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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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束の間の安息-1

 東京の病院へ移ると、吉野の転院に伴ってきていた乙女が駆けつけてきた。

「克也!克也!」

 克也はゆっくり首をめぐらせて、うっすら微笑んだ。

「乙女さん」

 乙女はベッドの上で克也を抱きしめて、顔や手を撫でて怪我がないか確認していたが外傷は全くない。まだ少し熱が残っているだけである。

「誰に襲われたの。怖かったでしょう?薬を打たれたって聞いたわ。今はどこも痛くないのね?」

 まだ少しうつろな感じのする息子に乙女は次々と言葉をかけたが、克也は曖昧に頷くだけで言葉を発さなかった。

「乙女、克也はまだ無理に喋らせたらいけないと言われてるんだ。気持ちは分かるが、あまり急がせたらダメだよ。」

 和男が横から、克也を質問攻めにしそうな妻を宥めた。

「ああ、そう。そうよね。ごめんなさい、克也。」

 乙女は克也の目を覗き込んで無理やりに微笑んだ。

「帰って来てくれて良かった。おかえり、克也。」



 その晩、東京に居残っていたメンバーも次々と克也の元を訪れた。大木はただ克也の手を握りしめて多くは喋らずに帰って行った。本当はもう少し居残りたいと言っていたのだが、この2日間で大げさでなく一睡もできていないのは大木だけだったので、皆に追い返されてしまった。大木を強引に帰宅させた中心人物である黒峰は目を開けている克也をみて珍しく微笑んで「おかえりなさい」と声をかけた。彼女は一連の事件についての警察からの問い合わせに追われており、大木を追い出した帰りに呼び出しをくらってしまい病室には戻って来られなかった。


 犬丸は少し遅れて黒いクマに無精ひげの姿でケーキ屋の大きな箱を持って現れた。

「お前はその格好でケーキ屋に入ったのか。」

 最上が驚いて声をかけると、なにか問題があるのかと言いたげな傲岸な表情で頷いた。病室にいた面々はみな微妙な表情になったが、あえて何も言わなかった。

「克也はプリンの方がいいかな。」

 赤桐がさっさと箱を開けて周りに配給を始める。

 克也は自分でスプーンをとって少し口に運び「おいしい」と微笑んだ。それを聞いておこぼれに預かった宮城からの帰還組もケーキを食べ始めた。どういうわけか甘党揃いの榊原研究室の面々がガツガツとケーキを手づかみで消費していくのを見て乙女は驚いた。いい年の男が揃ってショートケーキを手づかみで食べるところなどそうそう見られるものではない。最上もダイエットは忘れて好きなだけ食べることにしたようだ。

 すっかりケーキを食し終えると犬丸と針生は手を洗うと連れだって去って行った。余りの食べっぷりに茫然としていた乙女が振り返ると克也のプリンも空になっている。

「あら、ちゃんと食べられたじゃない。」

 乙女が笑顔でカップを受け取ると、克也は「ありがとう」とだいぶしっかりした口調で礼を述べた。

「ああ、ちゃんと食べた方が良い声が出てるわ。」

 乙女は嬉しそうにそういうと、お茶でも淹れましょうと給湯室へ去って行った。


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