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榊原研究室  作者: 青砥緑
第三章 秋(前篇)
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奪還作戦 黒峰‐2

 次に黒峰が向かったのは24時間営業のレンタカー屋だ。本当は会社名の入った車があればベストなのだが、さすがに手配が間に合わなかった。ネットで予約しておいた車を借りてまっすぐS&Kリサーチの理化学研究所へ向かう。出入りの業者名前の入ったジャンパーを羽織って自分の中のスイッチを切り替える。教授秘書の次の役はいつもの営業が怪我で急に休みになったので代打でやってきたS&Kリサーチにはあまり詳しくない営業職員だ。通勤が始まって混んできた道を運転しながら研究室に電話をかける。


「黒峰です。最上先生達とのコンタクトは終りました。大木君はどうですか。」

 電話番をしていた針生が大木に何か問いかけて返事をしてきた。

「侵入は成功しました。過去データは6時間で上書きがかかっているらしくて、克也が写った映像はまだ見つかっていません。見張りが立っている扉があるので、そこにあたりをつけています。映像は今時点では夜間のものしかなくて使えないと言っています。あと何時間かしたらいけそうですよ。」

「分かりました。」

 予想とそれ程離れた返事ではなかった。とにかくセキュリティシステムに侵入できたと言うのは朗報だ。警報を作動させないのは作戦の肝だ。監視カメラ映像に克也の姿があることを期待していたが現在8時で6時間ごとにデータを上書きしているということは夜中2時以降の映像しか見られていないことになる。確かに動き回っていた時間帯とは思えない。朝食やトイレのためなどに克也が一度でも動いてくれれば無事を確認できるのだがそれは待つしかない。


 昨日、赤桐が走ったであろう田舎道に差し掛かった。特徴も先ほど赤桐に聞いてきた通りだ。間違いない。山道を上がり、建物が見えてきたところにちょうどゲートがあった。用意しておいた言い訳をしながら、普段出入りの担当営業の名前をちらつかせる。この営業の名前を洗い出してきたのは最上だ。入手ルートは秘匿されている。定年後のアルバイトではないかと思われる門番は、名前に覚えがあったらしくゲートを上げてくれた。第一関門突破である。

 車を駐車場へ入れて、受付へ向かう。受付には藤色の趣味の悪い制服をきた受付嬢が座っていた。黒峰は営業カバンのポケットから黒い手帳を取り出し、メモを読み上げて取り次ぎを依頼する。受付嬢は「少々お待ちください」と言うと内線でどこかへ連絡している。この取り次ぎの依頼先も最上が持ってきた情報だ。もし、この相手がもうこの研究所に勤務してなかったりしたら、なんて文句をいってやろうかと内心ドキドキしながら受付嬢のやり取りに耳を澄ませていると、どうやら該当の人物はいたらしい。ただアポなしの訪問に混乱している様子がうかがえた。受付嬢は電話を下ろすと、黒峰の方を向き直り「担当者が迎えにくるのでかけてお待ちください」とベンチを示した。黒峰は会釈して大人しく座って待つ。研究所エリアと外部の人間が出入りできるエリアの間にはセキュリティカードがないと通過できないドアがある。そのカードを偽造したり、セキュリティシステムに裏から手をいれたりしている時間がなかった。誰か本物の職員と一緒にドアを通過する必要がある。ここから先は演技力の勝負だ。


 程なく、前頭部の広い、目の大きい男が出てきた。何だか宇宙人めいた外見である。

「大野さんですね?」

 待っている営業は黒峰しかいなかったので、男はまっすぐ黒峰に向かってきた。

「山内の代理で参りました。大野と申します。はじめまして。事前に変更のご連絡ができなくて申し訳ありません。今朝がた山内が怪我でお休みをいただくと連絡がありまして。」

 男に喋らせる隙を与えず、一気にまくしたてる。当然、男は困惑気味だ。

「あの、山内さんには今日来てもらう約束してなかったんだけど。彼、本当にウチに寄れって言ってた?」

 黒峰は驚いた顔をする。

「ええ、どうしても朝一番で会いに行ってくれと。それなので無礼を承知でご連絡もとりあえず参ったんですけれども。あの、機械に不備とか、何か備品の補充とか、連絡されてませんでした?」

「用件知らないの?」

 男は不審者を見る目付だ。用件なんかないんだから知るわけがない。

「ええ、電話口に本人がでられなくて、御家族から伝言されたものですから。」

 そういうと、男はああ、というように頷いた。

「奥さん?奥さん、慌て者だっていつも言ってたからな。要領を得なかったんでしょ。」

 黒峰は相手が勝手に納得してくれたことにちょっとほっとした。

「奥様、だったのかしら。女性でしたけれども、それもちょっと分からなくて。」

 もちろん、ここで「はい」なんて言ってしまって、あいつに嫁なんかいないよと返されたらたまらないので、苦笑いでぼやかしておく。山内が既婚者かどうかなど知らない。しかし、男は黒峰を試したわけではないようだった。

「それは、聞きしにまさる慌てぶりだな。」

 男も苦笑いしている。

「あの、何も連絡されていなかったのでしょうか。」

 不安な表情を作って確認すると、男は「ないねえ」といった。自分は悪くないのに、すまなそうな顔で「朝から山奥まで来てもらって悪いけど、間違いだと思うよ」と続けた。ここで引いては来た意味がない。

「そうですか。伝言ミスかもしれませんね。あの、一応、中を確認させてもらえませんか。私も手ぶらで帰ると申し開きができなくてちょっと困るものですから。申し訳ありませんけど。」

 ぐっと詰め寄る。男はしばし渋ったが、見るだけで彼女の顔が立つならと許可してくれた。ビジターカードを受け取って研究設備のある奥の建物へとついて行く。第二関門突破である。


 黒峰は自分が名乗る予定の会社の納品している機械の名前と外見くらいは覚えたが、細かい型番や他に納品しているサプライ製品までは手が回らなかった。話が詳細に至るとボロが出る。男が廊下を歩きながら世間話をするのを最低限の相槌でかわしながら、男が立ち止るまでついて行った。

「サプライ関係はここに入れてもらってる。見てもらえば分かるけど、今は十分だよ。」

 倉庫と書いてある扉の前で男はそういうと、鍵を開けてくれた。

「こっち見終わったら、隣の研究室に声かけてくれる?機械はそっちだから。」

 そう言って黒峰一人を残して去っていく。

「はい、お手数おかけします。助かります。」

 黒峰は笑顔で男を見送ると、倉庫の扉を閉めてほうっとため息をついた。

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