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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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静かで長い夜-5

 最上をおいて一足先に病院に向かった針生は、移動の途中で犬丸から電話を受けた。内容は待ちに待ったものだった。

「吉野さんの意識が回復しました。峠を越したからもう大丈夫だって。」

 犬丸はぶっきらぼうなものいいだが、一番安心したはずだ。

「そうか。良かったな。」

 針生が夜道で白い息を吐きながら返事をすると、犬丸は「それから」と続けた。

「目が覚めて、針生さんにお礼を言ってたって。助かったって。」

「そうか。」

「僕にも同じこと言ってたって。」

「そうか。良かったな。」

 犬丸はそれには返事をせずに電話は切れた。


 針生は携帯の電源を切って病院に入ると病室にいた3人に吉野の意識が戻ったことを伝えた。和男の表情に生気が戻るの見てほっとする。赤桐と猿君も安心したようで久々に笑顔が見えた。

 それから間もなく、病室の空気が軽くなったのを感じたように全く動かなかった克也が身じろぎした。

「克也?!」

 和男が飛びつくように肩を掴むと、克也は目をきつく閉じた後でゆっくり開いた。

「克也。分かるか。」

 顔を覗き込んだまま和男が呼びかけると、克也はぼんやり彷徨わせていた目を和男の顔の上で止めた。

「かず、おじさん」

 小さい声だったがはっきりと喋っている。

 和男はベッドの脇に膝まづいて崩れ落ちた。肩が震えている。

「克也!」

 和男の奥から赤桐と猿君と針生がそれぞれ克也の名前を呼ぶと、克也の視線は病室を一周して少しだけ笑顔が浮かんだ。赤桐は猿君に飛びついた。猿君は赤桐をぶら下げたまま泣きだした。

「克也、痛いところはないか。悪いところはないか。」

 和男が顔を上げて聞くと、克也はぼうっと天井を見上げたがゆっくり首を横にふった。

「ああ、良かった。本当に。」


 一気に空気が明るくなった病室から滑り出ると、針生は足早にナースステーションに向かい克也の意識が回復したと伝えた。そのまま、この連絡を待っているであろう人々へ連絡す

べく待ち合いエリアへ移動した。



 克也はまだ微熱があり、かつ極度の消耗からも立ち直っていないためか、ぼんやりとしていたが運動機能、言語機能ともに異常はなかった。医師から後は体力が戻れば退院できると説明を受けると、また和男と猿君が泣きだした。

 安静にしていればいいだけなのならば東京に連れて帰りたいと病院にかけあい、その日のうちに転院の許可を取った。東京では吉野の入院先も変更する手続きが並行してとられていた。吉野のいる病院には同じ事故で吹き飛ばされた男たちがまだ入院しており、意識が戻ってすぐに病院側の説得にかかっていた。

 新しい病院は以前に猿君がお世話になった大徳寺家ゆかりの病院である。

 克也への薬物投与に犯罪の可能性があるというので警察も出てきてしまったため、予想より遥かに長い時間をかけて一行が東京へ帰ることを許されたのは、夕方になってからだった。


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