奪還作戦 黒峰-1
黒峰は朝4時前に学校を出た。一度自宅へ帰り身支度を整え直すとタクシーで仙台を目指す。吉野の意識が戻るのを待っていたのだが、結局間に合わなかった。
タクシーの中でいつものタイトスカートのスーツではなくシンプルなパンツスーツをはいた足を組みかえる。大きなカバンには針生と犬丸が徹夜で用意してくれたツールが詰まっている。まずはこれを最上達に届けなければならない。
昨夜、最上と猿君が飛び出して行ってから榊原教授と黒峰は克也の奪還作戦について改めて話し合った。今回、警察が克也にたどり着くにはかなり長い時間がかかると予想された。吉野の車のバンパーに残っている衝突の後から、相手の車の塗料を採取、現場のタイヤ痕、目撃証言、Nシステムの映像をかき集めて爆発現場から去った車を特定する。その所有者を探しあてても克也が乗り込んだという決定的な証拠はないのでいきなり突入できない。丸1日以上確実にかかる。下手すれば3日も4日もかかるかもしれない。病院にいる男たちが素直にしゃべれば話は別だが、最上の話では雇い主に怯えている風らしい。あまり希望的な観測をすべきではない状況だった。
以上の状況から考えるに、克也は自分たちで迎えに行ってしまった方が早い。警察を介さない以上は、事後に情報を多少揉み消すにしても穏便な解決方法を取らねばならない。バズーカ砲で正面突破とはいかない。
不幸中の幸いは最上がS&Kリサーチについて内偵を進めていたおかげで、ある程度の情報が既に手元にあったことだ。最上が目をつけていた細野という男が昨夜から帰宅していないことも確認できた。追いかけていた線はおそらく間違っていなかった。
宮城にある理化学研究所は最近S&Kリサーチが新たな研究所を立ち上げるまで会社のメインの研究所だったものでかなり規模が大きい。人間自体は新しい研究所にかなり異動になっているので箱だけ大きくて人が少ない。克也を人知れず監禁しておくには良い条件だ。しかも企業の生命線の研究所だっただけあってセキュリティシステムもしっかりしている。先日、なかなか手に入らなかったS&Kリサーチの研究所の見取り図を取り寄せることに成功していたのは本当に運が良かった。
大木は黒峰が退出するくらいから、S&Kリサーチのセキュリティシステムへの侵入を試みている。後ほど結果報告が入る手はずになっている。
タクシーは夜間輸送のトラックの隙間を縫うように北上していく。黒峰は目を閉じて今日自分が演じなければならない人間についておさらいしていった。
仙台駅前のホテルに到着し、最上達がいる部屋へ向かう。無言でノックすると最上が出てきた。黒峰をみて目を見開いたが、すぐに頷いて中へ通してくれた。やはり特技はばれていたようだと黒峰は少し残念に思いながら部屋の中へ滑り込んだ。
部屋の中にいた猿君と赤桐は黒峰の姿に明らかに緊張していた。くどい説明をするのが面倒くさいので大きな荷物を下ろすと、すぐに必要な説明を始めた。
「針生君と犬丸君から預かってきました。使い方を説明しますから覚えてください。」
一声聞いて赤桐が素っ頓狂な声を上げた。
「え、黒峰さん?」
「はい。」
猿君と赤桐は絶句している。それもそのはずで黒峰はそのとき30代半ばの精密機器メーカー営業の姿をしていたのだから。
「黒峰の特技は変装。知らなかったろ?」
最上が一言説明を付け加えると、赤桐と猿君は呪縛が解けたようにため息をついた。犬丸がコスプレマニアの線で疑っていたが、その上を行く完成度だった。毎日顔を合せている学生すら全く気が付かないほどの化けっぷりだ。
「時間がありません。一回で覚えてください。」
黒峰は次々とボストンバックから謎の道具を取り出して行った。説明が進むにつれて最上は真剣な顔からあきれ顔になり、さらに元に戻って真剣な顔で呟いた。
「あいつら、本当に研究予算を返させよう。」
とにかく、説明が終ると黒峰は大きなカバンをホテルへ残し、ブリーフケースと営業カバンを抱えて去って行った。
「あの年季の入った営業カバン、どっから手に入れたんだろ。」
茫然と見送った赤桐がぽつりと呟いた。事件が起きてからまだ一度も夜は明けていない。調達ルートは謎に包まれていた。