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榊原研究室  作者: 青砥緑
第四章 秋(後篇)
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静かで長い夜-1

 針生が仙台駅から更に1時間ほど離れた救急病院についたのは薄暗くなってきた頃だった。研究室を出て家に戻ってから東京を離れるまでに予想以上に時間がかかってしまった。黒峰を早く東京に帰してやらねばならない。彼女もまたろくに寝ないまま駆けまわっていたし、東京に帰ったところで今回した無茶の収拾のために休む暇はないと思われた。酷な要求をするようだが、彼女が素早く後始末をつけることはこの作戦の欠かせない要素である。少しでも早くその作業に着手させてやることが結局は彼女のためでもあり、皆のためにもなる。

 病院に着くまでに針生に入った連絡は最上が無事に脱出し、大木がセキュリティシステムを復旧し、とりあえず作戦は無事終了したということだけだった。吉野と克也の意識はまだ戻らないようだ。


 克也の病室は個室で、周りに山城和男の他、猿君、赤桐、黒峰、最上がすし詰めになっていた。黒峰はスーツ以外、秘書スタイルに戻っている。

「よう。遅かったな。」

 一番戸口付近にいた最上が声をかけた。目が赤い。珍しく無精ひげを生やし、着たきりの黒いスーツがよれている。

「どうも乗り継ぎが悪くて。克也はどうですか。」

「強力な薬剤を大量に投与されたらしい。点滴でずっと薄めてたのが終って今はただ回復を待っている段階だ。いつから熱を出したまま放っておかれたのか分からなくてな、熱が長く続いていたとすると脳に損傷が出ている可能性もある。脱水症状もあったが、そっちはもう大丈夫だそうだ。意識が戻って、脳の異常がなければ発熱で奪われた体力が回復するのを待つだけでいい。」

 最上は淡々と説明した。高熱による脳の損傷は乳幼児などでは特に注意しなければならないが、15歳の克也の場合、どの程度の熱でどのくらいの症状がでるのか針生は想像がつかなかった。麻痺が残るとかいう話は聞いたことがある。複雑な思いで寝ているだけに見える克也をみやった。命はある。それは喜ばしいが意識が戻るまで昨日までの克也がそのまま帰ってくるかは分からない。克也の傍によって顔を覗き込んで見たが、もちろん医者ではない針生にはそれでは何もわからない。顔を上げると黒峰の方を向いた。

「俺は黒峰さんの交代要員なんで、黒峰さんは東京に戻ってください。榊原教授が家に直帰してくれて構わないから戻れそうな時間が分かったら連絡が欲しいと言ってました。」

 黒峰は頷くとすぐに立ち上がった。克也の頬に触れて顔を覗き込むとおでこにキスして去っていく。それを目の前で見送った和男は放心状態で、黒峰に挨拶も礼もない。ただ克也の手を握りしめていた。


「ここ、混み合いすぎじゃないですか。心配は分かりますけどみんな酷い顔だし交代で休んでください。俺、移動中に寝てきたからしばらく付いてますよ。」

 針生は魂が抜けた面々を眺めて、榊原教授が自分を指名して電車で寝ながら移動しろと指示した理由が良く分かった。克也の身の回りもそうだが、他のメンツの面倒をみられる人間が必要だ。

 針生はとりあえず赤桐と猿君を追いだした。和男は乙女以外との交代は認めないだろうし、最上は自分の言うことなど聞かない。二人にホテルに戻ってご飯を食べてシャワーを浴びて3時間以上眠るまで帰ってくるなと言い渡した。

「街中にいる間に頼みたいことがあるから、目が覚めてもすぐ帰ってこないでくださいよ。こっちから電話するまでホテルにいてください。」

 赤桐を押し出しながら念を押す。


「わりい。」

 最上が声をかけると針生は首を横に振った。

「タバコはいんですか?」

 針生がどうせ切らしているだろうと駅で買ってきたタバコを投げると、驚いたようだが、ニヤッとしてちょっと謝意を示して立ち上がった。

「こいつを忘れたのは久しぶりだ。」

 疲れてはいるのだろうが、一見いつも通りに見える針生の見た目や振舞いに、最上の麻痺していた感覚がじんわりと戻ってくる。少しでも笑顔を浮かべたのは丸1日以上ぶりのことだ。表情筋の強張りを感じて自分がどれだけ余裕を失っていたか思い知る。

 最上は廊下を背伸びしながら通り過ぎ、玄関口の外の喫煙所でタバコを吸う。普段はタバコを吸わない人間はタバコの補給のことなど思いつきもしないものだ。針生から差し入れがあるとは思わなかった。こんなに気が利くのにさっぱり女っ気がないのはなぜだろうとぼんやり思いを巡らし、ふと海辺で仁王立ちしていた姿を思い出して吹き出しそうになって咳こんだ。


今年最後の投稿です。

毎日読んでいただいている皆様、ありがとうございます。良いお年をお迎えください。

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