也の叫び声を打ち消すように、乙女が悲鳴を上げた。


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