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榊原研究室  作者: 青砥緑
第一章 春
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運動会をしよう-3

 赤桐が戻ってきたのは、皆が昼食を終えて午後の作業に取り掛かってしばらくしてからだった。「激安の殿堂」と書かれた大きな袋を抱えている。またタバコを吸っていた最上がそれをみて「お前は今日、実験を進める気は全くないな」とこぼしたが口元が笑っている。


「最上さん、スーツしかないの?」

 赤桐はいつも通り、スーツに革靴姿の最上に眉を寄せる。

「これの他は白衣か作業用のつなぎしかねえよ。」

「せめてつなぎにすれば?」

 最上はちょっと考えるように自分の服装を見下ろしたが、納得したらしく「そうだな」と返事をした。

 学部生はまだ体育の授業があるので猿君と克也はジャージを研究室に常備していた。他のメンバーも予期せぬ泊まり込みはよくあることなので、なにかしらジャージを持っている。

「グランド確保してきた。野球のグランドの脇のスペース使えるから、そこに14時に集合ね。」

 赤桐が宣言すると、みな作業を中断して着替えを手に手に移動し始めた。


「今日はどうして急に運動会をすることになったの?」

 グランドまで移動しながら克也は猿君に質問する。

「天気がいいからな。」

「天気がいい日はこれまでもあったけど、今日になったのはなぜ?」

「思いついたからだな。」

「運動会は思いついたら行うものなの?」

 猿君と克也の問答の後ろで聞いていた犬丸が口を挟む。

「楽しそうならやってみようって思うのが若者なの。サボれるならサボろうとするのが学生なの。ちゃんとした理由なんてあるわけないじゃない。ま、僕は運動会にいい思い出なんかないけどね。」

「赤桐さんにとって運動会は楽しいのですか?犬丸さんは楽しくないのでしょう?」

「楽しい人も、楽しくない人もいるよ。ニンジンが好きな人と嫌いな人がいるのと一緒。克也が楽しいかどうかは、今日やってみれば分かるでしょ。」

 ここまでの問答で克也には研究室内で、運動会が楽しそうだと考えた人が多かったので本日決行されることになったらしいということが理解された。

「ちゃんとした理由がなくても運動会をすることはよくありますか。」

 更に質問する。赤桐が思いつくたびに晴天なら運動会をするのだろうか。それでは研究がおろそかになりすぎるのではないかと克也は危惧する。

「初めてだよ。運動会自体が、たぶん榊原研始まって以来初めて。」

 克也がさらに質問しようとしたが、途中から合流してきた最上も口を挟んできた。

「まあ、とにかくやってみろ。人生何事も経験だ。やってみて楽しかったら赤桐が突然こんなこと言い出したのも少しは分かるだろ。言っておくが、俺も榊原教授も晴れる度に運動会なんて真似はさせん。できるときにやっておけ。」


 13時58分、榊原教授と針生が実験を行っていた部屋に赤桐と黒峰が押し込んできた。二人とも実験に没頭しており、当然運動会のお知らせは読んでいない。1分で事情を説明し、1分で実験室を退出させる。

針生と榊原教授を連れて二人がグランドへ向かうと既に他のメンバーは着替えて準備体操など始めていた。


「よーし、はじめるぞー!」

 赤桐は威勢よく集合をかける。集まってきたメンバーに黒峰がいつのもタイムテーブルを読むように説明する。

「榊原研究室記念すべき第一回運動会の最初の種目は、徒競争です。針生さんは順番が来るまでに体をほぐしておいてください。榊原教授はこの種目不参加でよろしいですよね。」

 小さなカラーコーンを買い込んできた赤桐の指示のもと大木と猿君がコースを作成する。二人ひと組のかけっこだ。

 スタート地点にピストルをもった赤桐、ゴールにストップウォッチを持った黒峰が立つ。女性陣は参加しないらしい。

「最初はじゃあ、大木と犬丸。」

 指名されて大木と犬丸がスタート地点に立つ。

「位置について、よーい」

 パーンという音と共に大木が駆け出し、一拍遅れて犬丸がスタートする。50Mにも満たない程度の距離だが、あっという間に差が開いて大木が悠々とゴールする。数秒遅れて、それでも最後まで必死で走っていた犬丸が転がるようにゴールする。そんな犬丸のゴールを待とうともせずに、何かをガサガサと探していた大木は紙テープを持って帰ってきた。

「赤桐さーん、これ使っていいですか?」

 叫ぶと、「いいよー」と返事が返ってくる。黒峰に一方を持ってもらってゴールテープをはる。

「やっぱり、これがないと運動会って気がしないですよね。」

 大木は満足げにゴールテープを見ると、手を振って赤桐に準備OKの合図を送る。


「次は、克也と猿君」

 克也は少し緊張した面持ちでスタート位置に着く。猿君の表情は毛に覆われて見えない。

「位置について、よーい」

 どちらも立ったままちょっと片足を引いて構える。

 パーン。二人が駆け出すと最初はせっていたものの途中からじわじわと猿君が遅れて行く。巨体がずしんずしんと芝生に沈み込む度にペースが遅れて行った。

 克也がゴールテープをきる。2歩差で猿君がゴールする。

 克也は目を輝かせて振り返り、膝に手をついて息を整えている猿君に向かって言う。

「僕、ゴールテープを切ったの初めてだよ。なんだか気持がいいものだね。」

 猿君はゆっくり顔を上げると、「そうか」とちょっと目をほころばせた。最近、猿君の目の表情をだいぶ判別できるようになった克也には、それが笑顔だと分かった。

「俺は駆け足で負けたのは久しぶりだ。克也は足が速いな。」

 猿君は克也の頭をぐりぐりとなでると、まだへたっている犬丸の脇へ向かった。


「次!針生と最上さん」

 赤桐は最後のペアを指名する。薄汚れたつなぎ姿の最上の足元は鉄板入りの重たい作業靴である。着替える暇がなかったもののジーンズにスニーカーの針生の方が有利に見えた。そもそも年齢からしても針生の方がだいぶ若い。ところが、走り出すと明らかなことに最上の方が速かった。最後はちょっとペースを落としていたのにも関わらず圧勝した。

 黒峰が全員のタイムを読み上げると、ぶっちぎりの総合1位が最上であることが判明した。克也は総合4位だった。

「運動会で一番怖いのが徒競争だよ。逃げようも隠れようもないし、誤魔化しようもないし。」

 当然最下位だった犬丸がブツブツ文句を言っている間に、黒峰が次の種目を発表した。


ちなみに2位以下は、大木、針生、克也、猿君、犬丸の順でした。

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