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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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静かで長い夜-2

 善意に対して失礼な想像で返礼されているとは露ほども思っていない病室の針生は黙って克也の足元の方に座っていた。和男は何もしゃべらない。目の下に黒いクマを作り、無精ひげを生やしているが目には妙な力があり見つめていれば克也が元気になると思っているかのように克也から目を逸らさない。

 里親として接して5年。克也の話を聞く限り毎日家にいる品行方正な父親ではないようだが、克也を大事に思う気持ちは普通の父親と同じなのだろう。いつか不用意に失礼な物言いをしたことを謝らなければならないと思う。


 二人でじっと沈黙しているとタバコ休憩を終えた最上が両手にコーヒーを持って戻ってきた。

「はい。」

 針生と和男に差し出す。

「最上先生は?」

「もう飲んだ。」

 針生は一つだけ受け取り、和男の手を軽く叩いて意識を引き寄せるとコーヒーのコップを握らせた。

「山城さん、少し何か口にいれないと持ちませんよ。」

 和男はぎこちなく頷いて、少しだけコーヒーを啜った。深呼吸して何度か瞬きをすると病的だった目の光に理性が少し戻ってきた。

「ありがとうございます」

 克也が救出されたと聞いてから、山城和男が初めて口にした礼だった。コーヒーへの礼が先かと最上はおかしく思うが、条件反射のようなものの方が自然と出てくるのだろう。

「山城さんも、いつでも仮眠取ってください。病院の近くにホテルとりましたからシャワーも浴びられます。」

 針生はそう言って肩を軽く叩いたが、和男は頷いたものの動く気はないようだった。

「ほら、お前も冷める前に飲んどけ。」

 最上は針生にコーヒーを押し付けるとまた戸口付近の椅子に陣取った。長い脚を投げ出して腕を組んで目を閉じる。眼を閉じることさえ忘れていたせいで、閉じるだけで血でも出そうに目が痛い。


「最上先生も、これ。」

 針生が寄ってきて差し出したのはホテルのキーだった。

「赤桐さんと猿君に仙台の方のホテル引き上げて来てもらいますから、休憩は次回からこっちで。」

 キーの裏に住所が書いてある。確かに仙台のホテルではここまで遠すぎる。こういう細かいことをしながら来たから到着が遅かったのだ。

「お前は本当にできた奴だな、来年度からもうちょっとまっとうな先生の下につけよ。」

 最上は笑ってキーをポケットに収める。

「嫌ですよ、やっと世紀の大発見かもしれないってとこまで来たのに何で今。」

 針生は本当に嫌そうに言うと、ぷいと顔を背けてまた克也の方を向いた。

 針生は病院についてから克也の容体以外、誘拐事件の話は一切していない。時が来るまで黙っていられるのは猿君と共通する針生の美点だ。この忙しいのに頭を剃り直してきたのかつるりと輝く後ろ頭を見ながら感心した。


今年もよろしくお願いいたします。

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