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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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静かで長い夜-4

 猿君と赤桐と交代で最上と針生が休憩に入ることにした。和男はどうしても動かないというので仕方なく置いて行く。


 ホテルの部屋までひたすら沈黙していた二人だが、最上がシャワーを浴びて出てきてからやっと話し始めた。

「克也に投与された薬はなんだったのか分かっているんですか。」

 針生は狭いツインのベッドに転がって質問する。最上の着替えは赤桐が調達して来てくれたシャツとジーンズだ。この人は裾を切らなくてもジーンズがはけるのかと針生は最上の足首辺りを見ながら思う。

「自白剤の一種らしい。あまり詳しいことは分からない。薬自体が危険だったというより量が問題だったみたいだな。たぶん猿に同じ量を投与したんなら微熱程度だったんじゃねえか。」

「たとえが一般的じゃなさすぎる。」

「確かに」

 最上はあっさり非を認めた。

「一般の大人の男性に与えるにしても多かったらしい。克也の体格じゃ完全に許容量オーバーだ。」

 薬の量は通常、体重を元に決める。克也は成人男性とカウントするにはまだ細身だ。

「なんで自白剤なんて打ったんでしょうね。」

「克也から聞きたいことがあって、答えてくれなかったからだろうな。」


 事件が発生する前からの推論と合わせればこういうことになると最上は話の流れを説明した。

「なるほど。克也は4,5歳あたりを境に記憶が全くない。それ以前に一緒にいた父親の情報だったら確実に記憶にないですね。それで嘘だと思ったと。」

「克也の記憶力を目の当たりにする機会が一度でもあれば、嘘だと思うだろうな。」

「俺も今でも信じられないですからね。」

 最上も狭いベッドに転がって二人揃って無愛想な天井を見上げる。

「俺も信じられないね。」

 しばらく二人は黙っていた。

「江藤幸助さんについては調べてないんですか。榊原教授の知り合いなんでしたっけ?」

 針生が口を開く。

「幸助さんの方?」

「そうです。克也が父親のこと覚えてないのは父親本人のせいじゃなくておじいさんの幸助さんのせいだと思った方が自然だと思いますけど。なんていうか幸助さんに催眠術とか洗脳とかそういうことをしそうな傾向はなかったんですか。」

 最上は徹夜明けに走り回り、更にシャワーを浴びて横たわるという眠くなるフルコースをして猛然と襲いかかってきていた眠気が一瞬遠のくのを感じた。今の針生の発言がひっかかった。

「なんで、幸助さんのせいだと思う方が自然だ?」

「幸助さんと友助さんの仲は良くない。絶縁10年って超仲悪いじゃないですか。友助さんは病気とはいえ克也を預けていなくなる。そして亡くなってしまう。4,5歳の子供に覚えておかせたいと思うかというと、微妙じゃないですか。それに克也はおじいさんのことはちゃんと覚えているのに一緒に暮らした間に両親の話を全然されてないんですよね。知らせたくなかったってことでしょ。」

 最上はふーっと音を立ててゆっくり息を吐いた。


「そうだな。」

「は?」

 針生は返事が聞き取れず最上の方へ顔を向けた。

「記憶を消すというところまで積極的に関わったかは分からんが、幸助さんは克也に友助さんと嫁さんのことを少なくとも思い出させないようにした。だからあれほど綺麗に記憶がない。なるほどね、幸助さんにどれほどのことができたか、確かに調べる価値あるな。」

「あれ、ショックによる記憶喪失説をそんなに簡単に捨てちゃうんですか?」

 針生はそんなに簡単に自説が採用されると思っていなかったので驚いた。

「捨てた訳じゃねえよ。もう消去法くらいしかやりようがないからな。幸助さん側からのアプローチも必要だと思っただけだよ。つーか、なんで気がつかなかったかな、俺は。」

「そんなもんですか」

 話を聞いていて思いついたままを口にしただけの針生は、拍子抜けしたような気分で相槌を打った。

「針生、お前さ。他の研究室行かなくていいから俺の跡継がねえ?素質あるよ。」

 最上の跡とは何を指すのか良く分からない。準教授職は世襲制ではない。

「嫌ですよ」

 分からないなりに、最上の代理を務めるのはあまり美味しく無さそうなので断った。そして「3時間寝ます」と言って本当に3秒後に寝ていた。

「便利だな」

 その様子を見て最上は羨ましくなったが、人が寝ているとつられるもので最上の眠気が帰ってきた。そして、「男の寝息で眠くなるなんて最低だ」と思ったのを最後に眠りに落ちた。




 最上が目を覚ましたのは外が明るくなってからだった。思ったより遥かに長く眠ってしまった。しかも隣はもぬけの殻だ。隣で人が動いていたのに目を覚まさなかったなんて、俺も年だなと寝起きの頭でナイフみたいに尖っていた昔を思う。立ち上がってみると頭痛もしないし体もだいぶ軽くなっている。顔を洗って病院へ行こうと洗面所から居室に戻るとベッドサイドにコンビニの袋があり、朝食が用意されているのに気がついた。

「やばい。惚れそう。」

 最上は有難く差し入れを腹に収めると改めて病院へ向かった。


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