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榊原研究室  作者: 青砥緑
第三章 秋(前篇)
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江藤幸助の覚悟

 庭に夏の日差しが射している。

 横倒しに見える景色を布団から眺めながら、克也が家にやってきたのもこんな日だったと思い出す。あの日、たった一人の父親に置き去りにされても泣きもせずじっと座っていた小さな子供。心に傷があるかと心配したが、慣れてくれば屈託のない明るくて素直な子供だった。少し明るすぎる程だ。今でもあまり涙は見せない。子供なのだから泣けばいいと思うのだが、悲しいときはいつも不思議そうな顔をしている。感情より先に頭で状況を理解してしまうから、悲しいと感じる前に自分で心に蓋をしてしまうのかもしれない。


 人間、命が尽きるときには予感がするという人もいるが、私は気がつけるだろうか。毎日毎日、明日死ぬかもしれないと思いながら、今日もこうして夕暮れを眺めている。生きてはいるが、体を起こすのもめっきり辛くなった。克也に満足にご飯も用意してやれない。先日会った山城の細君は子煩悩そうで、料理も得意だと言っていた。家政婦もいると言うし、山城家に引き取ってもらえたら、きっと今までより美味しいものを食べさせてもらえるだろう。克也の為には、私は早くあの世へ行った方がいいのかもしれない。辛いことの多かった克也の記憶を全部持っていってやったらこれからあの子は幸せに生きていけるだろうか。


 あの夏の日にみつけた手紙は先日、全て焼き捨てた。もう必要のないものだ。過去の忘れるべきことは忘れて、克也にはその限りない可能性を花開かせて欲しいものだ。

 庭に溢れる光を眺めながら、私が克也にできるのは何かを残すことではなくて、重荷を取り去ってやることしかないのかもしれないと思う。


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